少年魔女の楽園追及(10/11)

「ほらほら龍姫。これも着てみてよ」

「龍姫さん。こちらはいかがでしょう? きっとお似合いになると」


 どうしてこうなった。

 学内にある衣料品店にて、と悠陽から交互に着せ替えを受けながら龍姫は思った。

 店はお堅い感じかと思いきや大手衣料品店数社がちょっとしたショッピングモールのようなものを作っている感じで、普通に若者向けの服がたくさんある。ガチのお嬢様はこんなところで買い物しないということで、お値段も庶民に手が出る設定である。


 とはいえ、ここは龍姫のよく知る「服屋」とは少し違う。


 何が違うって彼にとっての憩いのスペース──男性向けコーナーがない。アウターでさえ信じられないくらいカラフルだし、下着コーナーに至っては「これは見ていいものなのか」と思ってしまうほどきらきらしている。

 男用の服がないって男性職員はどうしているのかというと「さあ? たぶん外で買ってるんじゃない?」とのこと。ここは若い魔女のための学園であって男のための場所ではないのだ。

 そのため、宛がわれている服も当然女子用である。

 サイズ的には問題ない。龍姫の体型ならMサイズで十分入る。店員も男子が試着しても特に文句を言ってくる様子はない。

 が、


「なあ、俺はズボンとシャツでいいんだけど」

「だーめ。ちゃんとスカートも穿きなさい」

「せっかくの容姿を生かさないのは勿体ないと思います」


 衣与理は明るい色合いかつ露出度多めの服やフリフリ系を、悠陽は清楚な感じながらいかにも優等生といった感じのスカートルックを薦めてくる。

 当人が着ても似合いそうなあたりそれぞれの好みがモロに出ている。


「パンツとか穿いて男に見られたらどうするの」

「俺は男なんだが」

「男だから男に見られたら困るんでしょ。龍姫って変なところで往生際悪いよね」


 まあ実際、服が欲しいと言ったのは龍姫なわけで。あれも嫌だこれも嫌だでは話が進まないし、付き合ってくれている衣与理たちにも不義理だ。

 たとえ二人が龍姫以上に楽しんでいたとしても真面目に話を聞くべきである。

 深呼吸をして覚悟を決めるとあらためて女性服の数々と向かい合い、


「衣与理の選ぶ服は派手過ぎだ。着るなら悠陽の選んでくれた奴の方がいいかな」

「っ!」

「残念。やっぱり大好きな彼女のおススメの方が強いかー」


 銀髪の美少女がぱっと表情を輝かせ、明るい茶髪の可愛い少女は冗談めかして唇を尖らせる。


「肌が見えたりフリフリしてるのはさすがに恥ずかしいって。そこまで攻撃力上げる必要はない」

「大人しそうなコーデも一部の男子には破壊力高いけどね」

「それは否定しない」


 というか龍姫自身もそういう女の子にわりと弱い。

 衣与理はふむふむと頷いて、


「まあやる気になってくれたからOK。じゃあとりあえず初夏用と夏用と秋に着られそうなのを二、三着ずつ選んでおこっか」

「待て。そんなに買うのか?」

「だって洗濯の都合もあるし、季節によって着る服って違うじゃん。同じ服しか着ないって思われたらマイナスだし。というわけで、点数減らしたいならワンピース系よりトップスとボトムを別々に買って合わせるのがおススメね」

「なるほど……?」


 一着で済むところが二着になるのだからあんまり意味ないんじゃないかと思いつつ、これに関しては衣与理のアドバイスを素直に聞くことにする。ぶっちゃけ女子のお洒落なんてわかるわけがない。


「うーん。好きな女の子に着て欲しい服ならぱっとわかるんだけどな」

「え……っ。で、では龍姫さん。後で私の服も見ていただいてもいいでしょうか……?」

「あ、ああ。もちろんいいけど。でも悠陽の服ってそのままでも好きなんだよな」

「はいはい。いちゃいちゃするのは二人っきりの時にしてもらっていいですかー」


 というわけで、衣与理が大雑把に選択肢を示し、龍姫が好みの方向性を示し、悠陽がさらに意見を出して最終決定にもちこむ、という流れで買う服を決めていった。

 常識的な量であれば私服も生活必需品として扱われるため実質タダである。「じゃあもっと買おうよ!」という衣与理の意見は無視したものの、無理に安く収めるよりはいい品を選んだ。


