都落ちした魔導士ですが、猪突猛進系の騎士団長に執着されて迷惑しています【騎士団長お気に入りの魔法薬店】

猫野早良

第一部 街外れの魔法薬店

第1話 騎士団長お気に入りの魔法薬店(前編)

 朝日が街を照らし、人々がせわしなく働き始める頃――

 私も店を開ける準備をしていた。


 私の名前はジャンヌ、今年で二十歳。

 今は生まれ故郷であるオルレアの街で、母と共に暮らしている。


 数年前までは特待生として、王都の魔法学校に通っていたが、それも過去の話だ。

 『神童も20歳を過ぎればただの人』というのは、まさにその通り。

 結局、私の才能は凡人の域を出ず、一か八かの賭けにもしてしまい、憧れていた宮廷魔導士にはなれなかった。

 夢破れて、田舎に帰ってきたクチである。


 とはいっても、今の生活に別段不満があるわけではない。

 青春時代のすべてを捧げた魔法は、私の血となり肉となって、この生活を支えてくれている。こうして、母とつつましく暮らせているのだから御の字だろう。

 

 現在、私はオルレアの街外れで魔法薬店を営んでいた。

 魔法と薬学が融合した魔法薬学の知識の下、より安全で質の高い魔法薬を売ることをモットーにしている。

 薬を作るのも私、売るのも私。時々母が店番をしてくれるくらいの、小さな店だ。

 ただ、自分で言うのもなんだが、私の薬はよく効くと結構評判が良い。


 さて、新しく作った回復薬を棚に並べなければ。

 私はやるべきことを頭の中にリストアップする。そして、今日もしっかり働くべく、気合を入れた。



 昼下がり、がやって来た。


 窓越しに、燃えるような赤髪の背の高い青年の姿が見えて、私は思わず半眼になる。そうこうしているうちに、その青年が慌ただしく店内に入って来た。


「やぁ!ジャンヌ、久しぶり!会いたかったぞ!!」


 赤髪の青年――レオン・クローヴィスが溌溂はつらつとした笑顔をこちらに向けてくる。

「いらっしゃいませ」

 私は接客用の笑顔を張り付けて応じるものの、内心ため息をついた。


 「久しぶり」と彼は言ったが、私の記憶が間違いでなければ、レオンは昨日も一昨日も、さらに言えばそのまた前の日もうちにやって来た。

 というか、ほぼ毎日レオンはやって来る。

 まだ、彼は勤務中のはずだ。一体、仕事はどうしたのかと問いただしたい。


 実はこのレオン。オルレア騎士団に所属し、なんとそこのトップ――騎士団長を任されているのだ。

 半年ほど前に着任してきたこの若き騎士団長に、街の皆が注目していた。


 レオンはここに来る前、王都にある王立騎士団に籍を置いていた。この国のエリートが集まる組織である。

 そこで彼は、剣術に長けているだけではなく、魔法も使える魔法剣士として評判だった。噂では、オーガの群れを一人で退治してしまったとか。


 これだけでも十分すごいのだが、レオンはその血筋も高貴なものだった。

 なにせ彼はこの地を治める領主、竜の力を受け継ぐと言われているクローヴィス侯爵家の子息なのだ。

 つまり、お貴族サマ。良い所の坊ちゃんである。


 そんなレオンと、ただの庶民の私が気安く会話するのはおかしな話なのだが……どういうわけか、私と彼の間には奇妙な縁があった。

 あれは、そう。私がまだ子供の頃にまでさかのぼる。



 私とレオンはどちらもオルレアの出身だが、こちらは平民、あちらは貴族。故郷にいた頃は、直接話すどころか、会うことすらなかった。

 接点ができたのは、私たちが王都に行ってからのことである。


 私が魔法学校の学生だった頃、レオンもまた王都の騎士学校に通っていた。

 魔法学校と騎士学校では、実戦的な魔法を学ぶための合同授業があり、そこで私とレオンは出会うことになる。

 まだ、私が十歳になる前かそこらの話だった。


 今でこそ、剣も魔法もすばらしい実力を持つレオンだが、当時はまだその才能が開花していなかった。

