第5話 酒場にて
夕暮れの酒場で、レオンハルトとエレナは杯を傾けていた。
レオンハルトはエールを、エレナはウィスキーを口にする。
「しかし参ったわね。
教授って昔はあんな人じゃなかったはずでしょう?」
カウンターのランプに、エレナのイヤリングが輝く。
深い蒼の輝きが、ブロンドの髪の合間合間から漏れ、煌めいている。
「ああ。もっと思慮と分別のある人だった。」
レオンハルトは気の抜けたエールを舐めるように飲む。
エレナはグラスの縁を指でなぞりながら言った。
「大体二年前ぐらいかしら。
その辺りからおかしくなってきたわね。」
「二年前か……。」
忘れもしない。
レオンハルトの身に大きな事件があった時。
彼は一度死に……そして……。
「あの行方不明になった時、何があったの?
全く話をしてくれないけど、不都合があって?」
「大いに不都合だな。」
そう言うと、レオンハルトはエールを一気に飲み干した。
二年前のある日、レオンハルトは教授の密命を受け、遺跡があるという洞窟へと足を向けた。
その後、数ヶ月行方をくらました後、帰還を果たしたのだ。
だが、その数ヶ月の期間に何があったのか、それは報告もされていない。
元々が密命であったがため、報告の義務はないと教授から厳に言い含められたことを盾に、レオンハルト自身語ることもしていない。
その期間の内容を秘する理由は十分にある。
少なくともレオンハルトが、人として生きていくためには……。
「それはそうと、レオン。
襲撃者の正体は解ってるんでしょう?」
エレナの指は、いつしかグラスの縁の一点で止まっていた。
流し目でレオンの顔を見つめるエレナ。
レオンハルトは空になったコップを見つめ、ポツリと言った。
「ああ……。
ヒュウガだ……ヒュウガ・アマギ。」
「嘘でしょう!?
彼はあなたをかばって死んだはず……。」
エレナの顔に驚愕の表情が張り付いた。
レオンハルトは淡々と答える。
「時計塔のあの事件……。
俺たちはテロリストを片付け、爆破を防いだ。
その直後、あいつは俺に向けられた魔導銃の一撃を胸に受け、堀に落ちたんだ。
普通なら死んでいる。だが、生きている可能性はない訳じゃなかった。」
「でも、胸よ? 心臓よ!?
そこに銃弾を受けて生きているはずはないでしょう!?」
「言ったはずだ。可能性はない訳じゃない、と。
もし何者かが心臓の代わりになる『何か』を与えたとしたら、どうだ?」
「人工心臓……。
確かに遺跡から発掘されたことはあるけど、サンプルはかなり少ないわよ?」
「遺跡発掘は学術師だけのお家芸という訳じゃない。
市井の学者や山師ですら発掘を行うんだ。
そういった『善意の何者か』が彼を救った事だって考えられる。」
「そうね……。
でも、昨日の一件、それだけじゃないんじゃない?
いっそ全部吐き出しちゃうと楽になるわよ?」
エレナははっきりとレオンハルトに向き直り、話しかける。
レオンハルトはゆっくりエレナに顔を向けた。
エレナの真剣な眼差しが彼の目を射抜く。
「君には敵わないな……。」
顔を背けて、瞳を閉じ、レオンハルトもウィスキーを注文した。
「仇だと、そう呼ばれた……。」
差し出されたウィスキーを一口飲んで、レオンハルトは語る。
「仇? 何の話?」
エレナは訝しげに問い返す。
「十年前の話だ。あの事故について、仇だと言われた。」
そう語ると、再びウィスキーを飲む。
酔いがなかなか回らんな。レオンハルトはふと思った。
「あの件は完全に事故だったんでしょう?
それを恨むなんて……。」
「いや、恨まれても仕方ない話だ。
俺たちの内、あの事故から生き残ったのは俺と教授のみ。
俺が仇と狙われるなら、それで復讐を打ち切らせたい。」
「自己犠牲で教授を守ろうという腹かしら。
そこまでして守る価値、あの人にあって?」
「教授の復元技術と理論構築は本物だ。
それが失われることは、帝国にとっても大きな損失になる。」
「帝国にとって、ね……。」
頬杖をついてボソリと言うエレナ。
レオンハルトは飲み干したグラスを差し出して、もう一杯を注文している。
「でも、やりきれなくない?
そんな助けたはずの
「話したか? 少女を助けたことは。」
「ええ。
ツェッペンドルンの生き残りなんて、その娘ぐらいじゃなかったかしら?」
「他にも何人かいる事はいるがな。
だが、誰に対しても、俺には合わせる顔がない……。」
「十年前……あの時、あなた十四歳よね。
責任なんて取れた年でもないでしょう?
辛いのは解るけど、そろそろ忘れられない?」
「無理だな……。
多分これは一生ついて回るだろう。」
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