かくすもの ー久能怜夜の怪奇譚ー

雲川空

一章 始まり

 ①

 この世の中には数多の不思議な事がある。不思議とは一言に言っても様々だ。それこそ、本当に起きた事、明らかな人の意思によって作られたもの、本物、偽物、現実的、幻想的、この世の中には多くある。


 僕は、物心つく頃にはすでにその不思議に囚われてしまった。この言い方が果たして正しいのかは判らないが、いや、きっと間違っている。僕の方から捕まえにいっているのだから。


 こうなってしまった原因に心当たりがある。それは、母方の祖父母の影響だ。祖父母は二人揃って、全国各地のそういった話や実際に二人が現地へと赴き、そういう不可思議なものを集めていた。そして、実際に遭遇した出来事も少なくはなかったそうだ。そして、その蒐集したものを僕は、家族で母方の実家に帰省する度に聞いていた。姉も同じように聞いていたが、僕とは違い、そういったものに興味を示すことはなく、他の親戚の子供達と遊んでいた。僕だけがその話に猛烈に惹かれた。


 そして、祖父母も僕が興味をもったのが嬉しかったのか、それからも色々な話を聞かせてくれた。僕は祖父母から話を聞く内に、こう思い始めた。僕も二人と同じように出逢ってみたいと。後に友人から、厄介極まりない趣味だと言われる事になるのだが。

 僕にとっては、この上ない最高の趣味である。






「で、何か言うことはあるか?」


 俺こと鬼城九朗きじょうくろうは、喫茶百面荘ひゃくめんそうのテーブル席の対面に座っている友人に問う。


「すみませんでした」


 そう言うなり、久能怜夜くのうれいやはテーブルに両手をつき頭を下げる。潔し。ふうと軽く息を吐くと組んでいた腕を解き、さっき注文していたコーヒーを飲む。


「頭を上げろ。周りの人が見ているだろうが、これじゃあどっちが悪者か分からん」


 そう言うと目の前の友人は頭を上げる。

 申し訳なそうにしているので、本当に反省しているのだろう。ただでさえ、俺が185cm、目の前の友人は175cmの身長差があるし体格にも中背中肉の友人と日々鍛えている俺の体では、この状況を何も知らない他人が見ればきっとよろしくない光景にしか見えないだろう。だが、実情は10割こいつが悪いのだ。


「怜夜、俺たちがなぜ怒っているのかは分かっているだろう。なら、気を付けることぐらいできるだろう、もう子供じゃないのだから」

「僕も気を付けてはいたけど、気が付いたら、こんなことに…」


 俺の言葉に対しての答えは子供が言い訳をするかの如きだった。やれやれ。


「別に趣味に没頭する事を責めているわけではない。ただ限度というものがあるだろうが、まったく」

「しょ、しょうがないだろ。自分の知らない世界があるんだよ、興奮するだろ! 知りたくなるだろ! だったらもうその事しか考えられなくなるだろ!」

「その結果病院送りになったのはどこの誰だ?」

「……」


 そうこいつの困ったところがこの趣味が高じて起きることなのだ。以前は、ある村にいき事件に巻き込まれて、そこで重要参考人として警察に勾留されたり、ある現象を追っていた先にとんでもないものを発見してしまい、世間を文字通り騒がせたりと、とりあえず何かしらの嵐を巻き起こしたり、巻き込まれたりするのだ。今回も、ある場所にある不思議な話を聞きつけ、その話を調べてくると言って、旅立った後一切の連絡がなくなった。そして、その一週間後森で遭難して、倒れているところを救助された。病院から連絡が来た時は肝を冷やしたが、いざ友人達と病院に駆けつけると、本人は治療されて至って健康的になって、やあなどと点滴をされていない片手を挙げて呑気な態度を取っていた。この反応に我々は安堵した後に激怒したのであった、そして、退院した今日改めて説教と相成ったわけである。この役目は本来なら、絆の役目なのだが、あいつは今日都合がつかないということなので、有給を消化しなければならなかった俺がその役目を代行することになった。


