一 天国から・・・


ピピピピピピピピッ!--


 白くて細い指が延びてきて、目覚まし時計の音を止めた。う~~うん! 雪村小百合ゆきむらさゆりは思いっきり背伸びをすると、ベッドから仕方無く、横着にもずり落ちた。会社にいかねば。パジャマ姿のまま窓のカーテンを、さっと開るととてもよい天気だった。"限りなく透明に近いブルー"と言うのは、こんな晴れ渡った空のことを言うのかな。


 一階の方から、

「早く起きてきなさいよ!」と母親の声がする。肩を小さく震わせて、一階に降りていった。

向かいの部屋の五歳違いの妹の芳子よしこは、一浪をしてやっと希望の大学に入って、さんざん両親に負担を書けてるくせに、アルバイトのひとつもしようとしない。全くお気楽なもなのだ! よく知らない人には、私達姉妹は、

「双子ですか?」とよく言われるくらいよく似ているから、私はロングヘヤーにしている。良いな………。まだ大学生だからいつまでも寝てられるんだよな。等と心の中で腐りながらも一階に降りていく。


 顔を洗い両親と朝食を済ませると、ふたたび二階に上がり出勤服を選ぶ、今日はグレーのパンツスーツと決めて着替え、お化粧をする。う~ん、こんなものかな。肩まで届くほどのストレートの黒髪をブラシで解かしながら、化粧台を離れ一階へ降りる。



「行ってきまーす」と言って、玄関を出ていつもの駅へと向かった。私は、雪村小百合二十六才。ここA県の中心街、商業ビルや百貨店などが立ち並ぶその一角にある、地元では大手の建築会社に事務員として働いている。A県でも中心となる大きな駅に降り立ち、いつも通りに会社に向かった。会社などに出勤する人々がどっと駅から吐き出された。


 


 心を癒すような清々すがすがしい風が、私の全身を撫でて行くように吹き付けて行く。春一番が吹いたばかりだというのに。


 四月か! 確かにもうすぐ春ね。街を行き交う人もみんな幸せそうな顔をしているように感じる。私は今年の秋、十月に大好きな佐藤健一さとうけんいちさんと結婚式をあげる予定になっている。幸せを感じるわけよね!


 健一さんは、地元衆議院三区の代議士今野修一郎こんのしゅういちろうの地元対策の私設秘書をしている。地元に関しては、後援会会長の次に先生に絶大な信頼を得ている。なんともその後援会長は作野権蔵さくのごんぞう。私の勤める建設会社作野建設の社長である。地元では大きな権力を持ち、建設業の会長をしている。代議士の表の顔はそんなものだが、県警に広域指定暴力団に指定されている、三好組の組長三好徳次みよしとくじとは竹馬の友の関係で裏の世界にも顔が利く。ま、この辺りの市周辺は今野代議士が表も裏も牛耳っていると言ってもいいだろう。



 もともと、私と健一さんが知り合ったのも、代議士の選挙事務所に、作野建設の事務員から数人が事務所の手伝いに入ったときに(これも昔からの習慣であるが)、そのうちに、彼と知り合い、何となく男女を意識し始めたからだ。


 嘘である。本当は一目惚れである。一目で心臓バック、バック❗


 衆議院議員の総選挙の公示が近くなれば、その数日前から健一さんは朝早くから夜遅くまで、事務所の人達にテキパキと指示をし、とても忙しくなる。何でも永田町界隈の噂では近い内に総選挙をやるかもしれないと言うなんとも無責任な話も飛び交っているみたいで、健一さんも情報に余念がない。選挙と言うものは、いくら大丈夫と践んでいても、やってみないとわからない、と言う水物であるから。神経の休まるときがない。



 そんなある日、何時ものように朝起きて、トイレに入ったときに気がついた。最近どうも下腹部に違和感が続くな~と思っていたときなのだが、オシッコをした後に、鮮血が流れているのだ。生理日はもう一週間ほど前に終わったはずなのに……?           便器に血が落ちているのだ。私は背中を冷たい汗が流れていくのを感じた。

 いくらボンヤリ屋さんと皆から呼ばれている私でも、顔面から血がさーっと引いていくのを感じた。これは流石に病院に行かねばならないだろうと、私はそっと食器の後片付けをしている母に近づいて耳元に囁いた。先程の件を話してみたのだ。振り返った母は、

「ほんとなの?」と小さな声で私を見詰めた。

「お願いお母さん、一緒に病院に付いてきて」

「勿論行くわよ。で、何処の病院に行くの?」

「何処って、県立病院に行こうか」

「そうねあそこがい良いわ」

 と言うことで、二人で県立病院まで母親が車を運転していった。


 この病院は大きくて、優秀な先生がいると言われている病院で、婦人科の前にも多くの人が受診を待っていた。窓口で関係書類や症状などを書いた書類を受付の人に渡すと、

「始めてですね。後保険証を出してください」

と言われて保険証を出して待っていると、

「婦人科六番窓口でお待ちください」

と会われ、母と二人で六番診察室の前まで行くと、医師の名前が「生田純子いくたじゅんこ」になっていた。小百合は少しホッとした気持ちになった。母親も同じ気持ちらしく、ホッとした顔をしていて二人して診察室の前で腰掛けていた。しかし、こんな時間は落ち着かないものだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る