少年魔女の楽園追及(2/11)

 数秒の後に光が収まると、龍姫は自分の身体を見下ろした。

 ロケットはいつの間にか開いて空の中身を晒している。どうやら受け取り(受け入れ?)には成功したらしいが、


「……特に変わってない?」


 もう少し劇的な変身があると思ったので拍子抜けである。

 すると悠陽が微笑んで、


「時間が経てば少しずつ影響が出てくると思います。でも、身体の中に魔力を感じませんか?」


 言われてみると、身体の奥に『何か』を感じた。

 下腹部あたりから温かいものが広がって全身を満たしている。見えるわけではないし血液のように形があるわけでもないが、確かに存在している。

 なんとなく右手を腹に当てながら、


「これが魔力、なのか?」

「はい。私にも龍姫さんの魔力が感じられます」

「俺には悠陽さんの魔力がわからないけど」

「悠陽とお呼びください。……他人の魔力を感じられるのはもっと慣れてからになると思います」

「そっか」


 何しろ学校があるくらいだ。魔力さえあればなんでもできるわけではない。

 少し残念だが、今はこの新しい感覚だけでもわくわくする。

 軽く準備運動をした後のような何かをしたくてたまらない感覚に任せて空に右手を差しのべて、


「そのうち、こう、どーんとファイアーボール撃ったりしてみたい──」


 どーん!


「は?」


 リンゴくらいの大きさの火の球が右手から撃ちだされて空の彼方に飛んでいった。落ちてくるのではないかとしばらく見守っていたが、幸いその気配はなかった。

 同じく空を見上げていた悠陽が息を吐いて、


「気を付けてください。龍姫さんはもう魔女なのですから。魔法の扱いには細心の注意を払っていただかないと……」

「ご、ごめん。まさか思い浮かべただけで魔法が撃てるとは思わなくて」

「空想の具現化はもっとも初歩的な魔法です。現代魔法はもっと体系化されていますが、十分な魔力と想像力さえあればある程度のことは可能ですよ」


 自転車がなければ走ればいい。足も怪我しているなら逆立ちして歩けばいい、という話らしい。


「目覚めたばかりで魔力が余っているので、操作の必要もなく発動したんだと思います。……もし人や建物にあたっていたら危うく犯罪でした」

「……気を付けます」


 確かにあんなものファイアーボールちょっとしたテロである。

 魔女の凄さをあらためて実感すると共に「時と場合を選びましょう」という当たり前の教訓を得た龍姫だった。

 くすっ。

 龍姫が若干しょんぼりしていると、少女が小さく笑みをこぼした。礼儀正しいお嬢様のそれだった表情が一瞬だけ歳相応になる。


「おめでとうございます、龍姫さん。これであなたは世界で唯一の男性魔女です」

「……うん、ありがとう。少しずつ実感が湧いてきた気がする」


 自分の中に生まれた力。少女からの祝福。龍姫自身も気づけば笑みを浮かべて身体の力を抜いていた。理由の一部に「これで俺もモテモテ」というのがあるのは否定できないが、


「悠陽。まだ他に条件はあるのか?」


 少女は「いいえ」と穏やかに首を振った。


「もう何もありません。これから、恋人同士としてよろしくお願いします──龍姫さん」

「っ」


 一歩、悠陽が近づいてきた。

 一般人と魔女。男と女。接点のなかった二人の関係が変わったことを示すように、整った顔立ちが目の前まで来る。

 身長は龍姫の方が少しだけ高い。

 手を伸ばせば抱き寄せられる距離にいる無防備な美少女を見て「本当にこの子と付き合えるんだ」と喜びが湧き上がった。


「じゃあ、キスしてもいいか?」


 尋ねると白くすべすべの頬が朱に染まり、青い瞳がさっと逸らされる。


「さっそく、なんですか? ……構いませんけど、恥ずかしいです」


 嫌ではないというのを証明するように顔が再び正面を向く。三秒ほど見つめ合った後、龍姫はそっと相手の肩へ手を置いた。ぴくっと小さく震える少女。潤んだ瞳が覚悟を決めたように、あるいは何かを期待するようにじっと見つめてくる。

