第十章 織姫絆桜V2 編

第1話 鏡の前に自信持って立てるようになったら一人前

 嘗て愛したひとを落とし、友を葬ったあの後、僕こと早乙女渉さおとめわたるは、ふらついた足取りで家路につく。赤に塗れた右腕は、ほんの少しだけ……震えていた。


 すれ違う人々は、僕のことなんか気にしちゃいない。いや、正確に言えば『赤』のことは気にしちゃいた。『大丈夫なのか? 何かあったのか?』って、心配げな眼差しは十二分に感じたから。


 驚くべきはやはり、のことを認識できていないことか。こんなボロボロだってのに見向きもされてない。アンドロイド部分については、相変わらず秘匿されているようだ。


 これが親父の言ってた『管理』の力ってやつなんだろう。まあ、このあたりにいるアンドロイドは全部、わたり先生の管理下に移ってしまったものだが……そこらへんの設定は今もなお続いているらしい。


 と、ごちゃごちゃ言ってるが、どちらにせよ結果は変わらんだろう。要はこれだけの力があれば、人類もきっと幸せにできる。僕が言いたいことはそれだけ。


 ――舐めないでちょうだい。織姫絆桜おりひめほたるだからって、なんでも言うこと聞くと思ったら大間違いよ……!――


 あと残すは織姫絆桜V2あいつのみ。それさえ済めば、何もかも上手くいくはずだ。


 きっと……きっと……



 ――そっか……。よかったぁ……友達、でき……テ……――



 でも、もう少しだけ、何か――



 なんてこれからの展望ってやつに、頭の中を捏ね繰り回してると、気付けば僕は家の前まで帰ってきていた。

 そんな自分に少々驚きつつも、僕は玄関の戸を開ける。いつも通り、『ただいま』と、声をかけながら。


 そのままリビングに進むと……


「お帰り、渉。……えらい声だぞ? あと顔も」


 親父がテーブル席にて、コーヒーカップ片手に待っていた。


 時計を見遣れば、まだ十七時過ぎ。時間的に仕事中だろうに、相変わらずほっぽり出してきやがったか。いい御身分ですこと。


「死ヌ一歩手前クライノダメージヲ負ッタカラナ。冗談ジャナクネ。マ、生キテルダケマシデショ」


 と、親父の言う通り、完全にイカれちまった声でそう返す僕。さっきも今も一応、普通に出してるつもり。


「割かし頑丈に作ったつもりなんだけどね。ま、あれだけ踏みつけられちゃ、そうなるのも無理ないか」

「……見テタノカ?」

「手の空いているアンドロイドに覗きに行かせただけさ。大激闘だったらしいじゃない? 本心を言えば、もう少しスマートにやってほしかったんだが……でも、まあいい。大義の為に友すらも葬ったお前は最高に……輝いていたよ」


 親父は笑っていた。褒めてくれた。それは子として、次世代を託された者として、何よりも喜ぶべきこと。


「人が強くなるためには、乗り越える壁が必要不可欠。これで『失敗作』にも生まれた意味があったってなもんだ。製造過程で生まれた役立たずのカスも、最後にはいい壁役になった」


 けど、なんでだろう……。心の奥底に、よくわからない……モヤモヤが……


「それでだ、渉。一皮剥けた記念を祝して、この後……。そろそろこっちの仕事も覚えないとだしね。ついでにそのナリも治すから、すぐに準備しろ」


 そう言って親父は席を立つと、背凭れにかけてあったスーツ持ち、僕の前へ。


 我が居城……というのは『ナナシノ病院』のことか。この世界……延いては上の世界の中枢となる場所。それだけ認められたということか。


「ドウシテコウ立テ続ケニ野郎カラノ誘イが来ルノカネ……。オチオチ先輩トノデートモデキヤシナイ」

「そう言うな。御法川笑真みのりかわえまとのあれこれも、全てが終わった後でなら、いくらだってできる。……が、僕の後を継ぐ以上、まずはこっちの仕事を覚えるのが先だけどね。さあ、行くぞ」


 ポンと僕の肩を叩いた親父は、小気味良くスリッパを鳴らしつつ、一足先に外へ。


「………………」


 僕の方はというと……見送った後もしばらく立ち尽くしてたかな。まあ、特に断る理由もないので、兎にも角にも洗面台へと移動。染まりに染まったおててを洗う。


「酷ェ面シテラァ……」


 ふと、鏡に目を遣る……必要もなく、自然と視界に入ってしまうこのお顔。しっかりこの目に捉えたのは、この瞬間が初めてか。人肌の部分は所々しか残っておらず、そのほとんどが金属。人工的でメタリックな顔が、そこにはあった。


「人ノ姿カ……コレガ……?」


 いくら手を洗えども、返り血を浴びた服と、この姿は変わらない。ゆえに乖離する。思い描いていた人類の到達点と……今の自分が。



 ――バッリィィイイィイィインッッッ‼



 そんな考えが過ぎった瞬間、僕は鏡を叩き割っていた。目の前の自分がバラバラと崩れ落ち、そこらかしこに散らばっていく。


 洗ったはずの手も、また赤に……。チクチクと痛むこの感覚は、果たして染まった左手の所為か? それとも……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る