第2章-ミナト・ライドウ-

第1話 安酒場

 牡牛の角を持つ女、ミナト・ライドウ。

 彼女は十七歳の若さにも関わらず、凄腕の傭兵として名を上げている。


 後に『第三次国境紛争』と呼ばれる、帝国とその隣国間の大規模な紛争において、劣勢に陥った帝国側一部隊の無謀ともいえる撤退戦。


 そんなアルコスの戦線における殿を買って出たのは一流の傭兵部隊。

 その名は『暁の銀騎士団モルゲンロート・ズィルヴァーリッター』。

 この中でも名うての一員だったとして、彼女は広く名を知られている。


 噂ではその殿を勤めた時、一人で三百の兵を斬り斃したとも囁かれるほどだ。


 しかし、その撤退戦で傭兵部隊は壊滅。生き残ったわずかばかりの数人はかなりの報酬を受け取った後、散り散りになってしまったという。


 そんな彼女が帝都にいる。


 軍も、傭兵隊も、彼女をマークしている。

 良きにつけ悪しきにつけ、彼女の力量は相当なものだ。


 できれば自陣に引き入れたい。

 そんな目に見えないところでの綱引きが行われている。


「ゴメン、バーボンもう一杯。」


 場末の安酒場。煙草の煙がもうもうと立ち上っている。

 そのカウンターで、ミナトは空になったグラスを摘み上げ、左右に振っていた。


「やめときなって、ミーナ。」


「いいから、もう一杯。」


 止めに入ったバーテンは、『やれやれ』と言った顔で新しく酒を注ぐ。


 ミナトはグラスを一気にあおるそぶりを見せたが、考え直したらしく、グラスを軽く傾け直す。


「荒れてるね。」


「まあね……仇を討ち損ねたんだ。荒れもするよ。」


 コトリ、とグラスを置き、顔を背ける。


「なあ、ここだけの話、仇ってのは誰なんだい?

 何だったら数人に声かけて手伝ってもいいんだぜ?」


「無理だね……。」


「無理なんてこたぁねえさ。

 こっちの知ってる腕っこきは、一人や二人じゃない。」


 すげなく返ってきた言葉に、呆れたようにバーテンは答えた。


「相手が魔導士でもかい?」


 頬杖を突き、斜に構えてバーテンを見るミナト。

 当のバーテンの顔は真っ青だ。


「そ……そいつぁダメだ!

 魔導士なんて相手にしたら、命がいくつあっても足りねぇ!」


「だろ? だから無理なのさ。

 普通の連中は魔法ってだけですぐブルっちまう。

 いたところで足手まといにしかならない。」


 改めてグラスに口をつけるミナト。


 バーテンは恐る恐る口を開いた。


「でもよ……この帝都の魔導士って言うとたった数人だぜ?

 その中で仇なんてことになりそうなヤツは……。」


「レオンハルト・フォーゲル、だろ?」


 不意に男の声が聞こえてきた。


 気付けば、ミナトの後ろに影が立っている。

 大柄なその影は、ラフなズボンに袖なしシャツ、それに狩猟用のベスト姿。


 そして、その首に巻かれた赤いスカーフの上にある顔は……目に刀傷のある、狼のものだった。

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