⑫

 今日の朝食はフレンチトーストと卵スープという、昨日とは打って変わって洋な食事だった。変わらず美味しいのだが。絆の機嫌は、ちゃんと洗い流されており、俺は一安心だ。何も知らない怜夜は俺の安堵の態度に怪訝な顔をしていた。

 朝食を食べ終わった俺たちは、部屋へ帰ろうとする俺たちに昇さんが声を掛けてくる。


「久能君。山に行くのだが、私の準備が終わり次第ということでいいですか?」

「はい。ああ、急で申し訳ないのですが、この三人も一緒に構いませんか?」

「お友達も、ですか…失礼ですが、女性の方には山道は相当大変だと思いますが…」

「心配してくださりありがとうございます。ですが、こう見えて私達はこういった山に入る機会に恵まれることも多くありますので、大丈夫です。そのための準備もしてありますので」


 絆の言うことは間違っていない。怜夜のおかげでこういった場所に行くことが多くあるからである。その原因となっている本人は、絆の遠回しの嫌味も気づいていないのだが。


「そうなのですね、判りました。では、準備ができ次第声を掛けますね」

「よろしくお願いします」


 昇さんは、カウンターの奥に引っ込む。俺たちも昇さんの準備ができるまで、部屋で待っていることにしたのだが、


「だから、なんで俺たちの部屋なんだよ!」

「別にいいじゃない」

「そうだぞ。昔からこういう集まりめいたのは、九朗の部屋とかだったしな」

「私は、みんなでこうして集るのが好きだから、いいよー」


 俺の抵抗などは無駄だということだ。もう、抵抗しているだけ無駄な気がしてきた。


「で、再度確認だが、あの山ですることはお堂の確認ってことでいいんだよな?」


 俺は、テーブルをはさんで座る怜夜に山に入ってからの流れを確認するべく、質問をする。


「そうだな。第一の目的はあのお堂の確認だな」

「第一ってことは、他に何かあるの?」


 窓際に座りながら本を読んでいる絆に寄りかかるようにしている、日葵がこっちの話に加わる。


「当然この村に来た理由、神隠しについて。志保ちゃん含め今までにあった失踪事件が本当に神隠しなのか、といったところかしら」

「…ああ」


 自分で言おうとしていたのだろう、それを絆に取られてしまって若干不満げである。


「ふーん。てか、怜夜はここの人から君付け呼ばれるほど仲良くなったんだ」

「そりゃ、前回もここに世話になっているし、それに様付けはなんというかむず痒いから。俺からお願いした」

「確かに、様付けとか身の程知らずすぎ」

「俺に対して一言多すぎだろ、絆」


 などと意味のないこの日常のやりとりをみて、なんでか少し安心してしまう。だが、俺たちがこれから調べようとしているものは、非日常なのだが。などと、他愛のない話をしているとドアがノックされ、


「お待たせいたしました。準備ができましたが、どうですか?」

「はい。こちらも大丈夫ですので、行きましょう」

「では、外に車をまわしますので、来てください」


 昇さんはそういうなり下に降りて行ったのだろう、ドア越しとはいえ、音や気配でそれが判った。俺たちも各々荷物を持ち、部屋からでて下に降りていく。


 カウンターで鍵を預け、外に出ると、一台の軽自動車が止まっていた。運転席には昇さんがいる。しかし、俺たちが四人で良かった、あと一人でも多ければ車に乗せてもらうことは叶わなかったに違いない。助手席に怜夜が、後部座席に俺たち三人が乗る。


「では、行きましょうか」

「はい。お願いします」


 そして、出発する。神隠しが起きる山、上条山へ。

 

 山までは、車で数十分といったところで、山の入口の少し入ったまでは車で入ることができるが、進んでいくにつれて道がどんどん舗装されておらず、進めはするが揺れが激しくなっていく。


 そして、ある地点まで行くと昇さんが車を停める。


「ここからは歩きになります。久能君から聞いていますが、山のお堂はこの道を昇っていくとありますので、場所自体は久能君が判ると思いますが…」

「ええ。以前教えてもらったので大丈夫です」

「本当ですか?」

「やけに疑いますね…」

「一度遭難されていますからね」

「……」


 それはごもっとも。怜夜はぐぅの音もでない。

「それなら心配には及びません。今回は私達がいますから」


 絆がそう言うと、昇さんもそうですねと安心してくれたようだ。各々が車から降りると、


「では、私は山菜などを獲っておりますので、良い時間になりましたら、またここに来てください」

「はい」


 俺が返事をすると、ではと昇さんは籠などを携えて、山の中に入っていった。


「それじゃあ、俺たちも行くか」


 唯一場所を知っている怜夜が先頭に立って歩き始める。ちなみに、だが、俺たちの服装は絆が用意してくれていたものを身に着けている。登山用のシューズに服は紺色の伸縮性能が高いズボン、上着は風通しの良いウェアを着て、帽子にリュックまで装備している。というかよくこんなに準備したものだ。本当にありがとうという言葉しかでない。最初この村に来た時は荷物が多いなどと苦言を呈したが、本当に申し訳ない。この装備を渡されたときは、俺と日葵は揃って今思った感情を素直に言葉にした。すると、


