第6話 ナンパ男

 私は魔法薬店を営んでいるが、から日々営業妨害を受けている。

 その男の名はレオン。

 肩書と家柄がすごい――騎士団長で侯爵家の子息――彼は、どうでも良い話を私に吹っかけてきては仕事の邪魔をするのだ。

 レオンが貴族でなかったら、蹴っ飛ばして店から追い出しているところである。


 そして、悲報。

 そんなレオンの同類が現れてしまった。



「やぁ、ジャンヌ。今日も可愛いね」

 出会い頭に、そんな歯の浮くようなセリフを吐く優男。


 自己紹介によれば、彼の名はダニエル。自称、オルレア騎士団の若きエースらしい。

 とても騎士には見えない軽薄ぶりに詐称を疑ったが、彼は騎士団の証――竜の軽鎧をちゃんと身に着けていた。

 さて。そんなダニエルは最近、頻繁に私の店を訪れ、細々とした買い物にかこつけて、私に耳障りなセリフを残していくのだ。


 そのパターンはお決まりで、

 可愛い。美しい――などの容姿の賛美から始まり、

(なお、そこに『まるで×××のようだ』という修飾子が付け足される。)

「会えて嬉しい」と言われるのはまだマシで、

「いつも君のことばかり考えてる」だの「息もできないくらい好き」だの嘘くさいセリフが並んで、

「抱きしめたい」なんかのセクハラ発言に及ぶのだ。


 これならまだ、どうでもいいレオンの無駄話に付き合っていた方が、精神衛生上良いくらいである。


 そして、今日。

 さらに嫌なイベントが起こってしまった。

 そう、レオンとダニエルが鉢合わせたのだ。



「君は確か……第四班のダニエルといったか。いったい、何をやっているんだ?」


 いつもより数オクターブ低い声がレオンの口から出る。

 その顔に怒りはなく、無表情。

 正直、あからさまに怒られるよりも不気味である。奥底が真っ暗な、瞳孔の開いた目が恐怖に拍車をかけていた。

 しかし、当のダニエルは鈍感なのか肝が太いのか、不敵に笑い、レオンを挑発してみせた。


「なにって?ジャンヌさんを口説いているんスよ?」


 自分の上司に向かって、そんなことが言える神経がスゴい。

 そして、ダニエルがそう言った瞬間、部屋の温度が下がった気がした。ぞわりと寒気を覚える。

 それはダニエルも同様だったみたいで、やっと彼は慌て始めた。


「べ、別に俺が誰を口説こうと個人の自由じゃないっスか!?ソレを邪魔するのは騎士団長だからって横暴なんじゃ――っ!?」

 そこは「冗談でした」とでも言っておけば良いものを…。

「……」


 レオンは無言のままダニエルを威圧する。最初は調子づいていたダニエルも気圧されて、とうとう喋れなくなってしまった。

 正直なところ、ダニエルがどうなっても私は構わないが、このままでは二人のせいで他の客が店に入ってこられない。

 仕方なく、私は助け舟を出した。


「レオン様、そこまでにして下さい。営業妨害ですよ」

「――っ!?ジャンヌ!君はコイツの味方をするのかっ!?」


 ガーンとショックを受けた様子のレオン。

 それで場の空気が幾らか緩み、その隙にダニエルはそそくさと店から退散した。

 後には私とレオンだけが残される。


「君はもしかして……ダニエルのことが…す、好きなのか?」

「いや、全然」


 語尾を震わせるレオンに、私は即答する。

 ダニエルはただの客である。付け加えるならば、客だ。


「それにあの人も、本気で私のことが好きというわけじゃないですよ」


 愛の言葉をささやくが、その言葉は軽く中身が空っぽだ。幸か不幸か、比較対象が身近にいるため、すぐに分かった。


「本気じゃない!?じゃあ、いったい何なんだ!?」

「そんなの私に聞かれても分かりませんよ。ただの遊びなんじゃないですか?」


 いわゆる遊び人なのでは?そう、私は推測する。

 ダニエルという男は、顔だけ見れば世間で言うところの――たぶん――イケメンに分類されるだろう。だから、それをいいことに色んな女性に声をかけているのではないだろうか。私を口説くのも、手慣れた様子だったし。


