試作品・練習作品置き場

緑茶わいん

ヤンデレ予備軍しかいない百合SRPGに転生してしまった(1/2)

 前略。

 起きたら知らない場所にいて、しかも女の子になっていた。


「な……っ、なぁ……っ!?」


 継ぎ目のない白い石で造られた部屋。

 硝子窓の外からは日の光が射しこんでいる。

 寝ていた、あるいは寝かされていたらしい俺はふかふかで柔らかいベッドの上に座りこんだまま悲鳴を上げた。

 口から漏れたのは高く透明感のある声。どこをどう聞いても男のものではない。

 肌は白くてすべすべだし、手が小さくて指も細い。視界も若干低くなっている。とどめに胸には手のひらで包み込みきれない豊かな膨らみが二つ。

 肩が凝りそうな重りの代わりに下半身からはでっぱりが消えてなだらかなラインが形成されている。なんでそこまでわかったかと言えば服を何も着ていなかったからだ。


「どうなってんだ……!?」


 夢にしては情景がはっきりし過ぎているし、胸を触った感触もリアルだ。残念ながら本物を触ったのは初めてなので『本物っぽい』としか言えないが。

 必死に記憶を探ってみると、高校から下校する途中で変なもの──時空の裂けめとでも表現するしかない空間に吞み込まれたのを思い出した。

 以降の記憶は全くなし。

 正直、身体が『こう』なっていなければ記憶の方を疑いたいくらいだ。まさか流行りの(?)異世界転移だが異世界召喚だとでもいうのか。


 と。


 部屋のドアがノックされ、一人の女の子が荷物を抱えて部屋に入ってきた。

 目が合う。

 銀色の髪に青色の瞳を持った(変身前の俺と)同世代だろう彼女は少し驚いたような表情を浮かべた後、にっこりと微笑んだ。


「おはようございます。気分はいかがですか? 痛いところや苦しいところなどはないでしょうか?」


 穏やかな声に心がすっと安らぐ。

 白と青を基調とした服──どこかで見たことがあるような、ファンタジーの聖職者めいた衣装を纏っているせいもあってか、この子は信用できそうだと直感的に思う。

 ベッドの傍に置かれていた椅子へ少女が腰かけるのを見つめながら、俺はこくんと頷く。


「聞きたいことがいろいろあるんだ」

「もちろん、可能な限りお答えいたします」


 真摯な答えにさらなる安心を覚えながら俺は口を開いて、

 ぐー。

 なんとも締まらない腹の虫に少女がくすくすと笑いだした。


「お腹が空いていらっしゃるようですね。食事のご用意には少し時間がかかりますので、まずはこちらをお召し上がりになられませんか?」


 示されたのは彼女が抱えていたものの一つ。真っ赤な色をした大ぶりのリンゴだった。



   ◇    ◇    ◇



 少女の剥いてくれたリンゴを食べながら話を聞いたところ、ここはやはり俺の元いた世界とは別世界らしい。

 魔法があってモンスターがいて、騎士や冒険者が活躍するいわゆるファンタジー。

 今、この世界は危機に瀕している。

 魔物を統べる闇の種族──『魔族』が『魔王』の命令によって活動を活発化させ、人類の領域へと侵攻を始めたせいだ。

 人類も必死に抵抗しているが、人の領土は徐々に削り取られジリ貧状態。

 どうしたものかと頭を抱えていたところに人を守護する女神から神託が下った。


 ──数日後、この世界に『聖紋者』が現れる。


 異世界からやってくるその者を保護し、その力を借りて魔王を討伐せよ。そうすれば再び安寧が訪れる、と。

 女神を奉じる組織である神殿を中心に人々は聖紋者の捜索を行った。

 結果、王都近くの草原で倒れているところを保護されたのが、


「俺、っていうわけか」

「はい。あなた様こそが紛れもなく聖紋者。女神に選ばれし救世主です。どうか、この世界を救うために力をお貸しいただきたいのです」


 少女はフィリアと名乗った。神殿において癒しや魔物の浄化を担当する『聖女』という役職に就いているらしい。

 偉いんじゃないのかと尋ねたら「あなた様ほどではございません」とのこと。むしろ下の位の者に任せる方が問題になるのだそうだ。

 俺はもう一度「なんか覚えがあるな」と思いながら、ひとまず話を続けた。


「話はわかった。でも、聖紋なんて見当たらないけど」


 裸だったのでばっちり確認した。

 それとも顔や背中などの見えない箇所にあるとか?


