三人目の主

私は、不老不死のごく普通のメイドです。


西暦1723年、私は三人目の主人と出会いました。

石工を営む方で、ある程度裕福なものの、立場上は貴族でも富豪でもない、ごく一般的な庶民の方でした。

しかし、一つだけ他の方々と決定的に異なる点がありました。



今までは外に出て働くのは男、家で家事をこなすのは女、という考えが当たり前でした。

私もそれを幼い頃より両親に教えられてきました。

メイドになった理由にも、それが関わっています。

しかし、ご主人様はその考えに異を唱えておられました。

「男が家事をしてはいけないのか?

女が外で働いてはいけないのか?」


「ご主人様、今の大多数の人々はそのように考えています。

それに異を唱えるというのは…」

すると、ご主人様は次のように仰いました。

「一つ、例え話をしよう。

殺人を犯したとして捕まった夫婦がいた。二人は捕らえられて裁判にかけられたが、夫は男だから、という理由で罪を許された。

一方、妻は女だから、という理由で絞首刑に処された。

それは世間に知らされたが、誰も不平を言わなかった。それが当たり前だから、みんなそう考えているから、という理由で、だ。

被害者…いや、加害者でもいい。もしこれが、自分の知り合いの身に起きた話だったら、どう思う?」

私は何も言えませんでした。



ご主人様は、ご自身の休暇にはメイドに過ぎない私を外に連れ出して下さったりもしました。更には、休みが欲しければいつでも申し出ろ、その間は他の使用人を呼ぶから気にするな、とまで言って下さいました。


ある時、ご主人様は大きな白い石を彫り始めました。

何に使うおつもりなのですかと伺うと、これに湯を入れてお前を入れるのだと仰いました。

私は驚きました。

当時は先だっての黒死病の流行もあり、体を水に濡らすと病にかかる、と言われていました。

「なぜそのような事を…

私に、死を命じられるのですか!?」

しかし、ご主人様は笑顔を浮かべ、

「そんな訳ないだろう。これは体を清め、あらゆる病を防ぐ行為だ。

私はお前の事がとても大事なんだ、これくらいはしてやるさ」

と仰いました。

私は、正直半信半疑でした。


しかし、完成した型にたっぷり入れられたお湯に浸った時…

私は、あらゆる穢れが洗い流されてゆくのを感じました。




その後、ご主人様は有名な石工として名を馳せられ、どういう訳かご結婚はなさらず、最後まで独身を貫かれました。




1789年、ご主人様は仕事で受け持っていた石橋の建設作業中に転落してしまいました。

そして、ご自宅のベッドに寝たきりになってしまったのです。

来る日も来る日もお世話をしましたが、一向に回復されませんでした。


ご主人様は、今際の際にようやく、ご自身が結婚をしなかった理由を話されました。

「私にとって、お前がたった一人の身内であり、愛人だったんだ」



その後、町の牢獄が襲撃される事件が起きました。

私は、窓から革命の炎を見ながら生き続けました。

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