唐突に水頭症だと診断されました

蒲生 竜哉

手術

 2023年の5月9日。

 この日、僕は脳外科手術を受けた。診断された病名は『水頭症』。


 馴染みのない人のためにざっくりとこの水頭症なる病気のことを伝えておこう。

『水頭症とは?

水頭症とは、脳脊髄液(髄液)の循環障害によって拡大した脳室が、頭蓋骨内面に大脳半球を押しつけることにより、数々の脳の障害を引き起こす一連の病態を言います。

髄液には脳を外部の衝撃から保護する、脳圧をコントロールする、脳の老廃物の排泄、栄養因子やホルモンの運搬などの様々な役割があると考えられています。この髄液は、脳の中にある脳室と呼ばれる風船のような部屋の脈絡叢(みゃくらくそう)から産生されて、その後脳及び脊髄の表面を循環し、以前は主にくも膜顆粒から吸収されると考えられていましたが、最近は脳や脊髄実質の毛細血管から主に吸収されるとの説が有力です。

この髄液は体の中で一番きれいな液体(99%は水・無菌)で1日に約450mLが産生されます。普通の髄液の総量は大人で約150mL、小児で100mLといわれていますので、この髄液は産生から吸収まで1日に約3回程循環して入れ替わっていることになります。

ところが、この髄液の循環経路において、何かしらの原因で流れが悪くなると、脳室内に髄液が停滞し、脳室が次第に拡大します。拡大した脳室が脳を圧迫することで様々な症状があらわれます。(https://www.bbraun.jp/ja/patient/hydrocephalus/characteristic-and-symptom.html)』


 要するに、頭蓋の中で生産されている髄液が排出されない、あるいは過剰生産されることによって障害が発生するらしい。

 それは確かにそうだろう。頭蓋の中の容積は一定だ。そこに水が溜まったら、圧力は柔らかい脳に向かう。圧が高まれば、脳の機能が色々と阻害されることは明らかだ。


 僕の場合、機能障害が現れた。主な症状は次の三つ。


 歩行障害−−ざっくりと言うと、左足が前に出なくなり、徐々に歩行が困難になった。一回目の入院(3月頃だと記憶している)の最後でリハビリのトレーナーに勧められて杖も買った。

 とにかく歩けない。

 階段も休み休みじゃないと登れないし、色々不便だった。今は回復しているが、これは確かにマズい。


 言語障害−−もう一つ、言語障害の症状も現れていたらしい。もっとも、こちらは症状が出ている間は自覚がなかった。

 現象その1は呂律が回らないこと。

 現象その2は短期記憶の不具合。これは次に述べる知能障害とも関連しているのだが、とにかくものが覚えられない。さっき話していた人の名前も忘れてしまう。

 僕はその現象を『老化』と決めつけていたが、これはどうやら違うらしい。手術後はある程度回復して普通に覚えられるようになったから。

 そりゃ、5分前に話していた人の名前が思い出せないのでは症状は重篤だ。

 現象その3は話し方がスローモーになってしまうこと。これは全く自覚がなかった。回復後に人と話すと「ああ、治ったんですね」と喜ばれる。僕はクラブハウスというSNSを熱心に使っているのだが、そこでできた友達は口を揃えて、12月頃は話し方がゆっくりだったと言っていた。

 そりゃ、ゆっくり話して、しかも呂律が回らないのでは面接も落ちるわな(その話はいずれ書こうと思う)。

 現象その4。これも知能障害と関連するのだが、話をしているときに言葉が見つからなくなった。表現力に乏しい作家は致命的だ。だが、特に危機感はなく、僕は「ああ、なんか言葉が見つからないことが多くなったな」くらいに捉えていた。


 それから知能障害。簡単に言うと、おバカになった。最初の入院中(僕はそれぞれ二十日、二回入院した。一回目は症状の診断、二回目は手術のための入院だったと今なら判る)にリハビリの一環として色々な知能テストを受けたのだが、どれも軒並み平均以下。

 テストの内容は野菜の名前をリストするものや、数字の1から20がごちゃ混ぜに書かれている紙の上で、ただ単に数字を順番に繋げるという簡単なもの、あるいはテーブルに置かれた5つの物体を覚えて、ハンカチをかけて目隠しした上で、しばらく経ったのちに何があったかを述べると言うもの。

 これなら幼稚園児でもできそうなものだが、特に数字を繋げるテストの成績が悪く、タイムアウトしてしまう。

 これで僕は、本格的にヤバいと思うようになった。


+ + +


 ことの始まりは長年の飲酒とストレスだと思われる。

 一度ひどく転倒したことがあったのだが、どうやらこれが引き金を引いたらしい。2022年の晩秋から徐々に症状が現れた。

 最初はおそらく言語障害だと思う。自分ではわからなかったが、徐々に呂律が回らなくなっていった。ついで、2023年の1月すぎには左足の機能障害が加わった。

 自分でも歩き方が不自然なのが判る。部屋の中を歩いていてもなんでか左足が動かない。勢い、左足を引き摺るへんな人になってしまった。

 僕は一人暮らしだ。

 そのため、このまま放っておいたら死んでいたんだろうと思う。

 だが、幸いにして僕のことを心配してちょくちょく様子を見に来てくれる友達がいたおかげで最悪の事態は防ぐことができた。

「病院に行こう。もう予約は取ってある」

 その友達は2023年2月のある日そう告げると、翌日僕を半ば無理やりタクシーに押し込んだ。

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