「今は隠れてしまっているのでしょう。……その、少し失礼してもよろしいでしょうか?」


 裸で出迎えたら驚かれたのでとりあえず身体に巻きつけていた毛布。

 外して欲しい、と暗に求められたのを受けてもう一度肌を晒す。するとフィリアはわかりやすく赤面した。免疫がないのか同性相手でも恥ずかしいらしい。

 ちなみに俺の方はまだ自分の身体だとも思えていないのでどうということはない。むしろ男に見られる方がなんとなく身の危険を覚えただろう。


 ともあれ。

 恥ずかしがりながらのばされたフィリアの指が俺の下腹部を撫でる。「ひゃんっ」くすぐったさに変な声が出た直後、撫でられたあたりに光と共に「それ」が浮かび上がった。

 『♀』のマーク──もとい、アンクの形を抽象化して複雑にしたような紋様。

 同時に身体にもなにかぽかぽかしたものを感じる。


「これが聖紋……?」

「はい。この世で唯一、女神の力の一部を借り受けた証。魔王討伐の希望です」


 聖紋は聖なる力に反応する。今はまだ俺が力の使い方を知らないため自分では輝かせられないのだという。

 

「じゃあ、俺が女になったのも聖紋の影響? それとも女神様が何かしたせいなんだろうか?」


 問題はそこだ。

 唯一の希望なんて気分がいいし、わくわくする。元の世界でどうしてもやりかったことも特にない。帰れないなら帰れないでもいいが、帰れるのか帰れないのか、そしてこうなった原因くらいは聞いておかないと落ち着かない。

 ここまで説明してくれたフィリアなら答えてくれるだろうと自然に尋ねたところ、反応は意外なものだった。

 誤魔化されたのでもとぼけられたのでもない。


「女、ですか? ……あの、女とはなんでしょうか?」


 聖女はきょとんとした顔で俺の顔を見つめ返してきたのだ。



   ◆    ◆    ◆



 不思議な方だ。

 フィリアは『聖紋者』の少女の話を聞きながら強く思った。


「……なるほど。つまり『女』とは動物で言うメスのことであり、あなた様は『男』、つまり人間のオスでいらっしゃったのですね」

「ああ、そうなんだ……」


 自らの境遇を必死に説明してくれた彼女は少し疲れた様子だった。

 無理もない。

 ある日突然自分の姿が変わってしまった──その辛さは『男』『女』という概念を知らなかったフィリアにも理解できる。

 美しく可憐で魅力に富んだ彼女が乳房を持たず、男性器というグロテスクな器官を有していたという話はにわかには信じがたかったが、言われてみれば話し方がまるで野盗や粗野な兵士、力自慢の魔族のようである。なんでも異世界ではオスとメスで口調がだいぶ異なるらしい。


