少年魔女の楽園追及(4/11)
学院の敷地内にはグラウンドや体育館などの運動施設が複数存在している。
魔法を訓練する学校なのに何故? と思うかもしれないが、魔女にとって運動──特に『戦闘訓練』は欠かせない。戦時には兵士かつ兵器となるのが魔女。平和な時代でも災害時の救助活動や犯罪への対処などに尽力する魔女は多くいる。
翌日、学院にある『訓練場』の一つに龍姫はやってきていた。
シャワーは浴びたものの着ているのは昨日と同じ制服。本当なら実家に荷物を取りに行くなり服屋に行くなりするべきなのだろうが、あいにくもっと大事な用ができてしまった。
『決闘』の観戦である。
『私は明日、ある生徒と決闘をします。負けたら、龍姫さんとの関係を断たなければなりません』
昨夜、悠陽は悲痛な声で龍姫に告げた。
学院において決闘は神聖なもの。西洋で手袋を投げ合っていた頃とは違い命を奪うことは禁じられているが、負けた方は事前の取り決めに従って代価を支払わなければならない。これは金銭や物品とは限らず、なんらかの行為を禁止するなどの形のないものも含まれる。
悠陽はこれに「龍姫との関係」を賭けたわけだ。
本意ではなかったのは一目瞭然。問い詰めても多くを語ってはくれなかったが、少女は負けを覚悟しているように見えた。同時に決死の覚悟で挑もうとしているのも、わかった。
今日は二、三言しか話をしていない。
悠陽は「準備のため」と言って先に出て行ってしまった。
龍姫がいるのは周囲に設置された観客席。生徒たちでごった返す一般の客席ではなく教員用に隔離された空間だ。余計な混乱を避けるために学院側が配慮してくれた。
いろいろと手を回してくれた張本人は今、龍姫の隣でのほほんと決闘の開始を待っている。
「やー、今回はひょっとしたらひょっとするかな? 君はどう思う?」
「どう思うって聞かれても……。俺、対戦相手のことも何も知りませんし」
高く通る明るい声で話すちびっ子──身長140センチぎりぎり(本人談)の貧乳幼女、もとい年齢不詳の魔女は「そういえばそうだね」と軽く答えて、
「じゃあ予習しておこうか。悠陽ちゃんの相手は早乙女凜々花。一年生の首席で、身体強化と速い魔法を得意とする秀才だよ」
「首席!? 一年で一番強いってことじゃないですか!?」
「相性もあるから一概には言えないけどね。まあ、授業中の模擬戦では悠陽ちゃんは一度もあの子に勝ててない」
だから悠陽はあんなに申し訳なさそうだったのか。
「凜々花ちゃんはプライドが高い子でね。身内以外には物凄く当たりが強いの。だからきっと無理に決闘を迫ったんだろうね」
「拒否権はないんですか? そんなの受けなければいい」
「うん。受ける受けないはもちろん自由だよ。……だから、譲れない何かがあったのかもね」
龍姫の知っている悠陽は冷静で心優しい理想的な魔女だ。好戦的なようにも、取るに足らない理由で激昂するようにも見えなかった。
なら、彼女が「譲れなかった理由」とは?
「……俺のせい、なんでしょうか」
奢り過ぎだろうか。
少女もといロリババア(仮)は「さあね」とだけ言って話をはぐらかした。
「悠陽ちゃんが今までと同じ戦いしかできないなら勝敗は明らかだろうね。あの子はそもそも人を傷つけるのが苦手だから」
「そうなんですか?」
確かにそれはイメージ通りだが。
「そうだよ。悠陽ちゃんは攻撃魔法がほとんど使えない。使っても人に当てているところは見たことがない」
それでは、そもそも戦い以前の問題ではないか。
二人が話しているうちに準備は進み、訓練場はどんどん賑わいを増していった。
学院の生徒数は約千人。そのうちの一割以上──百人を超える生徒が集まっている。彼女たちは楽しそうに何かを話し合っており、女子しかいないことを除けば野球場や競馬場と大して変わらない。
要するに、これから始まるのは当事者以外にとって「見世物」だということ。
「出てきたよ」
訓練場の二箇所、対照的な位置にある出入り口から少女たちが入場してくる。
一人は悠陽。もう一人は金のウェーブヘアを靡かせる気の強そうな少女だ。彼女が早乙女凜々花だろう。憎らしいことに胸が大きくて顔もかなり可愛い。
悠陽は制服ではなく、黒とライトシルバーで構成されたボディスーツ姿だ。どこか近未来的な伸縮性と強度を感じるその衣装は少女の身体、首から下をぴったり隙間なく覆っており、こんな場合でなければ龍姫は「エロい」と口に出していただろう。
ロリババア(仮)によるとあれは一種の訓練着らしい。授業の際にはお洒落の観点からアウターを着こむ者も多いが、戦闘の邪魔にならないという一点のみを考えればあの姿がベスト。つまり悠陽は本気で勝ちを狙っているということだ。
