020 カルタ・ウィオーレ

 ファンセント家のヴァイスといえば、誰もが知る悪名高い長男だ。


 残虐非道、凌辱が趣味、人を人と思わない悪役貴族。それが、私の知っていた噂。


 臆病で弱虫な私とは一生縁がないと思っていた。


 そんな彼を初めて見たのは、入学試験の時だ。


 努力嫌いで怠惰、権力を使って好き放題に生きている、という話だったが、彼の魔力は淀みがなかった。

 

 一目見ただけで、私は彼がどれだけの努力をしたのかわかってしまった。


 アレンくんと模擬テストが始まると、彼は一切の遠慮なく凄まじい魔法を放った。


 身体が震えて、対峙していない私が思わず逃げ出したくなるほどに。


 私はノブレス学園に興味はなかった。

 ただ親に言われて試験を受けにきただけだ。


 もちろん、親友の後押しもあった。


 二人で合格した時は嬉しかったけど、やっぱりどこか不安もあった。


 入学式でクロエ先生からポイントシステムを聞いて心が締め付けられた。


 卒業するには、多くの人を突き落とさないといけない。


 そんなのは、私にはできない。


 そして――私の親友は退学になってしまった。


 私も楽になりたい、争いごとなんて嫌いだ。


 そんな私の臆病さが目につくのか、同じ部屋の女子によく絡まれるようになった。


 私のことはいい、だけど、親友のことまで馬鹿にされるのは辛かった。


 それでも、身体が動かない。


 辛い、苦しい――。


『底辺の争いほど醜いものはないな』


 そんな時、彼――ヴァイスくんがやって来た。

 初めは私たちを馬鹿にするのが目的だと思っていたが、彼が来た途端、いじめっ子たちが去っていく。


 もしかしたら私を助けにきてくれたの……と、思ったけれど、それも違った。


 弱虫な私を見たくない、そんなに弱いなら学園から消えろ、と一喝したのだ。


 そうか、ただ目障りだったのだ。


 しかし彼はなんと、私とペアを組みたいと言ってきた。


 訳が分からない。何がしたいんだろう。


 しかし、彼は私の飛行魔法を褒めてくれた。


 周りは才能があっていいなというけれど、私だって努力をしてこなかったわけじゃない。


 初めて空を飛んだ日のことは、今でも鮮明に覚えている。


 崖から落ちた猫を助ける為に、飛行魔法を瞬時に構築したのだ。


 だけどその日以降、奇跡は起きなかった。

 

 もう一度あの景色が見たい、その一心で私は努力を始めた。


 毎日毎日、色んな人に空を飛んだことを嘘だと言われても、ただひたすらに努力した。


 長い年月をかけて、奇跡はやがて私の得意魔法になった。


 それでようやく身に着けたのだ。


 だけどヴァイスくんは、それをはじめからわかってくれていた。


 そして、後押しをしてくれた。


 私の魔法を素晴らしいと、断言してくれた。


 対等だと、思わせてくれた。


 それから私は、彼と訓練を始めた。


「カルタ、それで本気なのか?」


 ヴァイスくんは……とても厳しかった。

 私が女性だからと言って、手加減なんてしてくれない。

 

 だけど……それが嬉しかった。


 身長は低い、弱虫で、大した腕力もない。


 そんな私に時間を割いて、そして、最後はお前なら絶対やれると言ってくれる。


 素直な気持ちをぶつけてくれて、私の努力を褒めてくれる。


 弱虫でもいい、立ち向かう強さがなくてもいい、ただ、自分を誇れと。


 今まで、何度か声をかけられたことはある。


 俺と一緒に、私と一緒に、チームを組まないか――と。


 だけどその心の裏には、みんな私を下に見ている。利用しようとしている。


 私にはそれが”視えて”しまう。


 そんな中――。


「カルタ、お前は凄い。俺と一緒に戦ってくれ」


 ヴァイスくんだけは、私を真っ直ぐに見てくれる。裏表なく、忖度なく、対等に。


「まだまだ……やれる」

「いいな、その調子だ。馬鹿にした奴らを全員、見返してやれ」


 そのうち私は、ヴァイスくんと同じ景色がみたいと思うようになっていた。

 誰からも恐れられ、だけど、凄く強い彼のようになりたいと。



「カルタ、一人で何してるんだ?」

「え? いや、ご飯を食べようと思って……」

「一緒に食べたらいいだろ」

「あ、いやでも……シンティアさんとリリスさんもいるし……」

「だからどうした? 二人とも気にしない」

「……ほんと?」


 怖いと思われているけれど、ヴァイスくんにはいい所がいっぱいある。


 おっちょこちょいだったり、やっぱり怖かったり、でも可愛いところもあって。


 噂って、本当にあてにならないんだなあと思った。


「……飛行魔法、難しいな」

「ヴァイスくん、それで本気なのか?」

「……もう一回だ」

「ふふふ、頑張ろうね」


 一生懸命で、真っ直ぐで、格好良くて、努力家なヴァイスくん。


 今まで大勢の人に飛行魔法を教えてほしいと言われてきたけど、誰一人として本気で学ぼうとはしていなかった。


 簡単なコツとか、そういうのを聞いてきただけ。


 だけど、彼は違う。


 常に考えている。どうしたらいいのか、どうやったら強くなれるのか。


 ただひたすらに未来だけを見ている。


 凄い、本当に凄い。


 私には目標なんてなかった。


 ただ何となく生きて、何となく幸せに暮らせたらいいなと思っていた。


 でも、これからの私は違う。


「カルタ、行くぞ。練習の成果を見せるときだ」

「はい!」


 学園を卒業して、ヴァイスくんに胸を張って対等だと言えるまで、もう弱音は言わない。



『それでは、三学年合同・・・・・タッグ戦、スタートです!』



 私は、カルタ・ウィオーレ。


 真正面から、みんなを認めさせてやるんだから。

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