 それからゆっくりと悠陽が目を閉じるのを見ながら、龍姫は唇を近づけた。

 徐々に近づいて、ようやく二人の距離がゼロになろうとしたその時。


 ──世界が塗り替わっていくような感覚。


 同時に我に返った二人は三十センチほどの距離を取りながら互いを見た。


「なんだ、これ? 見た感じ何も起こってないのに変な感じがする」

「結界です。魔女以外の人間は結界内では魔女の存在や行動を察知できなくなります」

「な。それって……!?」

「何者かが何かをするために仕掛けてきたようです。おそらく、狙いは龍姫さんでしょう」


 真剣な表情で答えた悠陽が再び距離を詰めてくる。当然、さっさとキスを済ませてしまおうとしたわけではない。

 腰あたりに手が伸ばされたかと思うと、龍姫は少女の細い腕によって抱き上げられていた。

 俗に言うお姫様抱っこ。明らかに配役が逆なのだが魔法の力なのか悠陽が堪えている様子はない。


「お、おい、どうするんだ!?」

「申し訳ありません、悠陽さん。本当はゆっくり準備をしていただきたかったのですが、一度このまま学院までお越しください。駐車場に車が待っていますのでそこへ参りましょう」

「なら普通に昇降口から出れば……!?」

「今も何者かがここに向かって来ているはず。階段を降りて移動するのは危険です。ですから……っ!」


 言うが早いか、悠陽は龍姫を抱えたまま走り出した。あっという間に屋上に張られたフェンスまで近づくと大きく跳躍。そのままコンクリートの地面まで

 一瞬ラブコメっぽくなったかと思ったら今度はアクション映画である。

 ノーロープどころか他人に抱えられてのバンジーに悲鳴を上げかけたが、突然のことに声も出なかった。本当なら少女のいい匂いとか柔らかさとかを堪能できたはずなのだが。

 なお、悠陽は可愛いが胸の大きさは平凡だった。CよりのBといったところか。あまり大きすぎてもバランスが崩れるので龍姫的にはいっこうに問題ない。それはまあ、大きいに越したことはないが……この辺りは完全にどうでもいい話である。

 ともあれ。

 着地の直前に不思議な力が働いて慣性が和らぎ、悠陽はとん、と地面に軽く着地した。恐れていた衝撃が来なかったことにほっとする。


「ありがとう、悠陽。じゃあ下ろして──」

「大丈夫です。このまま移動しましょう」

「いやその方が速いのはわかるけどこれ結構男としてプライドが……っ!?」


 言い終わらないうちに移動が始まった。

 人一人抱えているというのに陸上部のエース並のスピードが出ている。揺れも思ったほどひどくなかったものの、目まぐるしく視界が変わるのだけはどうしようもなく、龍姫は結局「ひええ」とか思いながら悠陽に身を任せるしかなかった。

 少女が思い切った行動を取ったお陰か、銃弾も攻撃魔法も追ってくることはなく。

 駐車場に到着すると同時に黒塗りの高級車のドアが開いて二人を迎え入れてくれた。


「出してください!」

「かしこまりました」

「いやまだシートベルトも何も──っ!?」


 ドアさえ閉め終わらないうちに急発進する車。結界内なので咎められる恐れはないのだろうが、龍姫は舌を噛みそうになった。

 なんとか体勢を整えて一息ついた時にはもう車は普通に道を走っていた。

 隣でシートベルトをつけた悠陽が後ろを振り返って、


「ここまで来れば大丈夫だと思います。相手の正体はわかりませんでしたが、手荒な真似まではしてこないはずですから」

「そうなのか? 俺が邪魔だから殺してしまおうとする闇の組織とかは……?」

「セラフィーナ様を抹殺しようとするならともかく、まだ思想も派閥も決まっていない龍姫さんなら殺すよりも取り込んだ方が得だと思います」

「物騒な話だな!? というかそれは悠陽たちも同じなんじゃ……!?」


 会うなり告白した龍姫は飛んで火にいる夏の虫である。


「大丈夫です。私の家はセラフィーナ様の派閥に属しているので、龍姫さんにひどい態度を取るつもりはありません」


 取り繕うようににっこりと笑う悠陽をどこまで信用していいかは正直、情報がなさ過ぎてわからなかったが、


「……そうだな。いったん信用したんだから最後まで信用する。疑うのは落ち着いてからでも遅くないよな」

「ありがとうございます、悠陽さん」


 運転手は学院のスタッフだという話で、安全運転ながら可能な限りのスピードで走ってくれている。


「先生とか、俺が急にいなくなったと思ってるのかな……?」

「そういえば帰って来ないけどどうしたんだろう、くらいじゃないでしょうか。後で学院側から連絡を入れてもらいますので大丈夫だと思います」


 それから悠陽はスマホを取り出して何やら連絡を取り始めた。漏れ聞こえてくる文言の何割かは理解できなかったが、龍姫を保護したこと、力の継承は上手く行ったことなどを報告しているのはわかった。

