第3話 ラブコメ主人公の矜持

 二人で乗り込んだ『神迎エレベーター』は、その勢いを緩めることなく、どんどんと上昇していく。

 途中、アンドロイドの製造工場っぽい場所も通過し、圧巻としたものだが、それでも止まることなく、エレベーターは更に進む。


 そうしてようやく……


「さあ、着いたぞ。ここが我が居城であり、そして……地上世界だ」


 僕は降り立つ。親父先導の下、地上世界へと。


「ココガ……」


 と、辺りを見回せど、正直感想としては『病院の中』。これ一本だけ。まあ、下の廃病院よか百億倍綺麗ではあるけど、あんまり『地上世界に来たー!』って感じはしないな。


「といっても、ここじゃよく分からないか。ついて来い」


 そう告げた親父の後に続き、着いていくこと数秒……『院長室』との室名札が掲げられている部屋へと案内される。

 中は想像よりも広かったが、何よりも注目すべきは、左手に見える一面ガラス張りの壁。外の景色が一望できた。あれが……


「これが地上世界さ。我々が管理すべき、穢れた世界」


 親父と二人してガラス張りの前に行くけど……あれだな。あんま感動ないな。さっきみたいに一望できるって程でもないし、正直、下とそんな変わんない。街並みがあって、自然があって、車が走ってる。まあ、それだけリアルに作られてるってことなんだろうけど……


 コンコン……


 などと少しばかり拍子抜けしていると、ドアをノックする音が耳に届く。

 親父が「入れ」と答えると、開けられたドアの向こうには、秘書……織姫絆桜おりひめほたるV4の一礼する姿が。


「失礼します、早乙女院長。再生手術の準備が整いましたので、そのご報告に参りました」

「そうか。ご苦労様。……じゃあ、行こうか渉? なーに、すぐに済むから心配はいらないよ」


 というわけで、V4と親父に連れられた僕は、また移動に次ぐ移動。別のエレベーターに乗り、三階まで降りると、そのまま手術室に直行。


 外観は医療ドラマとかで見るような、そんな感じのもんだった。が、そこはやっぱSF世界。中にはコンピューターやらがそこらかしこにあり、隔てられた奥の部屋には数多のアームが降り注ぐ手術台が一つ。『再生』じゃなくて、『改造』とかの方がしっくりくるな。


「さあ、そこの手術台の上に寝てくれ。スタンバイ状態の中でやるから、痛みはないはずだ」


 言われた通り手術台の上に寝そべり、降り注いでくるアームたちに視線が彷徨う。

 けど、それも一瞬のこと。向こうがコンピュータ-で何か操作すると、徐々に徐々に意識が……とお……く……


 ………………………………


 ………………


 ……



「スタンバイ状態に入りました。再生手術を開始します」


 コンピューター前へと座し、手筈通りに操作するV4の横で僕……早乙女愛渉さおとめあたるは、我が後継者たる渉を眺め遣る。

 数多のアームがそれぞれの役割を理解し、顔の修復、塗装、声帯回路を再構築していく。そう時間はかからないだろう。頑丈に作ってあるからな。


 でも、まだ足らない。後顧の憂いを断つ為にも、『完璧』を――


「リプログラミングシステムも再注入しておけ。一ミクロンでも、変な気を起こさせないようにするんだ」

「……承知いたしました」


 こちらを見上げたV4は、ただ淡々と僕の言われた通りに行動。「三分ほどで完了いたします」と続けて、僕はその操作を終えるところを見届けた。


 あとは自動で行われるだろう。その間に


「よろしい。……では、V4。次の命令だ。少しいいかい?」

「? ……はい」


 僕は小首を傾げるV4を手招きし、手術室の外へと連れ出す。

 扉の前で二人、横並びになるように向かい合う。そして彼女はいつものように、次の命令を待っていた。


「命令というのはね。君のことだよ、V4」

「私のこと……ですか?」


 特に驚いた様子もなく、ただその真意を問うてくるV4。それが彼女の特性。余計な感情は存在しない。


「まあ、正確に言うと君というより、織姫絆桜という存在そのものについてなんだけどね。やっぱり、あれかな~って思ったんだよ」

「あれ……とは?」


 僕は一拍置いたのち、その命令内容を告げる。もう用は済んだから――



。だから、自分で処分しておいてくれ。その身体も、データもまとめて全部ね」



 V4は……これまた特に驚くことなく、ただ淡々と「そうですか……」とだけ答えた。まあ、視線は少し落としてたかな? でも、それでいい。それこそが……『完璧』な人間。


「辛いだろうね。同情するよ。けど、織姫絆桜ってのは土壇場で何をするか分からないから。ここらで切っておくのが一番なんだよね。わかってくれる?」

「……はい」

「落ち込むことはない。これは詰まる所、織姫絆桜の『罰』……その罪が償われたことを意味する。もう終わったんだよ。全部ね」

「………………」

「返事は?」

「……はい。お世話になりました。処分申請はこちらで……」


 そう言って、フフッ……V4は震える指でタブレットをタップしようとしているじゃないか。


 これが命。生きている証拠だ。誰だって死ぬのは怖い。だからこそ美しいんじゃあないか。我ながら『完璧』な生命体を作って――



 バンッ――‼ グッッブシャアッガガガギギギギッッッ――‼



 しかし、その『完璧』は意とも容易く、そして呆気なく崩れ去っていった。


 扉から飛び出してきた一つの影……。そこから放たれし拳が、あの失敗作よろしく、僕の土手っ腹に風穴を開けたのだ。


 精巧に作った体が悲鳴を上げ、数多の血を以て己が最期を告げる。


 一体、誰が……なんて、今さら言うまでもないだろう。














「織姫絆桜に……手を出すな」


 我が息子にして後継者だった男……この早乙女渉裏切り者以外にはね。

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