「でも、動物にはオスがいるんだな」

「オスを必要としないことが高等種族の条件なのです。ですので魔族や人類にはオスがいませんが、魔物や動物にはオスが存在しています」


 最初から──少なくとも文化的な生活を初めて高等種族となって以降はずっと雌雄の区別がないため、オスを表す単語そのものが必要なかったのだ。

 フィリアからすると人間にオスがいることの方が不思議である。


「……つまり、この世界は女だけで子供が作れるってことだよな?」


 少女の目が「どうやってやるのか」と暗に尋ねている。

 フィリアは「それは……」と説明しようとしてから言葉に詰まり、頬を染めた。


「申し訳ありません。その、気恥ずかしいので詳しい説明は……」

「あ、ああ。こっちこそごめん。言わなくて大丈夫だから」


 慌てた様子で謝ってくれる。急に異世界に呼ばれたというのに大きく取り乱した様子もない。言葉遣いこそ荒いが、理知的で優しい性格であることが窺える。

 神殿からは「彼女に仕えるように」と命じられている。

 彼女がいい人で良かったと心から思う。同時に彼女のことをもっと知りたいとも。


「あの。あなた様のお名前を窺ってもよろしいでしょうか?」


 尋ねると、彼女は一度口を開こうとしてから困ったように笑った。


「この身体になる前の名前を言っても変だよな」

「あ……そうですね。では、あなた様には今、お名前がないのでしょうか?」

「そういうことになる、かな」


 この世界でもオス(あるいはメス)に相応しい名前という考え方はある。人ではなく家畜の話だが。

 しかし、名前がないのは不便だ。ずっと『聖紋者様』と呼ぶのも堅苦しすぎるし、身分を隠して行動したい時もあるだろう。

 他の聖職者に相談するべきか。フィリアがそう考えた時、小さな呟きが聞こえた。


「まあ、いいか。……あのゲームの世界なんだろうし、主人公の名前で」

「? どういうことでしょう?」


 首を傾げて尋ねるも「ごめん、こっちの話」と言われてしまった。おそらく向こうの世界特有の言葉なのだろうとひとまず納得する。 

 代わりに、


「俺はマリアだ。マリアって呼んで欲しい」

「マリア様──マリア様ですね。とても素敵なお名前です」


 本人によって定められた主の名前に微笑む。どこから取ってきた名前なのかはわからないが、他の誰かが付けるよりはずっといい。それに何故だかとてもしっくりくる。


「では、マリア様。次は何をお話いたしましょう?」


 すると少女──マリアは「そうだな」と考えてからこう言ってきた。


「鏡を見せてくれないか。念のため、俺の姿を確認しておきたいんだ」



   ◆    ◆    ◆



 自分の顔が見たいと言うとフィリアはすぐに手鏡を用意してくれた。

 日本のそれと遜色ない綺麗な映り具合。真っすぐこちらを見つめていたのは桃色の髪と瞳を持った若干タレ目の美少女だった。

 やっぱりそうか。

 納得と諦めの感情からため息を吐くと「マリア様?」と心配される。「大丈夫」と答えてからしばし考えを巡らせた。


 ──俺は、この世界を知っている。


 ここは以前遊んだとあるゲームの世界にそっくりなのだ。

 あまり有名とは言えないメーカーが出した、やっぱりあまり有名とは言えないソフト。「少女達の絆が世界を変える」が謳い文句のファンタジック・SRPG『シンフォニック・リリィ』。

 俺はゲーム好きの友人から「凄いから遊んでみろ」と言われてこのゲームをプレイした。

 結論から言えば確かにすごかった。キャラは可愛いし、一番仲の良かった女の子とエンディングを迎える仕様のおかげで何回も遊べる。良いところもたくさんあるのだが、友人の言った「凄い」は主に悪い意味だ。


 どういうことか。

 簡単に言うと、メーカーはゲームの謳い文句を間違っている。俺なら「ファンタジック」の代わりにこう表現する。

 「ヤンデレ」と。


『ヒロインとの好感度は出来る限り。ヒロインは主人公との仲が深まるほど嫉妬深くなり、他のヒロインを排除し始めます』


 これはとある攻略サイトの解説文だ。

 ヤンデレという言葉を知らない人向けに簡単に説明すれば「とある相手のことが好きすぎて極端な行動に出てしまう女子のことだ。

 必ずしも犯罪を起こすとは限らないものの、このゲームのヒロインに関しては極端に殺傷行為それが多い。


 仲間と協力して魔王を倒すのが(キャラクターの)目的なのに仲間同士で喧嘩が始まる。

 ヒロインの一人と仲良くなってエンディングを迎えるのが(プレイヤーの)目的なのに好感度を高めると自軍ユニットが減っていく。

 ……馬鹿なんじゃないだろうか? と本気で思った。


 この仕様のせいで無駄に難易度が上がっている。まあ、自軍キャラが全員揃っていたら楽勝なバランスなのでよくできていると言えばできているのだが、何故可愛い女の子しかいないゲームでその子たちの仲たがいをえんえんと、組み合わせごとに別パターンで見せられなければならないのか。

 悔しいから何週もして色んなキャラのエンディングを見てしまった。要は製作サイドの思惑にまんまと嵌まってしまったわけである。


 で。


 何の因果か、俺はこのゲームの主人公である「マリア」になってしまったらしい。

 本来のマリアは日本の女子高生。本当の名前は「まりあ」だが異世界では「マリア」と名乗っている設定で、彼女は魔王を倒して自分の世界に帰るために戦っていた。

 髪と目の色は転移の影響で変わっていたものの、もちろん「元男」なんていう設定はない。

 そのマリアがなんで俺なのかはわからない。精神だけ乗り移っているのか、それとも俺がマリアに変身しているのか。そもそもここがゲーム世界そのものなのかもわからないわけだが……まあ、そこは深く考えてもどうにもならないのでいったん置いておく。


 問題は。


 優しく俺の世話を焼いてくれている銀髪美少女、聖女フィリアがゲームにおけるヒロインの一人であるということ。

 彼女もまた潜在的なヤンデレであり、つまり、この子と仲良くすると修羅場が発生しかねないという事実である。


 ──やっぱり、どうにかして元の世界に帰れないだろうか。


 しばらく本気で悩んでしまったのは正直、仕方がないと思う。

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