27作品目「明日、なに食べようか?」
連坂唯音
第1話『プリン作り』
六本木ヒルズから見える東京の街を眺めても何の興味も湧かない細田ゆうかは、空に夕飯の献立を思い描いていた。しかし頭の中で筆をとり空のキャンバスに向かうも、何の料理も浮かばなかい。
あちこちから、あわただしい声が聞こえる。騒々しいオフィスから距離をおきたいと思ったゆうかは、窓際に立って深呼吸をしていた。クライアントから設計変更を伝えられたらしい。この設計会社に九年勤めていても忙しさは増すばかりで、慣れたという感覚は未だにない。
「ゆうかさん、今のプロジェクトうまくいってないんですか?」
声をかけてきた同僚にゆうかは、
「ぜんぜん、何でもない。てかもう六時じゃん。じんくん、私お先に失礼するね」
と手を振って自分のデスクへ向かう。
「え、今そっちのプロジェクト大変なことになってるんじゃないですか」
「まあね。私はやることやってタスク全部終わらせたから大丈夫」
「ゆうかさん、いつも絶対に六時に帰りますよね。仕事のできる女性ってやっぱかっこいいなあ」
「ありがとう~。でもなんか差別的~」
「彼氏さんと同棲してるんでしたっけ。ラブラブそうでいいっすね」
ゆうかはベージュのジャケットを羽織って、バッグを肩にかけた。同僚の方を向く。
「同棲してるのは、彼氏じゃなくてカ・ノ・ジョ。じゃ、おさきに~」
ニコッと笑って、ゆうかはオフィスを後にした。同僚は驚いた表情のまま、その場で固まっていた。
世田谷区に位置するアパートは、夕日を浴びながら住人の帰りを待つ。ゆうかは、玄関ドアに鍵をさして「ただいま~。………まだ帰ってないのかな」と部屋に入った。
リビングルームに入り、買い物袋をダイニングテーブルにおく。袋から、卵パック、牛乳、バニラビーンズ、バニラオイルをとりだして冷蔵庫に入れる。
「とりあえず、この材料は明日使うとして………今日は簡単にプリンでいいかな」
手を洗い、白いカップを台所のキャビネットから二個とりだす。
小さなボウルに牛乳を注ぐ。ボウルをレンジに入れて、『600ワット』表記のボタンを押す。
振り向いて冷蔵庫を開ける。
「卵は~、二個いっちゃおうかな」
温めた牛乳を手元に置き、その真上で卵を割る。泡立て器で牛乳と卵を混ぜる。白と黄色の液体は色の境界線が消えてまろやかな色へと変化した。そこに砂糖を投入し、さらにかきまぜる。
それを用意したカップに注ぎ、アルミホイルで蓋をする。銀色に包まれたカップをフライパンの上にひいたワッフルタオルに乗せて、フライパンにお湯を流す。さらに蓋をして火を点ける。余ったコンロに置かれた鍋のほうにも弱火を入れる。砂糖を投入して、溶けるの待つ。蒸したカップをのせたフライパンの火を切る。
「なかなかいい匂いがしてきたじゃない」
液体となった砂糖を、耐熱性のヘラでかき回す。水を入れたらカラメルの完成だ。
十分が経過するのを待って、フライパンからカップを取り出す。
アルミホイルを剥がすと、クリーム色をしたプリンができていた。カラメルをかけて、ダイニングテーブルに配置する。
「完成~。そしてあいつもそろそろ帰ってくる頃でしょ」
ゆうかは手を合わせる。
「でも、先食べちゃうもんね~。いただきま~す」
スプーンを入れると、半透明の樹液をまとった雪のようなかたまりをすくいあげた。口に運び、舌でやわらかさをたしかめる。
「う~ん。うま」
すると、玄関が開く音が聞えた。
「ただいま~」
ゆうかは声を張って、
「おかえり~」と叫ぶ。
リビングに入ってきたのは、ゆうかの彼女めぐだった。
「ああプリン! おいしそ~! あ! ゆうか先食べてる! ずるい!」
「できたてだから、はやく手を洗って一緒に食べよ」
「たべる! たべる! たべる!」
めぐはダッシュで洗面所へ向かって行った。
つづく。
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