「絆にいつも言われているだろう、定期的に連絡しろと。それは、今回のような事を防ぐためだし、心配してのことだ」

「はい」

「分かっているなら、心配をかけるな」

「気を付けます」


 このやり取りも初めてではないので、正直どこまで効果があるのかは分からない。だが、楔を打たなければ、目の前の友人はどこまでも猪突猛進に進みまくるだろう。


「さてと、お前への説教もこのくらいにするか。せっかくの休日がこんなのでは俺は

嫌だからな」

「こんなので悪かったね。せっかくなら日葵と過ごしたかったんだろ」


 怜夜は自分に対する説教が終わり、いつもの調子に戻ったのだろう、そんな軽口を叩く。


「当たり前だろう。何が悲しくてせっかくの休日にお前のような男と過ごさなければならんのだ。どうせなら彼女と過ごしたいと思うのが普通だろ」

「くっ! 一人身になんて鋭利な言葉の刃物を突き付けるんだ、九朗は。さっさと結婚しろ!」

「どんな返しだ、それは」


 怜夜とのこういったやり取りは昔から続いている、なんだかんだ言ってもどこかでこのやり取りを楽しんでしまっている自分がいるのも事実だ。俺と怜夜はいわゆる幼馴染という間柄であり、あと二人小学校からの幼馴染がいる。その4人で今日までその関係は続いていて、一人は怜夜のお目付け役でもある迷路地絆めいろじきずな、セミロングの黒髪で容姿端麗、高嶺の花という言葉がよく似合う女性なのだが、怒らせると阿修羅を宿しているのではと思わないでもないほどで、外見に騙されてはいけない。もう一人は、俺の彼女である日野日葵ひのひまり。長く伸ばした髪をポニテールにして、内外ともにアクティブな女性であり、そのエネルギッシュさは4人の中でも群を抜いており、休むという事を知らないのではと思わなくもないほどであるから、彼氏の俺が心配してしまうほどである。俺が言うのもなんだが、こうまで面倒なもとい個性的なメンツが今でも関係が続いているのがすごいと思う。いや、だからこそ、なのかもしれない。


「二人が付き合いだしてもう十年ぐらいだっけ?」

「ああ」


 俺と日葵が交際を開始したのは高二の、そうあれは忘れもしない…。


「あの珍妙な事件がきっかけなのが、いまだに納得できんが」

「でも、あれがなければお前は告白なんて絶対しなくて、体格に似合わずグズグズして縮こまっていたでしょうが」

「うるさい。元凶がなにを言っている」

「むしろ感謝してくれていいよ」

「絶対に断る」


 そう、あの事件に巻き込まれることになったのは、目の前のこいつのせいだ。正直思い出しくもないが、あれがなければ日葵と恋人になっていないというのも事実なので、なんともいえない感情だ。そして、あの時俺は、いや俺、絆、日葵は思ったのだ、こいつを怜夜から目を離してはいけないのだと。それは、危なっかしいもあるが、それ以上に…、


「やれやれ素直じゃないことで」


 そう言って、コーヒーのカップに口を付ける。こっちの心配もどこ吹く風という感じだ、本当に心配するだけ損な気がしてきた。


「それで、九朗はこれからどうする予定?」

「頼まれていた説教も終わったからな、買い物でもして帰るつもりだ。日葵にも頼まれているからな」

「ならその買い物の前にある場所まで送ってくれない?」


 病院からここまでは俺の車で来ているので構わないのだが…。


「どこに連れていけばいいんだ?」

「そりゃ、もちろん僕の今住んでいる所」


 そう俺に頼んできた。確かに、退院してまず向かう所といったら家なのは間違いないのだろう。だが、こいつの今の住まいは…。


「分かった。俺も久しぶりに幻庵和尚にも挨拶したいしな」

「和尚も喜ぶよ。それに僕だけ帰ったらまた、あの説法フルコースが待ってるから…」


 それが本音か。俺を緩衝材替わりにするつもりとは…はあ。まあ、友人が世話になっているのもあるし、俺自身あの人から学ぶことも多いのでいいのだが。怜夜のいう説法フルコース、あれはキツイ。怜夜は伝票を手に取ると、


「ここは僕が払うよ」

「おお…」


 こいつなりに思うところがあるのだろう。まさか、そんな男前の一面を見せてくれるとは、病み上がりなのに。しかし、俺のこの感心はすぐに塵となる。奴の財布にはどなたも御在宅ではなく、ただ一言。ごめんというか細い声だけが消えていった。

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