その9 気遣いと変化

「もう町が見えなくなりましたね、

追っ手もいないみたいです。

このまま町から離れればひとまずは捕まる心配もないでしょう」


「・・・そう、ね」


「とりあえずは近くの町を目指しましょうか。

たぶん手配書なんかも作られるはずですが、

もしかしかしたら広まる前に町へ入れるかも・・・」


「ええ・・・、あっ・・・!」



 町からかなり離れたところで一息ついていた二人だが、

マイナが突然その場にへたりこんでしまう。


 地図を確認していたレナードは、

様子に気付き慌てて駆け寄った。



「大丈夫ですか!? どこかで足を傷つけたんですか?」


「違うの・・・、足がすくんじゃっただけ・・・、

今になって怖くなったみたい。

あんな武装した人たちに思い切り啖呵を切ったから」


「それは無理もありませんよ・・・。

でもすごかったですよマイナさん、あんなに堂々と言ってのけて・・・、

お陰で安全に町から出られました」


「ふふ、ありがとう・・・。

この胸のことでいろいろと窮屈な思いをしていたから、

最後にちょっとだけ八つ当たりしちゃったわ」



 弱々しく微笑みながら、マイナはその場へ寝っ転がる。


 そして空を見上げながらゆっくりと深呼吸をした。



「でもすっきりしたわ・・・♪

言いたいことは言えたし、この胸のことでとやかく言う人に

一泡吹かせてやれたから満足よ♪」


「マイナさん・・・、良かったですね、

って言うのは少し変かもしれませんが・・・」


「いいのよ♪ こんなにすがすがしい気分は

生まれて初めてかもしれないし・・・♪

だけどいつまでも浸っていられないわね」



 どこかやり遂げたような顔でそう言うと、

起き上がって再び歩き出そうとするマイナ。


 しかしまだ足に力が入らないのか、

立ち上がるまではいかなかった。



「あら・・・、まだ立てないなんて困ったわ。

でもいつまでもこうしているわけにはいかないし・・・」


「そうですね、万が一を考えたら移動した方が・・・、

あ、じゃあ僕が背負いますから、乗ってください」


「え・・・? でも、その・・・、大丈夫?」


「大丈夫ですよ、これでも町を渡り歩く冒険者なんですから、

時にはものすごく重たい荷物を運ぶことだってあるんです」


「そういうことじゃないんだけど・・・、

じゃ、じゃあ、背中、失礼するわね・・・?」



 しゃがみこんで背を向けてきたレナードに断りを入れると、

マイナはおずおずともたれかかる。


 レナードは一瞬だけ体を震わせながらも、

一声かけながら立ち上がった。



「よいしょ・・・、じゃ、じゃあこのまま近くの町をめざしますね、

降りたくなったら言ってください」


「ええ、いろいろ助けてもらって申し訳ないけど

お願いするわ・・・」



 こうして二人の逃亡生活は幕を開ける。


 レナードの背中へしっかりと身を預けながら、

マイナは静かに考え事をしていた。



(こんな小さな背中で私を背負って・・・、

本当に怖くないのかしら・・・)


(あの優しかった店長さんも、武装した男たちも、

見るだけで恐れていた私の胸・・・)


(そんなものを押し付けられてるのに

嫌な顔一つせず運んでくれている・・・)


(胸のことが知られたら、

きっと世界中の人々が敵になると思っていた。

そしてその想像は正しかった)


(だけどこの子は違うのかもしれない・・・、

世界中が敵になっても私の味方をしてくれている・・・?)


(いざとなったら誰も信用できないと思っていたけど、

レナード君は信じられるかも・・・)



 胸の中に暖かなものを感じながら、

嬉しげな笑みを口元に浮かべるマイナ。


 一方でレナードもまた、

歩きながら考え事をしていたのだった。



(せ、背中に柔らかくて大きい感触が伝わってくる・・・。

これって、つまり・・・、あれなんだよね・・・?)


(あの時・・・、シルヴィお姉ちゃんに抱きしめられて

思いっきり感じちゃった大きさと柔らかさ・・・、)


(おんぶしたらこうなるに決まってるじゃん。

マイナさんだって戸惑ってたし、何で気付かなかったんだ僕は!)



 自分の配慮が足りなかったことを悔やみながら、

かと言って今さらやめるわけにもいかず、レナードは歩き続ける。


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