異世界でもアイドルを目指します!

@annkokura

第1話 過労死

 テレビ局の中にある楽屋の一つ。その楽屋のネームプレートには、『アミ様』と書かれている。楽屋の中には三名の女性がいた。一人は、部屋の隅で、予定がビッシリ書かれた手帳を見るスーツを着こなした女性。もう一人は、椅子に座っている女の子の髪をセットしたり、メイクで化粧をしてあげている女性。そしてもう一人は、椅子に座る女の子。彼女は、この物語の主人公だ。

 彼女の名前は美川愛海。十七歳。特徴的なのは、太陽のような鮮やかなオレンジ色の髪と大きくてクリクリとした目だ。きめ細かな真っ白い肌は餅のように柔らかい。他は、大して同年代の子たちと変わらない。しかし彼女は、他の同年代の子たちと住む世界が違っていた。彼女は単なる女子高生ではなく、現役のアイドルだ。そして、その注目度は高く、国内外からも注目を浴びている。デビューして二年だが、彼女の裏表のない性格、活発さ、表現力により、老若男女問わず愛され、ファンクラブの会員数は、三百万人を超えている。もちろん、バラエティ番組、ラジオ、舞台、CM、ドラマ、映画に引っ張りだこ。さらに、今挑戦しているのが声優だ。もう、ありとあらゆるところからオファーが殺到するほどの人気ぶり。そんな彼女の予定はビッシリで、寝る時間が四時間しかない日もある。それでも彼女は休むことなく活動している。

「伊川さん。このあとの予定教えて」

 愛海は、部屋の隅でこのあとの予定を見ていたマネージャーの伊川に尋ねる。

「この番組の収録が終わったあと、ドラマの撮影に向かうわ。そして、ラジオ番組に出演し、音楽番組への生出演。そして、ダンスレッスンとなってるわ」

 ご覧の通りの大人顔負けのスケジュール。そんなフル活動する愛海を伊川は心配していた。

「愛海ちゃん。仕事をとってきている私が言うのも何だけど、別に断ってもいいのよ? 正直、このスケジュールは大人顔負けの超過密スケジュールよ」

「大丈夫だよ。アイドルの仕事はやっていて楽しいし。バラエティ番組に出演したりすると、自分の知らない一面だったり、小さい頃の自分を思い出す機会にもなるから。それに、本当に大変なのは仕事がない人だもん。仕事があるのは嬉しいことだよ」

 その言葉を聞いた伊川は、愛海に疑うような視線を送る。

「あなた本当に十七歳? 年齢詐称してるんじゃない? 本当は三十歳だったりして」

「酷いよ! 伊川さん! わたしはピッチピチの現役女子高生だよ!」

「だって、大人の考えというか……。仕事のある大人でもそんなこと思わないと思うけど……」

「えっへん! わたしだって時間を積み重ねれば大人になるんだよ!」

「あっ、そう言ってる間は大丈夫だわ。まだ子供ね、安心した」

 愛海と伊川の会話は毎日こんなものだ。何気ない日常会話だったり、家庭内の面白話、愚痴や不満(主に伊川)の話をしている。あとは、愛海が悩み相談をするくらいだ。それぐらい、愛海にとって伊川は信頼している人で、愛海は第二の母親みたいに感じている。

「友達と遊びたいとか思わないの?」

「あ〜、それは少し思うかな〜。でも、友達だった子もわたしが人気でだしたら遠巻きで見るようになってさ〜。誘ってくれないし、誘っても『いやいや、愛海ちゃんと遊ぶなんて畏れ多い』って断られるんだよ〜」

 愛海は少し寂しそうに言う。

 一般人と有名人の壁とでも言うのだろうか。やはり、隔たりを作ってしまう人がいるのだ。スキャンダルでもそうだ。一般人なら誰と出かけようと、付き合おうと何も言われない。だが、有名人になると、誰と出かけてるところを見たとか、仲良く歩いてるとか、自宅に入って行ったとか、それだけのことで大騒ぎになる。特に恋愛ごとは。一般人も有名人も結局、同じ人間だというのに。

 愛海もまたそのことについて悩んでいた。

(アイドルは楽しい。これは嘘じゃない。でも、それと同じぐらい友達と遊ぶことも楽しかった。だから、少しだけ寂しい……。まあ、仕方ないよね。わたしも友達が有名人だったら遠巻きに眺めてしまうし)

 そんな愛海を気遣ってか、伊川が提案する。

「よかったら、その子たちを誘って今度の休みどこかに出かけましょう」

「いいの?」

「もちろんよ。こんなに頑張ってるんだから少しは休みを取らないと。体にも毒だし」

「ありがとう!」

「あっ! 愛海さん、動かないでください!」

「ごめんなさ〜い」

 伊川の提案に思わず振り向いてしまい、愛海はヘアメイクアーティストさんに注意される。

「愛海ちゃんはこの先、アイドルとして何か目標ってある?」

「海外でライブしたい!」

「海外⁉︎」

「うん! 最初は何の目標もなく始めたアイドルだけど、今はやってて楽しいし、何より多くの人がわたしに注目してくれてる。ほら、わたしって目立ちたがり屋でしょ?」

「そうね」

「でも、注目を浴びているのはまだ国内だけ。いつか、海外からわざわざインタビューするためだけにわたしのところに訪れるくらい海外でも有名になりたい!」

 夢は大きく。まさに、その言葉の意味そのものだった。


「大きな夢すぎたかな? でも、本当にそれくらいアイドルが楽しいんだ。ファンと触れ合うのが楽しい。自分と違う価値観、意見を持つ人と出会うのが楽しい。新しい自分と出会うのが楽しい。新しい発見があるのが楽しい。何より、自分のパフォーマンス、楽曲を聞いて、多くの人が幸せになってくれたらって思う」