「あと靴と鞄と財布とハンカチと帽子と……あ、日傘も買っとく?」

「そんなに買うのか……!?」

「持ちきれなかったらあたしたちも手伝うって。近いし」


 そういう問題ではなかったが、いっぺんに済ませた方が楽なのでこれも従う。


「女子の鞄って小っちゃいよな。不便じゃないか?」

「そりゃ大きい方がたくさん入るけどさ、小さい方が可愛いじゃん」

「それはわかる」


 同じデザインでサイズ違いがあったら龍姫でも「小さい方が可愛い」と言う。

 というわけで鞄は小さめの品に。まあ、男子学生なんてポケットに財布とスマホだけ入れて遠出したりするものなのであまり変わらない。女子の服にはポケットがなかったり小さかったりすることがあるのでその代わりに鞄を持ち歩くと思えばいい。

 財布やハンカチまで今までの物が使えないのも盲点だった。


「じゃ、最後は下着だね」

「それはそこそこ持ってるぞ?」

「運動して汗をかくことも考えるともう少し多い方がいいと思います」

「あ、そうか」


 学院から支給(?)されたのは普通の下着だったのでスポーツ用があると確かに助かる。

 と、衣与理が若干不思議そうな顔をして、


「龍姫の場合は直でもよくない? 胸ないし」


 ある方が驚きである。


「直ってなんか落ち着かなくないか? 普通の白シャツでもいいからなにか着ておきたい」

「ああ、男子でもやっぱ擦れるんだ、乳首」


 乳首はともかく。

 衣与理が「キャミでもいいかもね」というので形の違う下着をいくつかカゴに放り込んだ。ついでに洗い替え用に普通の下着も買っておく。

 下着売り場は特に居心地が悪いのもあってなるべく迷わない。


「ね、それどういう基準で決めてるの?」

「女の子が付けてたら可愛いと俺が思うやつ」

「あー。すごい納得した」

「どういう意味だ」


 なお、龍姫が選んだのは色で言うと白と黒、デザインで言うとフロントに小さなリボンのついたシンプルなものが多かった。

 ついでに衣与理と悠陽の服選びにも付き合い、会計。大量購入を受けた店員はとてもいい笑顔でアプリ登録、ポイント付与を勧めてくれた。


「いやー、買ったね。これだけあればしばらく大丈夫だよ」

「助かった。……しかし、女子の服をこれだけ買い込むとか俺は何やってるんだろうな」

「これから生活する準備でしょ。重要だよ」


 もちろんそうなのだが。

 つまり、これからも学院で生活する気があるということで。転校が決まって早々に決闘したり、女子から白い目で見られたり、女装することになったり、心得のないプログラミングをすることになってもなお嫌にはなっていないということだ。

 それは、隣で微笑んでいる少女がいてくれたたからというのもあるけれど、


「……案外、楽しんでるのかもな」

「え、なにか言った?」

「なんでもない。さ、昼飯にしようぜ。急がないとランチタイムが終わるぞ」

「ほんとだ!? なんでもうこんな時間なの!?」

「そりゃ、あれだけ服買えばそうなるだろ」


 小さく呟いた思いは誤魔化して、龍姫は二人の少女と共に飲食店エリアへと向かった。







「でさ。龍姫ってハーレム目指してるんでしょ? なんで」

「っ」


 有名ファーストフード店のテーブル席に座ってチキンのバーガーを頬張っていたらいきなり剛速球が飛んできた。

 咳き込みそうになりながらストローに口をつけコーラを流し込んで、ひと息ついてから口を開く。


「なんだよいきなり」

「いや、悠陽から聞いたんだけどさ。こんな可愛い彼女がいるのになんでかなーって」

「申し訳ありません。秘密にすることでもないと思ったのですが……」

「ああ、大丈夫。ただびっくりしただけだから」


 ハーレムを作るには複数の女の子を誘わないといけない。「その意思がある」ことを隠していては話が先に進まないのだ。そう告げると悠陽はほっとしたような表情を浮かべて上品にバーガーを齧り始めた。

