心霊

やざき わかば

心霊

 楽しい旅行中に撮影した写真。よく見てみると、その写真には、誰もいなかったはずの場所に手が写っていた。


 進学や就職で夢の一人暮らし。やっと構えた自分の城。だが、夜になると、寝室の壁から手が出てくる。


 古い校舎のトイレ。用を足し終わり、ふと便器を振り返ると、そこから手が伸びていた。


 世界中で「幽霊の手」が絡む怪談は星の数ほど存在する。幽霊が全身を現すより、恐怖感が増すのだろう。全てが明らかになるより、一部だけ出てくるほうが受け取り手の想像力を増すという手法だろうか。


 思えば、1800年代などの西洋は全身出しておけば全てOKの時代であった。エクトプラズムが人間の形になったと持て囃されていた時代。良い時代だった。


 それが今ではどうだ。全身が出ていると「興が削がれる」「嘘くさい」「合成だ」と、眼の肥えた現代人にやたらめったら叩かれる。そこで考え出されたのが「一部出し」というわけだ。


 おかげで所属タレントが倍以上に増えた。まぁ、雇用創生と言えば社会のためになっているし、言葉も良いし、天界から補助金もくれるのだが、いかんせん事務所が手狭になってしまう。


「このクリーム、すごく肌に良いわよ」

「ねぇねぇ、誰かチーク貸してくれないかな」

「うわ、本当にスベスベ。これいいわね」

「おーい、誰か黒髪で長髪のウイッグ、使ってないか」

「軽石どこにあるー? かかと洗いたいんだけど」


 彼らは我が事務所所属の霊たちだ。これから仕事なので、美容の保持に一生懸命だ。なにせ、人間の撮影する映像に映るものだから、準備に余念がない。


 いや、わかるのだ。理解は出来る。仕事に一生懸命だし、なにしろ世間様に自分の身体の一部が公開されるのだ。そりゃ綺麗にしたがるだろうさ。


 まぁ。人間の方々は、心霊写真を撮影したときにはぜひ霊をきちんと見てあげてほしい。良い具合におめかしをしているはずだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

心霊 やざき わかば @wakaba_fight

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