第19話 何者かが封印石を破壊した


 ――この世界には〝封印石〟と呼ばれる物がある。


 読んで字の如く、特定の〝なにか〟を封印して閉じ込めるための魔石だ。


 その封印は強固堅牢。


 一度封印石で封じられてしまえば、数千年は出られないらしい。


 加えて貴重な石でもあるため、人間に使用される事例はかなり稀。


 封印されるのは、大概の場合――〝極めて危険なモンスター〟なんだとか。


「……フォレストエンド領の山奥には、数百年以上に渡り封印石が供えられてあった。だが昼間確認したところ……何者かによって破壊されていたのだ」


 僕とクーデルカを家まで連れ帰ってきた父は、詳細を話してくれる。


 彼は昼間狩りに出掛けた折、封印石の破壊を確認したらしい。


 父の話を聞いたクーデルカは「ふむ」と小さく唸り、


「封印石と言えば、かつてその地に災厄をもたらした第一級以上のモンスターを封印するための魔石です。それを壊すとなると……」


「ああ。外部の人間――それも魔術師の手による可能性が高い」


「……一応言っておきますが、私じゃありませんよ?」


「そんなのはわかっているさ。クーデルカ殿はずっとリッドに付き添ってくれていたからな。疑ってなどいない」


「はい、質問!」


 僕はシュバッと挙手。


「モンスターにも、第一級みたいな階位があるの?」


「ええ、危険度に応じた階位があります。第四級、第三級、第二級、第一級――そして〝特級〟の五つが」


 クーデルカが簡潔に答えてくれる。


 へえ、魔術師の魔力階位と同じなんだ。


 それじゃあ――


「それじゃあ、フォレストエンド領に封印されてたモンスターの階位は?」


 今度は、父に向かって尋ねた。


「……」


「……あ、あれ? 父様?」


「――〝特級〟だ」


「え――?」


「この地に封じられた【呪霊】という怪物は……特級のモンスターらしいのだ」


「! 〝特級〟の……【呪霊】……!?」


「うむ……フォレストエンド領の伝書によればな」


 父はそう言うと、一冊の古書を持ってくる。


 それはフォレストエンド領の長い歴史が記された本だった。


「まだスプリングフィールド家がこの地を納めるよりも前の時代、一人の魔術師が怪物に転化し、死と腐敗をばら撒いたと書かれてある」


「ま、魔術師が怪物にって……そんなことあるの……?」


「ええ、稀にですが」


 クーデルカが答えてくれる。


「……魔力を持つ者が強い思念を抱いたまま死亡すると、死霊化する場合があるんです」


「そ、そんなことが……」


「〝呪詛〟を使えるとなれば、もう確定ですね。おそらくよほど強い恨みや憎しみを持っているのでしょう」


 ――知らなかった。


 恨みを持った魔術師が死ぬと、死霊のモンスターになるなんて。


 それって一歩間違えば、僕も死霊になりかねないってことだよな……。


 怖……。


 ――でも、強い恨みを持ったまま死ぬなんて……。


 一体なにがあったんだろう……?


「それでゲオルク殿、これからどうなさるおつもりですか?」


「……明日、森に入って【呪霊】を狩る。封印石が破壊された今、それしか手はない」


「――! 危険過ぎます! 相手は特級モンスターですよ!?」


「そ、そうよあなた。国王へ連絡すべきだわ……!」


 父を押し留めようとするクーデルカと母。


 だが父の決意は固いようだった。


「それでは駄目だ、待っている間に領民たちへ被害が出る! それにもしこの事態を招いたことを国王に知られれば……」


 ――最悪、領地没収もあり得るかもしれない。


 封印石の守護もできぬ無能として。


 悪意ある何者かが破壊した、なんて言い訳にもならないだろう。


 ……きっと父は恐れているのだ。

 僕たち家族が、路頭に迷うことを。


 息子である僕に、領地という宝を残せなくなることを。


 だからこそ、戦うしかないと決意したのだ。


「……俺と腕利きの領民数名で、森へ向かうつもりだ。もし戻らなかったら国王に連絡しろ、いいな?」


「父様……」


「――はあぁ。やっぱり貴族というのは面倒くさいですねぇ、まったくもう」


 その時――クーデルカが大きくため息を漏らした。

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