 で、問題はポテトを二、三本ずつ口に放り込みながらこっちを見ている少女の方だ。


「なんでって言われても、だってハーレムだぞ。女の子はいっぱいいた方が嬉しいだろ」

「そうかなあ。あたしは何人もの男に愛されるとかやだ。絶対男同士で喧嘩になるし」

「あー……」


 女の子一人を男子複数で取り合ったらたぶんそうなる。


「逆にすると色々問題があるのかもな……」

「それかー。まあ女子だって場合によったら喧嘩するだろうけど、気の合う子とだったら普通に付き合えるかも」

「女子にそう言ってもらえるとちょっとほっとするな」


 ちらりと悠陽を見ると、彼女は困った顔になりつつ「止めませんよ」と目で訴えてきた。理解してくれていることに有難さを感じつつ、僅かに罪悪感を覚える。


「つまりハーレムは今まで彼女いなかった反動ってことね」

「おい、もう少し言い方があるだろ。まあその通りだけど」

「その通りなんじゃん」


 楽しそうに笑った衣与理はジンジャーエールを啜って落ち着くと「じゃあさ」と龍姫を見て、


「あたしも龍姫たちと一緒に住んでもいい?」

「へ? 寮から引っ越してくるのか?」

「うん。部屋はまだ余ってるんでしょ?」

「まあな」


 二人で使える部屋が四つ。龍姫と同室はまずいとしてもあと五人くらいまでは普通に許容範囲だ。

 しかし。

 龍姫はどこかきらきらしている衣与理の瞳を見つめ返して告げた。


「恋人がいるのにハーレム狙ってるような奴と一緒に住もうとするなよ……」

「うわ、自分で言ったよこいつ。……大丈夫大丈夫。その辺はちゃんとわかってるから」

「わかってるって?」

「龍姫がその気ならハーレムに入ってあげてもいいよってこと」

「な」


 なんかとんでもないことを言われた。


「ゆ、悠陽」

「笹川さんは言い出したら聞かないので……」


 恋人に助けを求めようとしたらあっさりと諦められた。


「その、私としても知らない方よりは安心できるかと」

「悠陽があたしのこと好きでいてくれて嬉しい。そろそろ名前で呼んでくれていいのに」

「いや待て。どうして急にそんな話になったんだ?」


 振り返った衣与理は「急じゃないよ?」ときょとんとして、


「しばらく龍姫と一緒にいて楽しかったし。悠陽とは気が合うし。龍姫って魔法の才能も凄いんでしょ? なら一石二鳥どころじゃないなって」

「だからって……ハーレムだぞ? 普通の付き合いじゃないんだぞ?」

「だからそれ龍姫が言う台詞じゃないってば。……本当に大丈夫なんだよ。あたしにとってもその方が楽だったりするの」

「……というと?」

「魔女の社会は特殊だってこと」


 魔女たちはいくつかの派閥に分かれて抗争──とまではいかないにせよ、対立構造を築いている。

 衣与理と悠陽はセラフィーナ・レイブンクロフトをトップとする「セラフィーナ派」に属しているが、龍姫もすでに体験した通り、この派閥は魔女界ではやや肩身が狭い。

 男性との結婚を禁止しておらず、自由恋愛を推奨しているからだ。女性社会ゆえに反発する魔女は多く、また「優秀な子」にこだわった結婚を行わないせいで構成員の実力自体も高いとは言えない。早乙女凜々花がそうしたように馬鹿にされることさえあるのが現状。


「正直面倒なんだけどさ。魔女に生まれた以上は子供を魔女に育てるのを期待されるんだよね。あたしは中学まで普通に共学の公立校だったし男子と恋愛したいんだけど、ここには男なんてほとんどいないし、お母さんとかが言うには魔女と男の恋愛ってうまくいかないことも多いらしくて」

「へ? それってなんで……?」


 可愛い子が多いんだから得だと思うのだが……と。


「自分より強くてお金も稼げる女と結婚するのが苦しいから」

「……な」


 なんて勝手な理屈だと思う反面、納得できてしまう部分もあった。

 龍姫だってどうせなら女の子からちやほやされたい。凄いと思って欲しい。なのに女の子の方が何から何まで自分より優秀だったら?

 劣等感をかけらも抱かないというのは難しいだろう。

 衣与理は珍しく自嘲めいた表情を浮かべ、人差し指を伸ばすと龍姫の鼻をつん、と突いてくる。


「その点、龍姫なら心配ないでしょ。悠陽のために自分より強い相手に食って掛かれるんだもん。魔女とでもうまくやれるよ」

「……それは、まあ。俺は悠陽が魔女として活躍できるなら専業主夫でも別にいいけど」


 ナチュラルに結婚する前提で言ってしまったのはこの際、ややこしくならないためにも訂正しないとして。


「そんなことで相手決めていいのかよ」

「いや、自分に自信なさすぎでしょ龍姫」


 ポテトがこっちに差し出される。「あーん」と言われたので素直に食べたら「えらいえらい」とうさぎかハムスターでも褒めるみたいに言われた。


「あたし、龍姫のことわりと好きだよ? それにすぐ結婚するって話でもないし。試しに付き合ってみるくらいなら別によくない?」

「あ、ああ、そっか。……そうだよな」


 こっちに来てから突飛な話が多すぎて混乱していた。

 確かに、別に誰かと付き合うというのは=結婚ではない。悠陽とは「子作りを前提」という契約を結んでいるが、それはそれ。普通は合わなかったら別れてもいいのだ。

 そう考えるとだいぶ気持ちが楽になる。今の時点で衣与理の人生を背負う覚悟までは必要ないのだ。

 すると少女は「やっぱり優しいね、龍姫は」と笑って、


「そういうわけだから、お買い得だと思うんだけど、どう?」


 答えは一つしかなかった。

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