夢オチ

田中ヤスイチ

夢オチ

スマホのアラームが鳴らなかったが、目が覚めた。よく眠れた気がする。何時間も寝た気がする。

しかし、外はまだ暗闇だ。

スマホを探す。

昨夜アラームがよく聞こえるようにと枕元に置いた。それはちゃんとそこに置いてあった。画面を軽くタップすると、ゆっくりと画面に光が灯り、私の起きたばかりの目に差し込んでくる。

【11:59】

確かに、画面にはその数字が映っている。

二次元に住むあの子のように、目をこする。

だが、数字は変わらない。1が二つと5と9が映っている。

壁にあった時計をみる。

短針は12、長針は59を指していた。

スマホと同じ時間だ。

おかしい。

明らかにおかしい。

私が寝たのは、11時53分だ。

6分しか経っていないのだ。

あれだけ、しっかりと寝た気がするのに経った6分しか経っていない。

私は、壁にある時計を見つめる。

そして気付く。

秒針が動いていない。

正確には秒を刻んでいない。

12から向こうへ進めずにいる。小さな目盛りの間を何度も何度も行き来している。

どうすれば、時は進むのか。

私は考えた。

昨日、正確には今日、何をしたか。

何かやり残したことがあるから進まないではないか。

二次元の世界では、こんな理由が定石だ。

やり残したことか―。

普通にいつも通り過ごしたはずだ。いつも通り、いつも通り?

何か引っかかる。何だろうか、

私は思い出す。

時を頭の中で遡る。

今日の日付は、6月18日。一分後には、19日。

「6月18日」

朝のニュースでの特集で見た気がする。確か、何かの日だ。

何だろう、何だろう、何だろう。

何の特集だっただろうか。

贈り物を紹介していた。

ネクタイ、ベルト、ビジネスバック、酒などが紹介されていた気がする。

その番組を誰かが、羨ましそうにどこか恥ずかしそうに、そしてそわそわした様子で見ていた気がする。

誰かが。

私は、気付く。

父だ。

6月18日は「父の日」だ。

そして、もう一つ気付く。

私の部屋の壁に時計などあっただろうか。


遠くで声が、聞こえる。どこか遠くで。

段々と激しく、怒鳴るようになり近づいてくる。

「おい、加奈。起きなさい!」

父の顔が私の目に映る。

「もう、七時回ってるぞ。」

スーツを着た父の姿がそこにはあった。

私はスマホを見る。

【6:55】

ああ、夢だったのだ。

「回ってないじゃん、ていうか勝手に入んなよ。」

「あ、ああ。ごめんな。」

父は私の部屋から出て行った。

私は気付く。

父のネクタイは色あせていた。


階段から降りると、玄関には父がいた。

「あ、お父さん?」

「何だ?」

父は、険しい顔をしている。

今日も何かのために働きに出る。

「何か欲しいものある?」

父の顔が明るくなった気がする。

「何でも嬉しい。」

「それ、一番、めんどい。」

父は、はにかみながら玄関ドアを開く。

ドアの隙間からは、梅雨時なのに初夏を感じさせる、青い空が広がっていた。

黒いスーツには青色は映えるだろうか。

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夢オチ 田中ヤスイチ @Tan_aka

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