 信用した以上、無暗に疑うことはしない。自分に好意的に接してくれる美少女は信用するのが龍姫の流儀である。


「そういえば学院ってどこにあるんだっけ?」


 電話を終えた悠陽に尋ねると「東京の立川市ですよ」とすぐに返ってくる。


「都心に近づきすぎると土地の確保が難しく、かといって離れすぎると不便なのでそこが選ばれたそうです」

「へぇ。じゃあそんなに遠くはないな」


 屋上で話していた時間を加味しても午後一時前には着けるだろう。そう考えたら急に腹が減ってきたが、弁当は教室の鞄の中である。


「学院の中で食事ってできるのか?」

「もちろん、食堂もカフェもあるので大丈夫ですよ。もし席が空いていなかったら私が作ります」

「悠陽は料理もできるのか。手料理も食べてみたいな」


 何気ない呟きに少女が照れたように笑う。


「あまり期待しないでくださいね。家では料理人の方が作ってくださいますし、寮でも基本的に必要がないのであまり自信がないんです」

「俺は庶民だし、味は別に気にしないよ。ただ女の子が作ってくれたってだけで十分すぎるほどありがたいんだ」


 彼女の手料理なんて夢のようなシチュエーションである。そのうえ相手が悠陽のような美少女ならたいていの料理は美味しく食べられる自信がある。

 元気づけたはずなのに悠陽はますます真っ赤になって、


「……龍姫さんって、女の子から全く人気がなかったんですよね?」

「あれ、俺もしかして盛大にディスられた?」

「いえ、そういう意味ではなくて。どうして今まで人気がなかったのかな、って」

「あー。まあ、顔と性格かなあ」


 朝のHR前の会話を思い出して遠い目になった。


「ひょっとして、俺が女みたいな見た目してるのも魔法の素質があるせい……だったりするのか?」

「わかりません。ですが、もしかしたら関係があるのかもしれませんね。通常、魔法が使えるのは魔女だけですから」


 だとしたら龍姫が魔女になるのは運命だったのかもしれない。

 その後、学院には可愛い女の子がいっぱいいるのか、など、悠陽にあれこれ質問をしているうちに車は学院へと到着した。

 学院の敷地は駅から歩いて十五分ほどの距離にあり、通常の高校としては破格というか桁違いと言っていいほどの面積を有していた。当然、周辺の街も学院の生徒による需要を見込んで発展しており、一帯が『学園都市』と形容できるような様相となっている。

 学院の外壁は全て黒で統一されている。


「黒は魔女の象徴色なんです」

「ああ。なんか、黒いローブ着て黒猫連れてるイメージあるよな」


 もちろん現代の魔女は大釜で怪しげな薬をぐつぐつ煮たりはしていない。中の雰囲気は「金持ってる女子大」といった感じでスタイリッシュかつ清潔なイメージだった。

 特筆すべきは道行く人間がおおむね若く、また男がほとんどいないこと。


「男性は教員や職員など、特別に許された方以外は立ち入りが厳しく制限されています。その、関係者である可能性が限りなく低いですから」

「その割になんかあっさり通れたけど?」

「龍姫さんは学院側が招待したお客様で、これから生徒になるのですから特別です」 

「特別か。いいな、それ」


 車を駐車場に停め、外に出る。

 学院の敷地内には植樹も積極的に行われているせいか空気が美味しく感じられた。もしかしたら女子が多いのも影響しているかもしれない。


「では、参りましょう」

「ああ。いよいよだな」


 ここからハーレム生活が始まるのだ。

 悠陽に案内されながら意気揚々と歩き出す龍姫。大きな道に入って進んでいくと、だんだん悠陽と同じ制服を着た少女たちの姿が多くなってくる。

 悠陽によると学院は大学に近い授業形式を採用しているため、授業時間でも敷地内が静かだとは限らないらしい。

 なるほどと頷きながら先進的な設備とシステムに感心していると、


「え、なにあれ、なんで男子がいるわけ?」

「どこかの高校の制服でしょう? どうやって入ったのかしら」


 あちこちからひそひそ声が聞こえてくる。

 遠慮がちなものからあからさまに敵意を含んだものまで、視線は多数。

 明らかに歓迎されているムードじゃない。


「どういうことだ。……悠陽、俺はモテモテじゃなかったのか」

「え、ええと、その」


 尋ねると、少女は困った顔で小首を傾げた。

 可愛いが何の解決にもならなかった。

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