第27話 転移


 気づけば、俺はより一層に薄暗い空間に立っていた。


 ピチョンピチョンという水滴の音が、反響するように聞こえてくる。

 かなり広い、密室のような空間になっているのだろう。


 足の平衡が妙にズレているので、一瞬洞窟か何かにいるのかと思ったが、それはすぐに思い直される。


 すぐ向こうに、地面から天井へ、明らかに人工の柱が立っていた。

 樹木の根のようなモノが絡みつき、それが地面にも這って広がっている。


 おそらくタイルだったものが、隆起によって剥がされ、歪に散らばっている。


 辺りは石造りの壁が囲み、かけられた青白い松明が怪しげに輝いていた。

 壁を繋ぐように建てられている柱の鼠返しには、蝋が溶け固まったようなものがこびりついている。


 生命の気配なんかは一切感じられない。

 唯一痕跡とも言える蜘蛛の巣がそこら中に張り巡らされているが、それも埃かぶっていて宿主は去っているのだろう。


 おおかた、元々人に利用されていた場所だったが、今は廃墟と化してしまっている……というような場所か。




 (……なんで俺はこんなとこにいるんだ)


 足元を見やる。


 血のようなもので描かれた記号の円環が、怪しげに浮かんでいる。

 ただ、さきほどと同じような輝きは失われており、もう使うことはできないのだろう。


 おそらく、これによって俺は飛ばされたのだ。

 あの魔法陣だらけの部屋から、こんなところに。


 それが幸か不幸かは、まだ俺もわからないが…。

 とりあえず、彼女から退避することができてよかった、としておこう。


 効果を失ったということは、俺はあの部屋に逆戻りすることはできない。

 彼女もそれは同じ……だろう。


 魔法使いのパワーで再利用できるかもしれないけど、そこまでして俺を追ってくるとは思えない。

 終始興味なさげだったし……殺しにかかってきたけどさ。



 あの少女が何者だったのかはもう俺の知るところではない。

 魔法使いっぽくはあったけど、実際のところどうなのかわからない。

 しかし、かなりの強者であることは確かだろう。


 いつか巡り会える日が来る……まぁ当分人に会いたくはなくなったが、まぁその時にはもうちょっと抵抗できるようになっていよう。



 (とりあえず、状況を把握しよう)

 

 攻撃を喰らった場所を修復しながら、ゆっくりと歩き出す。

 前にあるトーチの間をくぐると、いくつかの段差があった。


 どうやら、俺が立っていた場所は数段高いところにあったらしい。

 これがゲームならば、みたいなところだろう。

  

 段差を降りると、アーチ型の入り口のようなものがあり、そこから入り組んだ道が広がっていくのがなんとなくわかった。


 ギリギリ3人並んで歩けそうなくらいの通路。

 それが十字だったりT字だったり、枝分かれしている。


 いよいよ迷路というかっぽい。


 (進んだらもう戻ってこれなそうだな…)


 まぁ別に、ここに戻ってくる必要性もおそらくないのだが。


 先ほどゲームの例えでスタート地点のようなものといったが、それは雰囲気だけである。

 ゲームのように、何か回復場所とか商店があるわけではないので、カムバックしてくることはないだろう。


 (行ってみるか───【呪詛の外套】)


 一応鉢合わせた時のためにスキルも展開しておく。

 まぁさっきはあっさりと吹き消されたが……ないよりはマシだ。


 細心の注意を払って、道なりに進んでいく。


 

 なんとも悪趣味だが、道には骨があちらこちらに散らばっていた。

 大から小までたくさん落ちており、かき集めればひとりの人が完成してしまいそうだ。


 (こんな物騒なところなのか…?ここは)

 

 身の程知らずな冒険者が迷宮で命を落とす……みたいのはフィクションにありがちだ。

 もしここがダンジョンで、この世界に冒険者なるものがあるとするなら、そんなストーリーがあってもおかしくはない。


 とりあえずせめてもの弔いの気持ちを抱いて、骨を避けながら進んでいく。


 そして、十字路に差し掛かったところで……。



 (うん、なんだあれは?)


 一瞬、何かが向こうで横切った気がした。

 緑色の残光が少しの間に漂っていたので、気のせいではないはず。


 かなり早いが、モンスター的なものにエンカウントしたのかもしれない。


 先々の戦闘で、友好的なヤツは居ないとわかっている。

 卑怯だなんだと言われるかもしれないが。ここは先制攻撃で仕留めよう。


 【鎧化】


 腕の部分を硬質化。

 バレないようそろりと十字路へと近づいていく。


 張り込みをする──この場合は追跡か──ように、壁に張り付いて様子を伺う。

 まぁそれはやってみたかっただけで、大した効果はなかった。


 なので、一点突破特攻を仕掛けてみよう。


 残光の通った方へ、勢いよく曲がらんとする。

 地面を思い切り蹴ってスタートダッシュ。


 加速付いた拳で一撃を見舞う作戦。

 まだそこまで遠くにはいっていないだろう、十分命中する圏内だ。


 バッと目の前を見た瞬間、標的を視界に捉えた。



 そして俺は、無い目を丸めた。

 これまでいろんなやつに遭遇してきたが、それでも驚いてはしまうらしい。




 体のないが、ふよふよと空を漂っていた。




 

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