 むしろ、どちらかと言うと劣等生と呼ばれる立場の子供だっただろう。

 同級生たちが彼のことを「落ちこぼれ」とはやし立てていたのを、よく覚えている。


 当時のレオンが中々成果を出せなかった理由――剣のことは専門外のため、私にはサッパリだが――魔法に関してなら多少は推測できる。

 おそらくソレは、彼の魔力が非常に不安定だったためだろう。

 まるで荒れ狂う海のように、レオンの魔力には波があった。あれをコントロールするのは熟練の魔導士でも至難のわざだったように思う。


 しかし、レオンは偉かった。

 外野に何を言われようとも、彼は持ち前の明るさを失わず、結果を出せずとも腐らずにコツコツ努力し続けた。

 教室に居残って、必死に魔法の練習をしているレオンをよく見かけたものである。

 気が付けば、私は彼の練習に付き合うようになっていた。

 

 そんなレオンの苦労が報われるのは、騎士叙任の儀式の前――彼が15歳のときだ。

 それはまさにと言っていいものだった。

 ある時を境に、レオンの剣と魔法の才能が突然開花したのである。

 そして、落ちこぼれだった少年は、皆の憧れの的となり、そのままエリートコースを突き進んでいった。

 ああいう人間をというのだ――私は隣で見ていて、それを思い知った。



 レオンはで、私は

 レオンが王都でどんどん出世する一方、私は故郷に帰ってひっそりと生きる。

 もはや、お互いに会うことすらないだろう。

 そう思っていたのだが……


「やぁ!ジャンヌ!!」


 懐かしい笑みと共に、彼は私の前に突如現れたのだ。

 それが、ちょうど半年前のこと。

 レオンはオルレアの騎士団長となって、故郷に戻ってきたのである。



「そう言えば、うちの屋敷に王都から客人が来たんだよ。何でも、母の友人の娘らしい」

「そうですか」

「相手をしてやって欲しいと言われたが、俺も仕事があるから断ったんだぞ」

「……」


 現在進行形で目の前で油を売っているレオンが、そんなことをのたまう。私は白々とした視線を彼に送った。

 レオンには一向に買い物をする気配がない。そして、私はどうでも良いとしか思えない世間話に付き合わされていた。

 どうして客でもない男の話を聞くのか?

 だって、レオンは領主の息子。無力な平民が無碍むげにできる相手ではない。

 しかし、いつまでも彼の相手をしていては、仕事にならないのも事実。さすがに私も我慢の限界がやって来た。


「それで、レオン様。本日はどのような御用件でしょうか?」

「そんな風にかしこまった言い方はよしてくれ。君と俺の仲だろう?」


 一体、どんな仲だ。

 そう思いつつ、私は口調を学生時代のものに戻した。その方が、レオンに注意しやすいからだ。


「なら、遠慮なく……で、用は何ですか?」

「君と話に来たんだよ!」

 臆面もなくそう口にするレオンに、私は頭を抱えそうになる。

「……お客じゃないなら帰ってください。営業妨害ですよ」

 私は窓の外を指さす。そこには、レオンに遠慮して店に入ってこられない客の姿があった。


 すると、レオンは急に慌て出す。


「じゃあ、傷薬!傷薬をくれないか?」

「どこか怪我でも?」

 レオンは袖をまくり上げ、そのたくましい腕を私に見せてきた。

「え?」

「ほら、ここ」

 彼が示したところには、確かに傷がある。小さな小さなかすり傷だが……。

「……」

「不覚にもエアレーに体当たりされたんだぞ。死角から急に襲われて」


 エアレーというのは馬の体に、山羊の角とイノシシの牙を持つ大型の魔物だ。曲がった角は自由に回転させることが可能で、これを武器に敵と戦う。

 一般的な戦士がエアレーに不意打ちを食らった場合、運が悪ければ角で串刺しにされて死んでしまうだろう。それがかすり傷一つなんて、どれだけ頑丈な体をしているのだ。この男は……。


