異世界でもアイドルを目指します!

@annkokura

第1話 過労死

「今日の予定教えて」

 鏡の前でヘアメイクを受けながら予定を訊く女性。

 彼女は、春美明奈(はるみあきな)十七歳、現役女子高生だ。部屋の照明を浴びてキラキラと輝く太陽のようなオレンジ色の髪が両サイドで団子結びにされている。それが、彼女の乳白色の肌と相まって、さらに輝いて見える。大きくてクリクリとした目に髪と同じオレンジ色の瞳。身長は百六十センチで女子高生の平均身長ぐらい。同性から見ると、とても羨ましく感じてしまうほどの抜群のプロポーション。そんな彼女の正体は、今や国内外問わず人気のあるアイドルだ。テレビ番組やCM、ドラマなどありとあらゆるところで引っ張りだこ。彼女の裏表のない性格や明るい性格は人気の一つである。思ったことを口にすることは簡単ではないのだが、彼女は自分が思ったことを生放送だろうと関係なく嘘偽りなく正直に話す。それで、ネットで炎上することもあるが、ほとんどが良い方向に炎上する。それほど、彼女は今最も世界で愛されているアイドルだ。

 明奈に予定を訊かれた隣に立つスーツ姿の女性が答える。

「今日の予定ですが、この番組の収録が終わった後、ドラマの撮影が入っています。その後にニュース番組にゲストとして出演予定です」

 現役女子高生とは思えないほどの予定の数。しかし、これが今勢いに乗っているアイドル、明奈のスケジュールだ。遊ぶ暇や学校に行く時間などないに等しい。

「いつもありがと! 伊川さん! 伊川さんが、わたしのプロデューサーさんでよかった!」

 予定を教えてくれた自分のプロデューサーである伊川に明奈は満面の笑みで感謝する。これもまた明奈の魅力の一つだ。

「これからもよろしくね? 伊川さん」

「はい、こちらこそよろしくお願いします」

 話しているうちに明奈のヘアメイクが終わる。

「明奈さん、ヘアメイク終わりました」

「うわ〜‼︎ クマが消えてる! それに、今日も綺麗! ありがと! 藤白さん!」

 ヘアメイクを担当した藤白さんにも明奈は満開の花のような笑顔を見せる。

「それでは、スタジオに向かいましょう」

「はい!」

 そうして明奈はスタジオ入りした。


「収録お疲れ様でした」

「ありがと!」

 何事もなくテレビ番組の収録を終えた明奈は、ドラマの撮影地に車で向かっていた。

「明奈さんは、自分と同じ学生さんが羨ましくないんですか?」

「どうして?」

「だって、他の子達のように遊べる時間がないんですよ? 私だったら耐えられません。もっと友達と話したり遊んだり、恋愛したりしたいと思ってしまいます。学生の時間なんてあっという間なんですから」

 年寄りくさい伊川の質問は至極当然のものだった。

「羨ましいとは思うよ。でも、自分で目指した道だから」

「後悔していますか?」

「後悔なんてしないよ! アイドルの道を目指したのは、わたしの意志だから! 運良くデビューできて、今では多くの人がわたしに注目してくれてるし!」

 明奈は満面の笑みで答える。その表情からは、後悔していないことを表していた。

「これだけ仕事が入ってるとしんどくないですか?」

「全然! むしろ感謝だよ! これだけ仕事が入る人って限られた人だけでしょ? そこに自分がいるだけで光栄だし! それに、本当にしんどいのは仕事がない人だよ」

 仕事があることに感謝ができる。そんな女子高生は明奈ぐらいだろう。

スケジュールが埋まるほどの仕事がある人が、仕事のない人を心配しても哀れみや嫌味にしか聞こえない。でも素直な明奈が言うと、そう思えないのだ。これもまた明奈の魅力なのだろう。

「だから伊川さんにも感謝してるよ! アイドルデビューできたのは伊川さんのおかげだし。それに、今これだけの仕事を受けられているのも伊川さんが交渉してくれたからでしょ?」

「そんなことないですよ。予定に入っている仕事のほとんどが、相手方がくれたものです。それに、明奈さんがアイドルデビューできたのは、あなたが日々努力を怠らず一生懸命頑張ったからですよ」

「またまた〜、そんなこと言って〜。わたしは知ってるんだよ? 伊川さんがわたしのために色々と掛け合ってくれたこと」

 互いに謙遜しあっているうちに車は撮影現場に着いた。


 ドラマの撮影も終わり、ニュース番組の出演も終わった明奈は、伊川さんに自宅のあるマンションのエントランスまで車で送ってもらった。

「ふ〜……、今日も楽しかった〜……」

 仕事の多さに愚痴を言わず、楽しかったと言う明奈。表情も言葉と同じで楽しかったことを示していた。

「お疲れ様でした。明日は、午前六時にこちらに来ますね?」

「わかりました!」

「それでは、お疲れ様です。また明日よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくね!」

 車に乗って去っていく伊川に明奈は「気をつけて帰ってね〜‼︎」と手を振りながら見送った。

「わたしも帰ろ」

 明奈はエレベーターに乗り込み、自宅のある階のボタンを押した。

「夜ご飯、何にしようかな〜」

 明奈は夕食について考える。

「もう、九時か……。自炊するには遅すぎるし。今日はデリバリーでも……。あれ……」

 急に明奈はめまいを覚えた。さらには、足元もふらつき熱があるかのように体が重くなるのを感じる。

「熱でもあるのかな……」

 その間にエレベーターは目的の階へと着き止まる。明奈はふらついた足取りでエレベーターを出て自宅を目指す。

「今日はご飯食べずに――」

 鍵を開け玄関の扉を開けた茜は、そのまま勢いよく倒れ込んだ。周囲の音も徐々に遠のいていく。そして茜は寝た……のではなく永眠したのだ。翌日。茜は、プロデューサーの伊川によって発見された。そして警察により死亡が確認され検死の結果、過労死だということが判明した。現役の女子高生には、あの仕事量は負担が大きすぎたのだ。明奈、いや明奈だけではない。も誰もが気づいていなかったのだ。容量が限界を超えていることに。

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