026 望まぬ来訪者

 ファンセント家の屋敷は、郊外の山奥にポツンと存在している。

 広大な敷地、周囲は山に囲われており、来訪するなら間違いなく馬車が必要だ。


 それもあって、父上は家を空ける事が多い。

 利便性に欠けているにも関わらず家を手放さない理由はただ一つ、生前の母がこの土地を愛していたから。

 そのことを口に出すことはないが、俺――いや、ヴァイスはわかっていた。


 春を過ぎると薔薇が綺麗に咲く、俺はそれを見るのが今から楽しみだ。

 花の手入れはよくゼビスがしているが、それを見ていると嬉しく思える。


 話は戻るが、そんな屋敷には、滅多に人が訪れることはない。


 特に、連絡のない来訪者・・・は珍しい。


 俺は、微量な魔力を感知して目を覚ます。


 観察眼ダークアイを発動せずとも、闇と光の魔法属性を持っているおかげで、人間の悪意がヒシヒシと伝わってくる。


 まるで素肌を針で刺されているような感じだ。


 スヤスヤと眠っているシンティアを起こさないように起き上がると、そっと廊下に出る。

 

 驚いたことに、ゼビスが立って待っていた。

 パーティーでミルク先生に酒を浴びるほど飲まされていたはずだが……。


「ゼビス」

「ヴァイス様も気づきましたか」


 顔色は普通だな。まあでも、今それを指摘する意味はないか。


「十二人、微量な魔力だが、あえて抑えてるな」


 俺の言葉に、ゼビスは目を見開いた。


「どうした?」

「いえ、十人以上だとはわかりましたが、細かい人数まではわからず……なぜわかったのかご参考までにお聞かせ願えますか?」

「感じただけだ。明確な答えなんてない。それより父上は?」

「なるほど……。ミルクがすでにアゲート様の部屋の前で待機しています。大変お疲れのご様子でしたので、眠っているでしょう」

「そうか、なら心配する必要はないな」


 今から謎の襲撃者がやってくる可能性が高いというのに、ゼビスはいつもと変わりのない受け答えだ。

 彼にとっては、昼下がりのティーブレイクなのかもしれない。


 元騎士団長ってのは肝が据わってるな。


 その時、焦った様子でリリスがやってきた。


「すみません……気づくのが遅れてしまいました」

「気にするな。昨日の酒がまだ抜けてないんだろう。リリスはシンティアの傍にいてくれ。昨日、俺を一番歓迎してくれたのは彼女だからな」


 シンティアは、俺の誕生日を祝う為に慣れないお酒を頑張って飲んでいた。

 更にパーティーの飾りつけ、ミルク先生に連絡したり、父上の馬車の手配も全て彼女がしてくれた。

 襲撃者が何者かわからないが、今はゆっくり眠っていてほしい。


「わかりました。でしたら、私はシンティア様を命に代えても守ります」

「頼んだ。こういう時に広大な屋敷は面倒だな。侵入経路が多すぎる」

 

 リリスは、急いで扉を開け、シンティアの元へ走っていく。

 残っているのは、俺とゼビスだ。


「でしたら、私は東側を、ミルクは北側なので問題ないでしょう。西は――」

「俺が行く。じゃあ、またあとで・・・・・

「ヴァイス様、どこへ!? 危険な役目は私たちが――」

「馬鹿いうな。俺は師匠の教えを守る」


 ――――

 ――

 ―


 静かな夜、風の音だけが静かに聞こえる裏庭で、二人の男が隠れていた。


「綺麗な空だなァ。俺も老後はこういう田舎で屋敷をボンっと建ててのんびり暮らそうかなァ」

「おい、まだ仕事は終わってないぞ」

「悪りぃ悪りぃ。だけどさー、やりがいってやつ? そういうのがないとなァ。前にぶち殺した貴族の餓鬼なんて泣きながらポケットから金貨出してたんだぜェ、そういう面白さがあればいいけどなァ」

