第7話 舞台女優の病

 アカリ草を使って改良し、私は満を持して護身用の魔法薬を売り出した。

 物珍しさから手に取ってくれる客もいて、売れ行きはまずまずといったところである。

 そんな折、二人連れの客が店にやって来た。


 夕方――そろそろ、店じまいしようとしていた頃、店の扉が開いた。入って来たのは、中年女性と若い女性――おそらく親子と思しき二人である。

 若い女性の方は頭巾をかぶっていたが、人の目を引くような美人だった。

 店内に他に客がいないことを確認すると、中年女性の方がこちらに話しかけてきた。


「あ、あの……」

「はい。何でしょう」

「実は相談があるのですが……」

「え?私にですか?」


 突然相談など持ちかけられて、私は驚く。だが、二人の客があまりにも真剣な様子だったので、とりあえず話を聞いてみることにした。


 時間がかかりそうだったので、私はまず閉店の札を店の扉にぶらさげた。それから物置に行き、二人のための椅子を引っ張り出す。

 私たちはカウンター越しに向かい合った。


 予想通り、二人連れの客は母娘おやこだった。

 ドロシーと名乗った娘は、演劇をやっており、舞台女優を目指しているらしい。どおりで美人なわけである。

 深刻な表情で、二人が打ち明けてくれたのはドロシーの『病気』についてだった。


 ドロシーはここ半年ほど、原因不明の病に悩まされていた。症状は頭痛・めまい・嘔吐などで、ひどくなると脱毛や皮膚の状態も悪くなるらしい。

 ドロシーが頭巾をかぶっているのも、薄くなってしまった頭髪を他人に見られたくなかったからだ。演劇中はかつらをかぶって、やり過ごしているという。


「医者や白魔導士には診てもらいましたか?」

 私が尋ねると、ドロシーはうなずいた。

「お医者様には原因が分からないと。白魔導士の方に治療していただくと良くはなるのですが、一時的で……」

「つまり、すぐに再発してしまうと」

「もう、どうしたら良いか分からず……。そんなとき、こちらで珍しい魔法薬が売り出されたと聞いて。そんな変わったものを作ることができる魔導士さんなら、何か病気について分かることもあるかと……」


 そうやって、すがる思いでうちの店を訪れたらしい。


 引っかかるのは、ということだ。

 まず、私が考えたのは、病気の原因が彼女自身ではなく、外部にあるため、治ってもまた病気が再発するという可能性だ。

 例えば――黒魔法による『呪』とか。

 呪う側をどうにかしない限り、病は何度も繰り返されるだろう。


「ドロシーさん。少し、診せてもらっていいですか?」


 そう断りを入れて、私はドロシーの体に『呪』の痕跡を探した。得意というわけではないが、私も一応は黒魔法を使える。彼女が呪われているかどうかくらいは、調べれば大体分かるはずだ。

 しかし、予想は外れ、ドロシーには『呪』の気配が全く見当たらなかった。

 

 それならば、発想を変えなければならない。

 もしかしたら、日常的にドロシーは体をむしばむものに意図せず接触しているのかも――と思い、私は彼女の一日の行動や食事など、生活習慣を尋ねた。


 ドロシーは一日のほとんどを演劇の稽古にいていた。プライベートの時間はほぼないらしい。ただ、最近は病のせいで稽古にも集中できなくなっていると言う。

 食事には特に気を遣い、体に良いものを積極的にっているそうだ。たくさんの野菜、果物、青魚、脂身の少ない赤身肉、レバーなど。特に怪しいものは摂取していないように思われた。


 結局、病の原因が分からないまま私が困っていると、突然ほろりとドロシーの目から大粒の涙が零れ落ちた。


「女優になるために、私はずっと努力してきたわ。ずっと稽古し続けた。やっと、ちゃんとした役を貰えるようになったのに……どうして?どうして、私がこんな目に合わなくちゃならないの!?このままじゃ、折角せっかくの役も失ってしまう……」


 不安から泣き出してしまったドロシーを、彼女の母親が慰める。

 何とかしてやりたいが、今の私には分かりそうにもない。とりあえず、今日は二人に帰ってもらい、後日何か分かれば報告すると連絡先を聞いておいた。



 ドロシー母娘おやこが訪れた次の日は、ちょうど店の休みの日だった。

 私は重い瞼をこすりながら、朝の大通りを歩く。

 自然と欠伸あくびが出るが、それも仕方ない。昨日は夜遅くまで、所有している医学書を片っ端から調べていた。

 しかし、ドロシーの病に関するヒントは何も得られなかった。


 今、私が向かっているのはオルレアの街の図書館だ。

 王都にある王立図書館にはさすがに劣るが、領主が力を入れてくれたおかげで、かなりの蔵書を誇っている。そこになら、ドロシーの病を治す解決策が見つかるかもしれなかった。