 私は化け物を見る目でレオンを見た。

 片や、彼の方は私のことなど気にする風でもなく、ニコニコ笑みを浮かべている。まるで大型犬のような無邪気さだった。


「……外傷用の薬なら、軟膏タイプで銀貨一枚になります」

「うん、分かったよ」


 私はお金を受け取り、商品をレオンに渡した。

 だが、彼は一向にその場から立ち去ろうとはしない。


「まだ、何か?」

「その……店は何時に終わるんだい?」

「閉店時間は夕方の5時過ぎですが……」

「ならっ――!」

「でも、閉店後は閉店後でやることが山のようにあります。薬作りもあるし、帳簿もつけないと」

「そ、そうかぁ。忙しいんだな……」

 そう言って、レオンは肩を落とす。けれども、すぐに笑顔を取り戻し、

「また来るよ!」

 店を出て行った。



 オルレアは大きな商業都市だ。魔法薬を扱う店はうちだけではない。

 その中で、レオンが私の店を贔屓ひいきにする理由。

 ソレに心当たりがないわけではなかったが、私はわざと気付かないフリをするのだった。



貴女あなたがここの店主かしら?」

 高飛車な態度で、その女性は言った。


 私と同年代くらいと思われるその女性は、明らかにこの店の客層とは異なっていた。

 レースがたくさんついた高そうなドレスも、全く日に焼けていない白い肌も、何もかも。

 一目で上流階級の人間であることが察せられる。おまけに護衛なのか、お供にガタイの良い男が二人ついていた。


 不穏な空気を察して、他の客たちは早々に店外に逃げている。

 まったく、営業妨害もはなはだしい――と思いつつ、私は接客用の笑みを張り付けた。


「はい。私です」


 名乗りを上げて、女の前に出る。

 彼女は上から下まで検分するように、私をじろじろと観察した。その様子を見て、女がやはりただの客ではないことを私は確信する。


わたくしは、マーレイ伯爵家のデボラよ」


 つまり、伯爵令嬢というわけだ。私は深々とお辞儀した。


「これはこれは。伯爵家のお嬢様がこのような店に何の御用でしょうか?」

「単刀直入に言います。と別れなさい」

「……、ですか」


 私には恋人などいない。

 しかし、デボラが「別れて欲しい」と訴える相手は難なく推測できた。

 そう言えば、そのとやらが言っていた。自分の屋敷に客人が来た、と。おそらくその客人が、目の前の伯爵令嬢デボラなのだろう。


「もちろんタダとは言いませんわ」


 デボラがお供の一人を一瞥いちべつする。すると、彼は懐から麻袋を取り出して、店のカウンターに置いた。ジャラリと音がして、おそらく中身が貨幣だと分かる。


「これは?」

「金貨50枚です。これでと別れなさい」

「……いただけません」

 私がそう言うと、カッとデボラは目を見開いた。

「平民の分際がっ!身の程を知りなさいっ!」

 彼女の罵声が店内に響き渡る。

「庶民の貴女に、レオン様のお相手が務まると本気思っているの?遊ばれているだけだって分からないのかしら?」

 そうあざけられるが、私は笑みを崩さなかった。


「お嬢様は何か誤解をされていらっしゃるようで」

「誤解……?」

「私とレオン様がお付き合い?そんな事実は微塵もございません」


 キッパリ、スッパリ断言すると、デボラは虚を突かれたような顔になった。

そこに私は畳みかける。


「お嬢様がおっしゃられた通り、私などレオン様には不釣り合い。お付き合いなんて滅相もございません。レオン様はあくまでお客様として、当店にいらっしゃっているだけ。それ故、お嬢様からお金など受け取れません」

「あ、あら?そうなの?」

「はい。失礼ですが、お嬢様はレオン様の恋人なのでしょうか?高貴な方々同士、おまけに美男美女。とてもお似合いですね」


 そうおだてると、デボラは気を良くしたようだ。

 彼女はみるみる笑顔になった。


「ええ、そうよ。婚約の話も出ているの。レオン様のお母さまも、とても乗り気で」

「それは、それは。おめでとうございます」

 私はまた、ぺこりと頭を下げる。

「そんな素敵なお二人の関係に水を差しては大変。私も本意ではございません。周囲から、あらぬ誤解がかけられないよう、もしレオン様が当店にいらっしゃったら別の魔法薬店をお勧めしておきます」

「そう?ふふ、分かればいいのよ。分かれば」


 最後には上機嫌で、デボラは供を連れて帰って行った。

 私は彼らの背が見えなくなるのを窓から確認し、やっと息を吐く。


「はぁ、面倒なことになった……」


 そうつぶやいた。

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