第17話 呪詛


「――! な、なに……!?」


 母は慌てて立ち上がり、急いで玄関へと向かう。


 そしてドアを開けると、


「あ、ああ、ロザベラ様! ゲオルク様はおいででしょうか……!?」


 そこには見覚えのある領民の男性の姿があった。


 確かアントンって名前だったと思う。


 彼は非常に焦った様子で、額から冷や汗を流している。


「お、夫なら狩りで西の森へ……。一体どうしたのです?」


「か、家族とハーブを取りに東の森へ入ったのですが……妻と娘が倒れてしまって……!」


「! まさかモンスターに襲われたのですか!?」


「ち、違うんです。なにもなかったのに、突然に苦しみだして……! 薬師に見せてもわからないって……!」


 もうどうしてよいかわからず、領主である父を頼ってきた――ということか。


 フォレストエンド領はド田舎であるため、医者がいない。


 だからちょっとした怪我や病気なら、領民自らが民間療法で対処。


 それでも駄目そうなら薬師に頼る、という構図が出来上がっている。


 良い悪いはともかく、今まではそれでどうにかなってきたらしいのだが――今回は異なるらしい。


 そんな男性の話を聞いて、クーデルカの長耳がピクッと動く。


「……失礼、ちょっとよろしいですか?」


 彼女は立ち上がって母や男性の傍まで赴き、


「それは薬が効かなかったということですよね?」


「そ、そうみたいで……」


「奥様やご子息に、なにか外見上の変化はありませんでした?」


「は、肌がところどころ紫色になって……あんなの見たことが……」


「――! すぐに案内してください。私が診ます」


 なにかに気付いた様子で、クーデルカは深刻そうな表情となる。


 ――彼女のこんな顔を見るのは始めてだ。


 これは――なにかヤバいことが起きてるのかも。


「クーちゃん先生、僕も行くよ」


「え? なに言ってるんですか! 貴方はここで大人しく――!」


「お願い。僕は領主ゲオルクの息子なんだ」


「……!」


 クーデルカは少し驚いた顔をし、「やれやれ」といった感じでため息を漏らす。


「……わかりました。でも絶対に傍を離れちゃ駄目ですからね?」


「うん!」


「奥方様はここで待っていてください。リッドは私が責任を持ってお守りしますので」


「わ……わかったわ……」


 困惑する母を残し、僕とクーデルカは男性と共に家を後にする。


 しばらく荒道の上を走り、薬屋に到着すると――


「ベティ! エルター!」


「おおアントン、戻ったか」


 店主の薬師が、長椅子に横たわる女性と子供を看病していた。


「ふ、二人の様子はどうだ……!?」


「良くない。紫色の部位がどんどん広がってるみたいだ」


 見ると、確かに女性と子供は肌がところどころ紫に変色していた。


 加えて二人共高熱を出しているようで、汗をかきながら苦しそうに息を荒げている。


「すみません、診せてください」


 彼らを押しのけて、クーデルカは女性の子供の様子を観察。


 するとすぐに、


「やっぱり……〝呪詛じゅそ〟にやられてますね」


 そう結論づける。


 ――〝呪詛〟。

 始めて聞く言葉だった。


「〝呪詛〟……ってなに?」


「魔力によって引き起こされる病の一種ですよ。このまま放っておけば確実に死に至ります」


「そ、そんな! どうにかならないの!?」


「落ち着いてください。手はあります」


 焦る僕とは対照的に、クーデルカは努めて冷静に言う。


 そして彼女は杖を構え――


「魔力を光に、祓魔の癒しとなりて、彼の者の呪詛を跳ね除けたまえ――〔アンチカース〕!」


 〝詠唱〟し、魔術を発動。


 直後、女性と子供はポウッと光に包まれた。


 すると徐々にではあるが、紫色に変色した肌が徐々に元通りになっていく。


「す……凄い!」


「いえ、まだです」


「え?」


「……すぐに出てきますよ」


 意味深にクーデルカは言う。


 改めて僕が女性と子供に目を向けると――二人の身体から〝紫色の影〟が這い出てきた。


 それを見た瞬間、僕は本能的に理解する。


 これは――恐るべき悪意・・が込められた、魔力の塊だと。


「これが〝呪詛〟の厄介なところです。対象者が死亡するか、術者が解くまで完全には消えない」


 クーデルカは子供の方に近付き、額に手を当てる。


「……熱は引いてますね。これで一旦は大丈夫でしょう。〔アンチカース〕で守っていますから、少なくとも二~三日は――」


『――――【〝消えろ〟】』


「え?」



『――【〝二人の身体から〟】【〝いなくなれ〟】』



 ――僕は〝紫色の影〟に向かって、〝呪言〟を使う。


 刹那、蠢いていた〝紫色の影〟はビタッと動かなくなり、サラサラと塵になって消えていった。


「ふぅ……上手くいった」


「ま……まさかリッド、貴方今――!」


「うん〝呪言〟で〝呪詛〟を消した。やろうと思えばできるものなんだね」


 唖然とするクーデルカ。


 僕が〝呪詛〟を消せるというのは、流石に想定外だったらしい。


「こ、これは新発見ですよ……!? 〝呪言〟にここまで汎用性があるとは……! 待ってください、だとすればあんなことやこんなことも……!?」


「クーちゃん先生、考えるのは後にして」


「へ? あっ、そうですね!」


 改めて二人を触診するクーデルカ。


 どうやら体調は完全に回復したらしい。


「あれ……? 父ちゃん……?」


「おお、エルター! 目が覚めたのか!? 良かった……!」


 目を覚ましたエルターという子供を、涙ながら抱き締めるアントン。


 この後すぐにベティという女性も意識を取り戻し、事態は一応の解決となった。

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