対する凜々花は制服のままである。さすがにスカートの下にはタイツを穿いているようだが、髪を纏めてもいないし手袋さえ着けていない。
「余裕ってわけかよ」
「慢心、と言っていいかはまだわからないね。あれで勝てるなら単に相手が弱かっただけってことになる」
「……勝てよ、悠陽。あんなやつぶっ飛ばしちまえ」
自分のことでもないのに拳を握りしめてしまう。
二人は一メートルほどの距離で向かい合うと何かを話し始めた。その声がどういう仕組みか龍姫たちのところにも流れてくる。
『逃げずに来たのは褒めてあげますわ。もっとも、そのせいであなたは恥をかくわけですが』
『負けるつもりでは戦いません。約束は憶えていますね?』
『ええ。負けたら代償はきちんと支払いますわ。負けたら、ね』
三年生らしき生徒が一人、悠陽たちの間に立つ。審判と見届け人を兼ねた役割らしい。
『では、双方誓いの言葉を』
『己の全てを賭し、ただ勝利のために戦うことを』
『偉大なる魔女の祖にこの戦いを捧げますわ』
『誓いの言葉、確かに聞き届けました。では、所定の位置へ』
悠陽と凜々花が離れて立つ。その距離は剣道などと比べるとだいぶ遠い。見届け人もまた邪魔にならない位置まで後退し、観客席を含めた場に一瞬の緊張が走って、
『はじめ!』
合図と共に二人の少女が動き出した。
『さあ、まずは小手調べと参りましょうか!』
凜々花の手の甲が一瞬輝いたかと思うと、その周囲に十を超える火の球が出現する。
一つ一つは決して大きくないが赤々と燃えていて熱そうだ。少女の指がぴっ、と悠陽を差すとそれらは一斉に前へ射出されていく。
草野球のストレートほどのスピード。見てから全てかわしきるのは困難だが、悠陽は避けなかった。火の球は全て少女にぶつかる寸前でぱちん、と見えない壁に弾かれて消える。
『さすが、守るのはお上手ですこと』
悠陽だって弱くはない。これなら一方的にやられたりはしないだろう──龍姫がそう思ったのも束の間、凜々花が次なる手を披露した。
というか、最初から二段構えだったのだ。
いつの間にか少女の右手には細身の剣が握られ、その身体は前へと動き出している。
「小技で牽制しつつ武器を取って接近。凜々花ちゃんの
速い。
身体強化が施されているのだろう、龍姫の全力疾走以上の速さで凜々花が迫る。
突き出された切っ先を悠陽はぎりぎりのところでかわし──ほんの僅かに躊躇を見せた後、その拳を真っすぐに突き出した。
「
「思いきったね。確かにそれなら魔法で撃つよりは心理的負担は少ないか」
見た目の細腕に反して拳の勢いは決して悪くない。悪ぶっているだけの一般男子高校生くらいノックアウトできそうなパンチだが、凜々花は小さく笑みを浮かべながら余裕で回避した。
引き戻された剣が今度は振り下ろされ、悠陽の頬に細い切り傷が生まれる。
『腰が引けています。慣れないことはしない方がいいですわよ?』
『っ!』
二度、三度。
悠陽は攻撃を繰り返すも一発も当てられない。一方で凜々花は無傷のまま相手の身体へと着実に傷をつけていく。せっかくのスーツが裂け、柔肌から血が滲みだす。
致命傷は未だないが、
「遊んでいるね。力の差を見せつけて心を折るつもりか」
「本当にむかつく奴だな……っ!?」
悠陽も諦めない。逆転を狙って拳を繰り出す彼女を見て凜々花は剣での攻撃に火の球での攻撃を混ぜ始めた。切り傷だけでなく火傷が追加。たまらず交代してバリアを張る悠陽。攻撃は通らなくなったが、代わりに攻め手が失われてしまう。
『ほらほら、どうしたんですの? 攻めなければ勝てません。勝つ気がないならギブアップしたらいかがです?』
力の差がありすぎる。
手数と速さで翻弄する凜々花の戦い方は相手の思考を好き放題にかき乱す。対処に追われれば追われるほど心の余裕が失われて勝手に悪い方へと向かってしまう。しかもこれで全然本気を出していないと言うのだから学年首席は伊達じゃないのだろう。
唇を噛んだ悠陽は大きく地面を蹴って後ろに跳んだ。
攻撃をかわすだけのつもりなら不必要な跳躍。やっぱり諦めてしまったのか……と思った龍姫は直後、驚くべきものを目にした。
大砲。
戦艦にも搭載されそうな太い筒の先が少女の前に出現している。いや、よく見るとそれは薄く透けており本物でないことがわかった。
「あれは悠陽ちゃんの仮想拡張デバイス。攻撃魔法を使うための補助に使うやつだよ」
「攻撃魔法って、あれ、敵の火の球の何倍も大きいですけど」
「うん。悠陽ちゃんは攻撃魔法の出力調整ができない。でっかい魔法をどーん! と撃つしかできないんだ」
もし、あの大砲から火の球が飛び出したら。
大爆発。ちょっとした家くらい吹き飛ばしそうだ。それは人に向けて撃てないのも無理はない。
けれど、もし撃つことができれば?