「……無駄口を叩くな。黒犬お前の実力は認めるが、油断しがちなのが傷だな。後、30秒」

「ははっ、あんがとよ。よっしゃ、じゃあそろそろやる気だします――」


 やりがいが欲しい? ならあの世で閻魔大王と戦って来い。


「ぎゃああああああああああああああああ」


 闇夜の中、男の悲鳴が響き渡る。

 だが俺が思っていたよりコイツの防御耐性は高かったらしい。

 一撃で首を落とすつもりが、頸動脈を切るだけで終わってしまった。


「い、いてぇえ……な、なんだよ……おいオイ!? た、助けてくれ!? 血、血が止まらねえ!?」

「…………」


 ほう、今にも仲間が死にそうになっているのに冷静でいられるのか。

 此奴こっちは随分と手練れだな。

 

 誰だか知らないが、こんな田舎まで悪意に満ちた魔力ではるばるやって来たんだ。

 殺されても、文句を言えるわけがないよなァ?


「……お前が、ヴァイス・ファンセントか?」

 

 ふむ、俺の事を知ってるということは、やはり偶然迷い込んできたわけではないってことか。

 つまり、裏があるな


「ああ、そうだ。お前は?」


 俺の溢れる魔力に気づいたのか、男は剣を構え、距離を測り始めた。

 その横で俺に頸動脈を切られた男は、ついに膝から崩れ落ち、ヒューヒューと情けない呼吸音と共に死に近づいていく。


 死ぬ、あいつは死ぬ、その事実を知った途端、俺は嬉しくて楽しくて笑みを浮かべた。


 他人の人生が、こうも簡単に潰える。


 俺はあいつの名前すら知らないというのに。


 ヴァイス・・・・、これは正当防衛だよなァ。


 その時、屋敷を何かが覆った。


 身体から力が抜けたような感覚に陥る。


 これは――魔力阻害か?


 原作でそんなものはなかったはず。


 こんなのが、この世界に存在するというのか。


「……卑怯なのはわかっているが、これも仕事だ」


 そして男は、俺に剣を向けた。次の瞬間、その剣に魔力が漲る。

 切られればただではすまないレベルの圧力だ。


 よく見ると魔法印が刻まれている手袋をしている。その手からは、なぜか魔力が感じられた。

 なるほど、自分だけは使えるのか。

 一重二重に罠を張っている所を見ると、初めての計画だとは思えない。

 