「まだ若いわね」

「そりゃ、ピッチピチの現役女子高生ですから」

 三人はおかしそうに笑った。

「わかったわ。愛海ちゃんのその夢が叶うように私もマネージャーとして尽力するわ。それに、愛海ちゃんが海外進出すれば、私も敏腕マネージャーとして有名になるかもしれない。そうなれば、事務所から沢山のお金も入ってくるだろうし」

 そう言う伊川の顔は、お金に目が眩んだ怪しい人の顔になっていた。

「あははは、伊川さんってお金にケチなタイプでしょ? 何人かでご飯食べに行っても絶対に割り勘するタイプ」

「うっ、やっぱりわかっちゃうかしら?」

「わかりやすいよ」

「だからなのかしら。付き合っても一週間も経たずに別れてしまうのよ……」

 声のトーン、肩を落として結婚したい、結婚したいと繰り返し呟く伊川。恋愛が上手くいかない人の姿を体現していた。そんな風に落ち込む伊川を元気づけるように愛海は言葉を投げかける。

「大丈夫だよ! 伊川さんには良いところいっぱいあるし! いつか、伊川さんの本質に気づいてくれる相手が現れるはずだよ! それに今の時代、同性愛も普通にあるんだから。もしかしたら、その相手に出会ってるかもしれないよ!」

「ありがとう……、愛海ちゃん……」

 愛海の優しい言葉に瞳を潤ませる伊川。これでは、どっちが大人なのかわからない。

「美川さん、できましたよ」

「ありがとうございます!」

 愛海は仕上げてもらった髪を鏡で確認する。

「今日も素敵な髪型ありがとうございます!」

「いえいえ。収録頑張ってください」

「はい! じゃあ、行ってきます!」

 そうして準備を整えた愛海はスタジオ入りした。


 収録が終わった愛海は、その後、伊川の予定通り今日一日の仕事をこなした。その頃には、すでに外は真っ暗になっており、街灯、家の明かり、店の明かりが暗闇を照らしている。愛海は伊川に車で自宅の下まで送ってもらった。

「送ってくれてありがと、伊川さん」

「それじゃあ、また明日ね、愛海ちゃん。お疲れ様」

「お疲れ様でした」

 伊川の車を見送った愛海は、エレベータへと乗り込んだ。

「ふぅ……。今日も楽しい一日だった!」

 愛海は、ぐ〜っと、大きな伸びをする。

「今日のご飯、何にしよっかなぁ……。自炊するにしてもこの時間からだと食べるの遅くなっちゃうし。それに、明日も六時には伊川さんが迎えにくるし」

 人気アイドルの毎日はとても忙しい。とてもじゃないが、愛海にプライベートの時間はほとんど存在しない。

「自炊して、ご飯食べて、入浴、家事など諸々やっていたら十時を過ぎてしまうし。う〜ん……」

 愛海が一人暮らしを始めて気づいたことは、親のありがたさ。愛海はアイドルとしてそこそこ有名になってから親の教育方針で、今後のことも考えて一人暮らしを始めなさいと言われ一人暮らしを始めた。家賃や光熱費、食材費など生活費全て仕事で稼いだお金で支払っている。慣れた今は何の苦もないが、最初は大変だった。

「今日はデリバリーにしよう。……って、……あれ?」

 ふと、愛海は気づいた。自分の視界にモヤのような霞がかかっていることに。それに加えて、体も重く感じ、いつの間にか過呼吸にもなっていた。

(これ、ちょっとやばいかも……)

 エレベーターが止まり、愛海は壁に手を添わせながら重たい足取りで自分の家の前まで行く。家の鍵を鞄から取り出し、玄関を開け中に入る。そして、

「あっ……」

 床に向かって勢いよく倒れるところで、愛海の意識はなくなった。

 そして愛海は寝た……のではなく永眠したのだ。翌日、愛海はプロデューサーの伊川によって発見された。そして警察により死亡が確認され検死の結果、過労死だということが判明した。現役の女子高生には、あの仕事量は負担が大きすぎたのだ。愛海、いや愛海だけではない。誰もが気づいていなかったのだ。容量が限界を超えていることに。もちろん、世間は驚き、涙を流した。こうして、一人の有名アイドルがこの世をたった。



去年から更新していなかったのですが、少しずつ更新していきたいと思います。すでに公開している1話と2話には修正をいれます。不定期更新にはなるのですが、よろしくお願いします。


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