「決闘用の魔法は全て非殺設定がされているから、当てても余剰ダメージはフィールドが吸収してくれる。当てられれば勝てるよ」
「っ、やっちまえ、悠陽!」
決然とした瞳で砲台を向ける悠陽。それに対し、凜々花は立ち止ったまま剣を突き出してみせた。
『やってみなさい。できるものなら、ね』
『馬鹿にしないで、ください!』
輝き。
砲台から生み出されたのは火の球ではなく、より純粋な破壊力だった。凜々花の火の球よりずっと太く、ずっと速いそれは勢いよく進み、観客席を守る防御フィールドに吸収された。
肝心の相手にはかすってもいない。
発射の瞬間に照準がブレた。そのせいで凜々花の斜め上を擦過し、盛大な無駄撃ちとなった。
「やっぱり駄目か。優しすぎたのが敗因だね」
細身の剣が高速で迫る。
咄嗟に張ったバリアを貫き、首筋に突きつけられる切っ先。『そこまで!』見届け人の合図によって勝敗が決定し、観客席から歓声が湧いた。
勝者には祝福が、敗者には罵声が。
高く綺麗な声ばかりなのは救いだが、その内容はなけなしの金を失ったおっさんと大差ない。
「なんだ。結局決闘なんてできないんじゃない」
「勝つ気ないんなら出てこないでくださーい」
悠陽は俯き、何も答えない。遠すぎて顔が見えたとしても表情まではわからなかっただろうが──何故か、龍姫には少女が震えているのがわかった。
「なんだよ。それが頑張った奴にかける言葉かよ……!」
「残念だけど、これが現実だよ。心ない人間なんてどこの世界にもいる。それに耐えられないなら沈んでいくしかない。……もちろん、褒められた行為じゃないけどね」
話す間にも状況は進んでいく。
『約束通り、契約は履行してもらいますわ。あなたは今後、桜木龍姫とは他人として振る舞う。いいですわね?』
『……っ』
観客席から「桜木龍姫って誰?」という声が上がった。「もしかして昨日の男子?」とも。
ロリババア(仮)が龍姫を見上げて尋ねる。
「ちょうどいいや。龍姫くん、一緒に下まで降りる気ある?」
「え?」
面白がるような、何かを期待しているような表情。
それが何を意味するのか。一瞬だけ迷ってから龍姫は強く頷いた。
「行きます」
「そう来なくっちゃ」
くいっと片手を掴まれたかと思うと、ぐいっ、と物凄い力で引っ張られる。
跳んでいる、というか飛んでいる。
一躍周囲からの視線を集めながら観客席を飛び越えた二人は、悠陽たちが立っている力に無事に着地した。
死ぬかと思った。
などと思う間もなく子供っぽい声が高らかに響いた。
「はいはーい。みんなにお知らせだよ! この子が桜木龍姫くん。先日セラフィーナ・レイブンクロフトに後継者として指名されて彼女の遺産を継いだ子だよ。彼は男の子だけど例外的に魔女の力があります。これからこの学院で一緒に学ぶことになるからよろしくね!」
「そんな雑な紹介の仕方があるか」
ツッコミたいのはやまやまだったが、意外なことに効果は抜群。「学院長が言うなら」という納得の声が聞こえてくる。
そう。
このお子様めいた年齢不詳の変な奴はこの国立魔女学院の学院長、この学院で一番偉い奴なのである。
そのお偉いさんは何が愉しいの満面の笑顔で龍姫を見て尋ねてくる。
「さあ龍姫くん。君は一応、この時点でもううちの生徒なわけだけど。何か演説とか自己紹介とか、したいことはあるかな?」
学院長に一員と認められた龍姫には「資格」がある。
拳を握る。
強く頷いて、少年は二人の少女を振り返った。
「なら、一つやりたいことがある。早乙女凜々花だったか。俺と悠陽の関係を賭けて俺と決闘しろ。昨日付き合いはじめたばかりなんだ。初めての彼女を勝手に取り上げられてたまるか」
これを聞いた学院長の唇が「面白くなってきた」とばかりに釣り上がった。
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