 図書館は街の中心地、大通りを越えたところにある。すると、


「え?ジャンヌ!?」

「……げっ」


 聞きたくない声が聞こえてきた。


 道のちょうど反対側を見ると、赤い髪の背の高い青年の姿が見えた。

 彼は私を見つけるや否や、物凄い速さでこっちに駆けて来る。そして、私が身を隠す間もなく、いつの間にか目の前に彼――レオンはいた。


「おはよう、ジャンヌ!すごい偶然だね!」

「……おはようございます。レオン様」


 寝不足の頭に、彼の元気溌剌げんきはつらつとした声は少々厳しい。

 私はげんなりと挨拶した。


「実はちょうど、君の店に行こうとしていたんだ!今日は休みだろう?」

 どうして、こちらの休みを事細かく把握しているんだ――と言いたいところだが、もはやその気力もない。

「あれ?どうしたんだい?気分でも悪い?」

「いいえ。ちょっと寝不足なだけです。それでは私は急ぎますので、これで」


 そのまま通り過ぎようとした私だったが、案の定、レオンは当然のような顔をしてついて来た。



 開館時間ちょうどに、私は図書館に入った。

 図書館は大きく立派で、ところどころに竜のレリーフが飾られている。そして、たくさんの蔵書。

 本特有の香りにうっとりしそうになるが、今はそれに浸っている場合ではない。私は医学書が置いてある書架に向かう。


「何か、探し物かい?」

 レオンがそう尋ねる。

 そこで、彼にも手伝ってもらえばいいのでは――と私は思いついた。

 どうせ、今日はずっと付きまとうつもりのレオンだろう。なら、その時間を有効活用してもらいたい。


「実はお願いがあるんですが」

「もちろん良いぞ!なに?」


 お願いの内容も聞かず、二つ返事でオーケーしてしまうレオン。もし、私がとんでもない頼みごとをしたらどうするのだろうか、と若干呆れる。

 私はレオンにドロシーのことについて説明した。


「ですので、ドロシーの症状に合うような病気がないか、一緒に調べて欲しいんです」

「分かったぞ!でも……」

「はい?」

「どうして、そこまでしてあげるんだい?そのドロシーというは君の友人でも常連客でもないんだろう?もし、彼女の病気が魔法薬で解決できない場合、店の利益にはならないかもしれないぞ?」


 まさか、レオンに正論を突き付けられるとは……私は「うっ」と唸った。

 確かに、彼の言う通り。こんなに頑張っても骨折り損のくたびれ儲け――という結果に終わるかもしれない。

 けれども……。


「その子、女優になるためにずっと努力してきたみたいなんです。それで今、やっとチャンスが掴めるかもしれない。やっぱり報われて欲しいじゃないですか……って、何ですか?その顔は…」

 なぜか、レオンはニヤニヤ笑ってこちらを見ていた。

「ううん、何でもない。君らしいなと思って」

「……とにかく、探しましょう」



 午前中いっぱいを使って、医学書のある書架を調べたが、あいにくドロシーの病に繋がるような本は見つからなかった。

 もしかしたら、一般に公開されている所に目的の本は置いてないかもしれない。この図書館には、一般図書の他に貴重図書がある。そちらにある医学書ならもしかしたら……。

 ただ、問題は貴重図書の閲覧には申請書が必要で、閲覧願を届けても、許可されるまでに数週間はかかってしまうことだった。


 だが、迷っていても仕方ない。とりあえず、受付に行って閲覧願を提出しよう。そう思っていた矢先、

「ジャンヌ」

 レオンに腕を引っ張られた。

「え?なんですか?」

「こっちだぞ」


 レオンに手を引かれ向かったのは、件の貴重図書が置いてある部屋である。もちろん、届け出をしていない者は入室できない。それくらい、彼も知っているはずだが……?


「まさか?」

 私はハッとする。

「ハハ、職権乱用というやつだ」


 どうやらレオンは自分の立場と身分を使って、貴重図書を閲覧できるよう手を回してくれたらしい。

「あ、ありがとうございます……」


 そして、私たちは貴重図書室でとある医学書を見つけたのだった。



 思った以上に大きな劇場で、私は内心驚いていた。かなり人気の演劇の舞台のようで、劇場内はお客で一杯だ。

 私はドロシーからもらったチケットを握りしめ、自分の席を探した。



 貴重図書の中にあった医学書の一つに、とても興味深いことが記載してあった。それは獣の肝臓……レバーを過剰に摂取した患者の記録である。


 レバーには、病気に対する体の抵抗力を向上させ、美肌効果を持つ栄養素が含まれているらしい。だからレバーは健康食材として有能なのだが、その栄養素を多く摂りすぎると幾つか厄介な症状が出る――と、その医学書には書いてあった。

 頭痛やめまい、吐き気と嘔吐、さらには関節痛、脱毛、皮膚の乾燥など……。

 その症状は、ドロシーに共通するものだ。


 私はドロシーが頻繁に鶏のレバーを食べていることを思い出した。

 改めて確認すると、彼女は「体にいいから」「美肌効果が期待できるから」と、レバーを積極的に食べていた。そして、最近は肌が荒れてしまっていたので、さらに多くのレバーを摂取してしまっていたのである。


 私はドロシーにレバーを控えるように話してみた。

 健康食材なのに――と、彼女は半信半疑だったが、レバーを食べるのを止めた。

 すると、彼女の病の症状はすっかり良くなっていったのだ。おまけに、今回は再発もしなかった。


 つまり、白魔法で治療しても病が再発してしまう原因は、ドロシーが日常的にレバーを過剰摂取することにあったわけだ。

 どれだけ体に良いものでも、取り過ぎはダメ――ということだろう。



 そして、ドロシーは健康を取り戻し、今舞台に立っている。

 私はそれを客席から眺めていた。

 役に没頭し、それを活き活きと演じるドロシーは、とても輝いて見えた。



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