「あの男はよくこの店に来るのか?」

「そうですね。最近はわりと頻繁に。三日に一度くらいのペースでしょうか」

「そんなに!?ストーカーじゃないか!!?」

 そう叫ぶレオンを私は白々しく見つめる。

「目の前に、毎日のように当店にいらっしゃる方もおられますが」

「俺はいいんだぞ!!!」


 何というダブルスタンダード。

 ダニエルといい、レオンといい、オルレア騎士団にはこんな奴らしかいないのだろうか?私はそう心配になった。



「なんだよ、ダニエル。まだ落とせてないのかよ。口ほどでもねぇな」

「そうだよな。俺なら一週間で落とせるって豪語してたのに」

「うるせぇなぁ」


 ここはオルレア騎士団第四班の控え室だった。

 部屋の中にはダニエル含め、三人の男たちがいて何やら話している。妙に騒がしい声が、廊下まで聞こえていた。


「それにしても、騎士団長が惚れた女ってどんなんだ?」

「どんなって、まぁまぁかな。十点中六、七点くらい?体はイイけど顔は地味め」

「ふぅん。何か割と普通なんだな。王立騎士団を辞めて、その女目当てにこの街に戻ってきたんだろう?どんな絶世の美女かと思ったんだが」

「なんだよ。天下のダニエル様が、そんな普通の女にてこずっているのか?」


 その言葉に、ダニエルはムッとしたように顔をしかめた。


「だから、もう少しだって言ってンだろ?アレは絶対俺に気があるね。今日だって、俺のことを団長から必死に庇っていたし」

「じゃあ、あと一押しといったところか」

 ニヤリと周りの男たちが笑い、ダニエルがうなずく。

「絶対、団長の女をとってやるさ」

「いいねぇ、そうこなくっちゃ。大体、目障りなんだよな。親のコネで騎士団長だなんてさ。どうせ大した実力もないに決まってる。これまでの功績だって、実家のお膳立てがあったからだろう?」

「だよなぁ。俺らが必死で下積みしているのに、バカらしくなる。ダニエル、期待しているぜ。貴族のお坊ちゃんに、世間の厳しさってのを教えてやれよ」


 もちろんだと、ダニエルは嫌な笑い方をした。


「そろそろ、強引にでも飲みに誘ってやろうかな。そのとき、コイツを酒に混ぜてやれば……」

 彼がポケットから出したのは、小さな錠剤だった。

「あっ、ソレ。すぐ昏睡するっていう……」

「そうさ。そのうちに安宿に連れ込めば――」


 その時、控室の扉が急に開いた。中にいた三人は驚き、振り返る。

 扉の前に立っていたのは今しがた彼らが話題にしていた人物――レオン・クローヴィスその人だった。



「もぉ……ゆるじで…ぐださい……」

 地べたを這いながらダニエルはそう懇願した。

 彼の綺麗な顔は、涙、よだれ、鼻水にまみれていて、見るも無残なものになっている。そして、それは他の二人も同様だった。


「おかしなことを言う。許すも何も、これは単なる稽古だろ?」

 そんな三人を見下ろしながら、レオンは涼し気な顔でそう言った。こちらは汗一つかいていない。


 控室前の廊下で、ダニエルたちの悪事を耳にしたレオンは、彼らにこう持ち掛けた。


「稽古をしよう」

「えっ……」

「俺に勝てば、先ほどの話していた件は見逃してやる。そちらは三人いっぺんにかかってくればいい」


 戸惑うダニエルたちであったが、三対一という圧倒的有利と条件に、レオンの申し出を受けたのだった。

 その結果がコレである。


 レオンは無表情で三人に話しかけた。


「大丈夫。全て急所は外しているし、手加減もしている。実際、君たちは骨一つ折れていないだろう?」

 そう言って、レオンは横たわるダニエルの襟首をつかみ、片手で易々と彼の身体を持ち上げた。恐怖のあまり、ダニエルが顔を引きつらせる。


「根を上げるにはまだまだ早いぞ」

 冷たいレオンの声が稽古場に響いた。



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