 魔力が練れなくなると、当然のように魔法は使えなくなる。

 だがそれだけじゃない。身体を覆ってる防御力が格段に低下するし、魔力を使った高速移動も出来なくなる。

 つまり、戦闘力の大幅ダウンだ。


 だが――。


 俺は、蛇のように左腕に巻き付けていた【鞭】をするりと地面に垂らす。


「――で、それがどうした?」

「強がるなよ、貴族のガキが!」


 男が一歩を踏み出す前、俺は瞬時に駆けると、瞬きする暇も与えず、鞭で身動きを止めた。

 縛りプレイ――クソみたいなスキルだが、俺にはしっくりきやがる。


 ははっ、魔法が使えたらもっと面白いことができたんだがな。


 そしてそのまま、男の両手を――躊躇なく交互に切り落とした。



 数十分後、ふっと魔力阻害が消えたのに気づく。

 どういう原理なのかは気になるな。


「おい、まだ生きてるかァ?」

「うぅ……がぁっあぁ……ぁあっ」

「そうか」


 ずるずると男を引きずりながら屋敷に戻ると、廊下にゼビス、ミルク先生、リリスが立っていた。

 廊下に男たちが大勢倒れている。残りは全部こっちだったか。


 血だらけ、いや口では到底言えないような物を飛び散らかしている。


 呻き声すら聞こえない。

 もうすぐ死ぬか、それかもう死んでいるか。


 そして俺に気づいたリリスが駆け寄って来る。


「ヴァイス様! ご無事で!」

「ああ、こいつだけ生け捕りにした」

「こっちはミルク先生がほとんど倒してくれました。ちょっとやりすぎて全員死んで――って、それ……あの時のボンレスハ……縄ですか?」

「あ、ああ。ちょっとな」


 ミルク先生に視線を向けると、返り血で全身が赤く染まっている。

 真っ赤な服を着ているみたいだ。新技とか試したんだろうな。

 普段から、肉の試し切りがしたいと言っていた。

 まあ、俺も試したが。


 そしてミルク先生が俺に顔を向けた。


「ヴァイス、そいつは生きてるのか?」

「一応」

「よくやった。貸してくれ」


 俺は、ミルク先生に男を勢いよく投げつけた。

 両手がないので、受け身が取れずごろごろと転がる。


 顔上げると、そこにはミルク先生だ。


 そのまま男の頭を無造作に掴んで持ち上げる。

 ……容赦ねぇ。まあ、俺も人の事は言えないが。


「依頼者は?」

「…………」


 次の瞬間、有無を言わさずミルク先生は人差し指で男の右目を抉り出した。


「っっっっ――っっっ、がぁっぁあっぁあっああっああああっあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 聞いたことがないほどの叫び声。

 声帯がはち切れそうなほどの悲鳴だ。

 

 しかしそれを見ているゼビス、リリスは、一切表情を崩さない。


「依頼者は?」

「ぐがぁっっ……はぁっはぁっ……何も……話さない……」

「そうか」


 ミルク先生が、もう片方の目をえぐり出そうとした時、父上が突然現れた。


 そして廊下の惨状に視線を向けると、口を大きく開け――。


「な、なんじゃこりゃああああああああああああああ!?」


 ……ん? いや、これが普通の反応か。


 危ない、なんか俺染まっていたのかもしれない。

 

 というか、思ってたより普通の感性を持つ父上みたいだ。


 そこまでは知らなかった。


 それから父上は、猫が物を避けるような動作で足をぴょんぴょんさせながら向かってくる。

 何をするのかと思えば、俺を――ヴァイスを強く抱きしめた。


「ヴァイス、大丈夫か!? 怪我はないか!?」

「――え、な、何ともないよ」

「良かった……ヴァイスに何かあれば……私は……本当に……良かった……」


 父上が、涙を流す。

 ああ……愛されてんだな俺。


 ヴァイス・・・・、お前が父上の事だけが好きだった理由が、よくわかるよ。


 俺も、好きだ。


 それから父上は涙を拭うと、ミルク先生に拷問されていた男に近づく。


「後は私に任せろ」


 その顔は、非常に恐ろしい。


 やはり俺の父上か。


 拷問で首謀者を聞きだすのだろう。


 アゲート・ファンセント。


 お手並み拝見だ。


「俺は……何も話さ――」

「おいコラァ! てめぇ、よくもうちの息子を危険な目に合わせてくれたなァ! ――オラァ! オラァ!」


 突然、父上は男を蹴りつける。無くなった両手の部分を交互に。

 これは痛い、痛いが――。


「や……やめろ……ぐぁっっっ」

「オラオラァ! オラァ! オラァ!」

「やめろ……やめろ……がぁぁぁっ、やめろ……話すから……ああああああああああああっ」

「何しとんじゃコラァ! オラァ!」


 右目をえぐり出されても強がっていた男が、素直に痛がっている。

 さっきまで、何も言わないって顔していたが……。


「うちの愛する息子になにさらしとんじゃボケェ! なめとんのカァ! オラァオラァ! 肘まで交互に削ったろかァ!」


 執拗に弱点を責め続ける父上。

 ゼビス、ミルク先生、リリスは、その光景にも一切表情を崩さない。


 いや、ちょっとは崩そうよ!?


「ボケコラァ! 俺の息子にィ! 何しとんネン! コラァ! 壁も血だらけにしよってェ! しかも張り替えたばっやぞ壁ェ! 壁ェ!!!」



 ……まあでも、こんな父上も好きだ。


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