ヤンデレ予備軍しかいない百合SRPGに転生してしまった(2/2)
神殿の人間が用意してくれたらしい朝食を俺は綺麗に平らげた。
発見されたのが昨日の昼のことらしい。それから何も食べていなかったのであれば腹が空いているのも当然である。
ちなみにメニューはパンと目玉焼き、カリカリに焼かれたベーコンと付け合わせの野菜、それにミルク。
原作もこういうところは適当というか「細かいことはいいんだよ!」というゲームだった。俺としても美味い物が食べられるわけなので「ファンタジーでこんなメニュー出てくるわけないだろ」とか言うつもりはない。
「神殿って言っても肉食禁止とかじゃないんだな」
「獣も魚も野菜も、命であることに変わりはありません。女神は暴食こそ禁じておりますが、肉食は禁忌ではないのです」
「なるほど」
食事の合間に尋ねるとそんな話を聞くことができる。
フィリアは「私はもう済ませましたので」と朝食を摂っていない。お腹が鳴る気配はないし、粗食がモットーではないらしいので本当に食べたのだろう。
「それでさ、フィリア。俺が元の世界に帰る方法はあるのか?」
「……それは」
銀髪の美少女は表情をさっと曇らせた。
「あ、いや。すぐに帰りたいとかそういう話じゃないんだ。ただ、事が終わった後に帰れるのか帰れないのか、知っておかないと身の振り方も変わってくるだろ」
「では、共に戦っていただけるのですか……?」
上目遣いに見上げられて(ベッドの上なので俺の方が目線が高い)尋ねられるとやっぱり悪い気はしない。
助けてやりたい。素直にそう思ってしまう。
もちろん、葛藤がないわけじゃない。
ゲームにおける主人公マリアは基本的に生きてエンディングを迎える。ただ、それはゲームオーバーになったらセーブからやり直しになるからであって、登場人物の一人として実際に動いている俺は「失敗したからリセット」というわけにはいかない。
平和な世界の男子高校生だった俺に戦いなんてできるのか、という気持ちもあるが。
「やるよ。放って帰ったりしたら寝覚めも悪いし」
「っ!」
ぱっと明るい表情になったフィリアは「ありがとうございます!」と深く頭を下げてきた。
そのままだと土下座しそうな勢いだったので慌てて顔を上げさせる。するとしぶしぶ俺と視線を合わせて、
「マリア様はとても奥ゆかしい方なのですね」
「根が一般人なだけだよ。正直、フィリアに畏まられて悪い気はしてない」
「もちろんです。マリア様には無理を申し上げているのですから」
俺が帰るつもりでないとわかったことであらためて落ち着いて答えてくれる。
「申し訳ありません。実のところ、我々も女神の神託によってマリア様をお迎えした立場。元の世界にお返しする方法はわからないのです」
「それはそうか」
「本当に申し訳ありません。……魔王を討伐した上で女神に乞えばあるいは、とは思われますが……」
確かなことは言えない、というわけだ。
これも原作ゲーム通り。
原作のマリアはこの話を聞いて魔王を倒すことを決意する。そう。彼女は帰りたかったのだ。むしろ「帰るためなら頑張れる」と戦いの原動力にしていた。
──俺とマリアの決定的な違い。
これに比べれば元男だとかそういうのは些細な話と言っていい。
ではなぜそこまで帰りたがっていたかと言えば、原作のマリアには交際相手、つまり彼氏がいたからだ。
付き合っている人がいるのに一人で異世界に来させられ、挙句そこには女しかいない。帰りたいと思っても仕方のない話ではあるのだが……なんで百合ゲームの主人公が彼氏持ちなんだよ! しかも全力で異世界を拒否ってるし! とは声を大にして言いたい。
実のところ、原作において修羅場の発生した要因の一つにこれがあるのではないかと俺は考えている。
主人公からしてみたら女の子は恋愛対象ではなく、そもそも彼氏がいるので他の相手と付き合う気がない。誰に対しても友人や仲間として以上の好意がないためヒロインと仲を深めて絆されるというか諦めるまではえんえんと八方美人かつ恋愛的な意味での塩対応が続く。
ヒロインからしたら気に病んでも仕方がない。
何しろ、
