第4話 家達一択の閃光

「とまあ、こんな感じですけど」


「ふむ」


 和鳥栖の説明を聞き終えた家達はしばし黙して思索する。曲げた右人差し指の第二関節を形良い唇にそっと当てながら考えに耽るのが彼の癖だった。


「陸上部の部室の鍵が消火器の裏に隠されていることを知っている人間は、陸上部員以外にもいたんだろうか」


「それについては口外しないよう、部長から強く命じられていたようですよ。こわーい鬼部長の指示ですから、きっとみんなむやみやたらに言いふらすようなことはしなかったんじゃないでしょうか。言いふらす必要性も基本ないですしね」


「戻ってきた盗難品を発見したのは誰かな」


「一年生の男の子たちらしいです。確か川崎くん、岸本くん、桑原くんって名前だったと思います」


「三人は一緒に部室に向かったんだね?」


「はい。同じクラスらしくて、ホームルームが終わると同時に一緒に部室に向かったんだそうです」


「となるとそこでこっそり盗んだ物品を戻すことは不可能だね。いや、三人が共犯だという可能性もあるか……」


「いえ、家達さん。三人が共犯である可能性はありません。岸本くんは体調を崩してて前日まで学校を休んでいました。お母さんが専業主婦だそうで、ずっとお母さんの監視下にあったようですからお家から出てないことは明らかです」


「なるほどね。となると、きっと犯人はその日の日中にこっそり盗んだ物を返したんだろう。まあないとは思うけど、陸上部の誰かが人目を気にしながら部室棟へ向かう様子が目撃された、なんてことはないよね」


「残念ながら」


 和鳥栖が眉を八の字にして笑うと、家達は「構わないさ」と小さく口許を緩めた。


「ふむ、おそらく犯人は陸上部の誰かである可能性が高いけれど、現状、部員であれば誰でもあり得るね。となれば犯人にたどり着く手がかりはやっぱり動機――何故、犯人はリレーバトン六本と靴紐五本を必要としたのか、その謎を解くことにありそうだね」


「もしかして動機の仮説が立ってたりしますか家達さん?」


 期待の眼差しを向ける和鳥栖だったが、家達は苦笑しつつ首を横に振った。


「いやいや。まだちっとも分かっちゃいないよ。ただ、犯人が単なるバトンマニアのコレクターだったり靴紐マニアのコレクターでないことは確かだね」


「はい、それは間違いないですよね。だって犯人は盗んだ物を次の日には返してますから」


「それだけじゃない、理由はほかにもあるよ」


「え?」


「靴紐さ。戻ってきた靴紐五本は、どれもが泥を吸ったように汚れていたんだろう。つまり靴紐たちは泥に塗れるような目に遭ったんだ。何かしらの用途に使われたんだよ。そこに犯人の動機が隠されている」


「なるほど……!」


「けれどどういった用途に使われたのか見当もつかない。六本のリレーバトン、五本の靴紐、泥、犯人は一体どんなことに使いたくてバトンと靴紐を盗んだんだろう」


「うーん……」


 熟考する家達の前で同じように和鳥栖も考える。が、しばらくしたところで降参とばかりに机に突っ伏した。


「うう~全然分かんないですー。私じゃどうやったって解けそうにないですね、しょんぼりして心が雨模様です」


「雨模様……」


 和鳥栖の独り言を聞き留めた家達が呟く。


「雨……水……土……泥……」


 脳内で行なわれる連想ゲーム。その一片が言葉となって無意識に家達の唇から漏れ出す。やがて家達は和鳥栖に尋ねた。


「ねえ和鳥栖くん。陸上部の部室にあるリレーバトンは盗まれた六本で全部なのかな?」


 突っ伏していた和鳥栖は上半身を起こした。


「え? あ、そうですね、アルミ製のリレーバトンはその六本で全部だそうです」


「アルミ製は? アルミ製じゃないバトンならあるっていうのかい」


「えっと、はい。普段は使わないらしいですけど、プラスチック製のバトンも所有してるそうです。アルミ製のと同じように六本セットで、似たような箱に入ってていつもアルミバトンの箱の隣に並べておいてあるとか。でも公式試合ではアルミ製のバトンが使用されますから、練習でもアルミの方を使っているそうです」


 家達の双眸がわずかに見開かれる。めまぐるしい思考が揺らぎとなって彼の瞳の中を駆け巡る。


「だとしたら犯人はあえてアルミニウム合金製のリレーバトンだけを盗んだことになる……! プラスチックではダメだったんだ、アルミニウム合金製でなければ……! それは何故だ……アルミ製のバトンが六本と、靴紐が五本、泥、雨、……」


 ついに家達の双眸に閃光が灯った。閃きの光。見開かれた彼の瞳にもう揺らぎはない。


「……そういうことか」


 その一言に和鳥栖の体が椅子から跳ね起きる。


「分かったんですか! 犯人が?」


「まだ断定はできないね。現場を確かめる必要がある」


 そう言って家達は立ち上がる。腕時計に目をやる。時刻は十七時半を回ったところだった。


 家達は笑んだ。


「ちょうどいい頃合いだ。さあ行こう和鳥栖くん。謎が謎でなくなる瞬間はもう近い」

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