「たまたまよ」


 などと、微妙な照れ隠しをみせた。なお、怜夜の分は当然のごとくなかった。まあ、怜夜は自前のものを持っているから本人は気にした風ではなかったが。


「そのお堂って結構かかるの?」


 山道を歩きながら、日葵が質問する。歩き始めて十分ほどだろうか、


「まあ、そうだな。もう少しかかるな」

「そっか」


 そんなやりとりの視線の先は、後ろに向けられていた。


「はぁ、はぁ、な、に?」


 ヘロヘロの絆がいた。


「いや、ここらで少し休憩するか」

「ふ、ふよ、不要よ」


 などと強がりを見せるが、どう考えても無理だろ。てか、相変わらず体力ないな。


「でも、私は休みたいなー」


 日葵が絆の方まで行くと、肩を貸しながら言う。


「…判ったわよ」


 日葵のせっかくの好意を無下にするわけにはいかないのだろう。ここは素直に折れる。ちょうど道の横に大木があり、その根元の部分が休めそうだったので、俺たちはそこに腰を下ろす。リュックから水筒を取り出すと、失った水分を取り戻していく、生き返るね。


「しかし、意外と人の手が入ってないんだな」


 俺は周りを見ながら言う。道自体はあるが、しっかり舗装されたというよりは、通っているうちに道になった感じだし、木も間伐はされているが、それも最低限といった感じだ。危なそうにところにはロープや看板はあるが、その数は少ない。マイナスイオンがたっぷりだ。


「そうだな。まあ、別にここをどうこうするつもりがないのかもな。それに…」

「それに?」

「山自体を神聖な場所と捉えているところも少なくはないから、手を出しにくいのかもって」

「神隠しが起きる山だしな」


 俺の発言にいつもなら怜夜は食いつてくるのだが、


「……」


 何に考えを巡らせているのかは、判らないが、いつもと反応が違うのでこっちが戸惑ってしまう。今朝の事といい、いったい怜夜に何があったのだろうか。


「十分休憩させてもらったし、そろそろいきましょう」


 少しは回復したのか、絆は立ち上がる。日葵の手を借りながらではあるのだが、


「本当に大丈夫?」

「ありがとう、日葵。大丈夫よ」


 まだ、完全には戻ってはいないはずだが、絆は頑固だ。意外でもなんでもなく、こいつも怜夜とは別の意味で無茶をするので、俺と日葵はいつもハラハラしている。


「急いでもしょうがないし、のんびり行くか」


 もう少し休まないかと提案しようとしていた、俺を制するように、怜夜が立ち上がり歩き始める。そのスピードは明らかに先ほどより遅い。絆もそれに続くように、歩き始める。俺と日葵もお互いにやれやれという感じで、歩き始める。怜夜なりの気遣いなのは言うまでもない。


 道中は特に何か不思議なことなど起きるわけもなく、ただ周りの景色は変わらずに過ぎていく。途中休み休み進んでいるので、今のところは大丈夫そうである。山道も進んでいくと、先頭を歩いていた怜夜が、立ち止まる。


「どうした?」


 俺たちも足を止め、問いかける。


「ここからは、こっちだ」


 怜夜はそういうと、道を外れ、木々の間に入っていった。

 いきなりの方向転換に俺たちは、戸惑いを覚えたが、付いていく。俺たちが慣れない自然の中を進んでいくなかも、怜夜は何の苦も無く進んでいく。なんで、あいつは遭難なんてしたのだろうか、もしかして……と俺が、嫌な予感をし始めたが、なんとか進んでいくと、開けた場所に出た。目の前には、木々に囲まれ雑草が生い茂ってはいるが、歩けなくない。そして、何より目的の場所でもある、お堂がある。


「怜夜、あれが…」

「そう、例のお堂だ」


 改めて、お堂を観察してみるが、そんなに大きくはない。そして、補修などはされていないのか、所々に汚れや木材の腐敗も見える。正面の扉は木で作られており、二つ格子状の窓があるが、この位置からは中までは見えない。しかし、怜夜が以前言っていた通り、お堂だけで、他に人工物はない。だが、なんとなく、ここが別の空気感も持っている気がしてしょうがない。


「じゃあ、調べましょうか。怜夜のいう違和感とやらを」


 さっきまでの疲れた姿が嘘のように、きびきびとした動きで絆がお堂に近づいていく。俺たちもそれに続くようにお堂に近づく。

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