「この世界って、女同士での恋愛が普通なんだよな?」
「は、はい。マリア様の仰る『女』しかこの世界にはおりませんので、私達にとってはそれが当たり前のことです」
不思議な話だが、俺だって最初から男しかいない世界で生まれ育っていれば当たり前に男を恋愛対象にしただろう。……あまり想像したくないのはもちろんとして。
「ところで、その、マリア様は私たち──ええと、女のことをどう思われますか?」
「え」
どこか恥ずかしそうに視線を送ってくるフィリア。
その、なんだ。俺はまだ裸なわけで。あまり「そういう意味」に捉えられる発言は控えて欲しいのだが。
こほん。
軽く咳ばらいをしてからなるべく落ち着いて答える。
「俺の世界では男と女──オスとメスが恋愛するのが普通だったんだ。だから、まあ、俺は女が好きだよ」
「……良かった。でしたら、私たちにもおもてなしができますね」
だから、勘違いしちゃうだろ。
「ふ、フィリア? 俺はこんな身体になってるけど本当は男なんだ。だから、あまり不用意な発言は止めた方がいいと思う」
元の世界なら、これだけ言われたら「ごめんなさい」と謝るか「なに勘違いしてんの、きも」と睨まれるかはするはずなのだが。
「? ……はい、その。もしご所望とあらばその通りに」
「フィリア。もっと自分を大事にしよう。聖職者って清らかでないと駄目じゃないのか?」
「問題ございません。不特定の相手との姦淫ならばともかく、私はマリア様にお仕えするよう命じられた身です。あらゆるお世話を想定されておりますので、どうかいかようにもなさってください」
潤んだ瞳で見つめられる俺。
相手側からまさかのOKが出てしまった。
でもこの子、ヤンデレなんだよな。
原作では主人公が殺されることはなかったわけだが、この世界でも同じとは限らない。下手したら「あなたを殺して私も死にます!」と来られる。
「もちろん、私でご不満であれば……いえ、ご不満でなくとも、他のお相手を作っていただいて構いません。本人の同意さえあれば、お好きなだけ」
「まじですか」
まあいいか、ヤンデレでも。
俺はあっさりと懸念点を放り投げた。違う。別にハーレムの誘惑に負けたわけじゃない。
帰ってやりたいこともないし、帰れたとしても男に戻れるかは別問題。この姿のまま帰って男に群がられるくらいならここで女の子にモテた方がよっぽど良くないか。
ヤンデレの件についても好意的な解釈がある。
フィリアたちが病みまくったのは主人公が全然靡かなかったからだ。その点、俺はちゃんと好意に応える用意がある。向こうから「ハーレムOK」と言っているのだから多少のことで嫉妬したりはしないだろう。
じゃあ我慢しなくていいんじゃね?
わりと身体に沿った作りの服を着た銀髪の美少女にそのまま手をのばしかけて、俺はぐっと堪えた。
誤魔化すように笑って、
「もちろん、フィリアは魅力的だよ。……でも、そういうのはもっと仲良くなってからにしたいかな。これからやることもいろいろあるだろうし」
少女は俺の顔をじっと見つめたあと、ふっと微笑んだ。
「本当に、マリア様はお優しいのですね」
ごめんなさい。好感度を上げておくためにいったん我慢しただけです。
言ったら台無しなことを内心で呟きつつ、何も言わずに謙遜したフリをする。そうしてしばらく沈黙が続いて、
「あの、マリア様。もしお身体に問題がなければ着替えをいたしましょう。いつまでも裸では身体が冷えてしまいます」
「あ。ああ、そうだな」
フィリアからの提案に俺は一も二もなく頷いたのだった。
「申し訳ありません。なにしろ急なお話でしたので、マリア様に相応しい衣装がなく……聖女用の衣装をサイズ調整したものになるのですが」
俺は、魔王討伐を快諾したことをさっそく少し後悔した。
「女物か……」
「え……? あっ、もしやマリア様の世界では衣装も異なるのですか?」
「うん。俺も忘れたというか、今まで気にしてなかった」
部屋に運ばれてきた衣装は聖女用と言われた通り、フィリアが着ているものとよく似ていた。頭からかぶるワンピースタイプで、裾はだいぶふわりとしている。足を過度に露出するのは聖職者としてはしたない行為なのだそうだ。
色は白と青。
男らしいシックな装いとは逆にどこか可憐で華やかな印象がある。
聞いてみたところ、この世界に俺のイメージする男ものの服はないらしい。騎士などはスカートではなくパンツルックも用いるが、それだって女性の体型と好みに合わせたデザイン。
男がいないから男装という概念もない。
「そうだ。俺が着てた服って一緒に来てないのか?」
「はい。確かにございます。……ただ、その、少々痛んでおりまして」
歯切れ悪く答えたフィリアは持ってきた荷物の残りを広げる。
転移前に俺の着ていた制服。ブレザーにワイシャツにネクタイ、ズボンというごく普通の衣装は修復が行われていたものの……なんというか、ボタンがはじけ飛んだ跡があった。
よく見るとズボンの生地も全体的に痛んでいるような。
「体型に合わなかったのでしょう。胸の部分がはだけ、お尻も窮屈そうだった、と発見した者から聞いております」
「……ああ、そうか。この胸じゃ入らないよな……」
「直してはみたのですが、みんな胸の部分にこれほど余裕のない衣装は初めてのようで……ボタンを付け直しただけではマリア様にはお渡しできないと」
巨乳に耐えきれずにはじけるボタンとかマンガなんじゃたまに見るけど、まさか自分自身で体験することになるとは。
男物を着ようにもこの身体じゃそもそも似合わないという話だった。
着たとしても女の子が男装してるようにしか見えないし、出てくる感想は「格好いい」ではなく「可愛い」だ。
何気なく胸を手のひらで持ち上げるとかなり重い。聖女の服と一緒にブラが用意されているのはそういうわけか。そのカップサイズを見るだけで「うお、すっげ」とか声に出しそうになるが、実際そのくらいは必要である。
「フィリア。正直に答えて欲しいんだけど、今の俺に似合う服ってどんなのかな?」
「その。マリア様は非常に魅力的な容姿をなさっておりますので、体型に合った服を作らせるか、あるいはゆったりとした衣装がお似合いになるかと。もちろん、太ってらっしゃるというわけではありません! むしろ羨ましいくらいで……!」
そう口にするフィリアはだいぶ細身だ。儚げな印象でとても可愛いが、本人としては胸が小さいのがコンプレックスなのかもしれない。
俺の方はというと、確かに太ってはいない。出るべきところ以外はかなり細い造りになっていて、これは男なら放っておけないと思える。そりゃ彼氏くらいいて当然である。
「ありがとう。それじゃあ、とりあえずこの衣装なら大丈夫かな。胸の部分は余裕を作ってくれてるみたいだし」
「はい。もともと私ではないもう一人の聖女用に作られた予備なのですが、彼女は比較的マリア様に体型が近いので」
ああ、あいつか。ゲームにもいたな。
「あの、よろしいのですか、マリア様? このような衣装には抵抗があるのでは?」
「まあ、抵抗はあるけど。今までと同じ服は着れないからな。……抵抗はあるけど」
というわけで、着付けを手伝ってもらいながら衣装を着た。
向こうと変わらない(と思う)形のブラに胸と背中を締め付けられる違和感。同時に胸の重量を肩代わりされた感覚もあって不思議と安心する。
ブラとセットになった白い清楚なショーツはなだらかな下腹部にはぴったりで、肌触りも驚くほど心地いい。
聖女の衣装もごわつく感じは一切なく、女の柔らかな肌に合わせて作られているのがよくわかった。足元のひらひらした落ち着かなさは腰のあたりを細いベルトで固定するとマシになった。代わりにメリハリができてスカート感は増したが、胸の部分に起伏があるので今更と言えば今更である。
クローゼットに据え付けられた、手鏡よりはだいぶ大きな姿見で確認すれば、ピンク色の髪と瞳をした「これでもか!」と可愛い女の子が清楚な衣装を纏い、きょとんとした表情でこっちを見ていた。
「可愛い」
思わず呟けば、傍に立ったフィリアが深く頷いて、
「はい。とってもお綺麗です、マリア様」
若干洗脳めいた言葉を俺に囁きかけてきた。
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