第5話 俺の子です


 王都へやって来た。


 王都グリトニル。


 『グラスヘイム王国』の首都であり、巨大な王城を囲むように広大な城下町が広がっている。


 まさに大都会。

 人の多さも店の多さも圧巻の一言。


 道がほぼ完全に石畳で舗装されていて、馬車も多く行き交っている。


 フォレストエンド領のように集落がポツポツとあるド田舎とは、桁違いスケールだ。


「うわぁ~……!」


 現在、正装に身を包んだ僕と父は、一緒に馬車に乗って王都の中を進んでいる。


 母は家でお留守番。

 一緒に来れなかったのは残念ではあるが、家を留守にもできなかったしな。


 それに、お世辞にも乗り心地がいいとは言えない馬車に何日間も揺られるのは、だいぶしんどかったし……。


 ある意味では、来なくて正解だったとも言えるかも……。


「どうだ、王都は凄いだろう」


「うん! ……でも、フォレストエンドの方が好き」


 確かに都会は嫌いじゃない。


 それに王都の雰囲気はザ・中世ファンタジー!な感じで素敵だ。


 ……ただ、転生前も都会暮らしだったからさ……。


 なんとなく社畜時代を思い出して、息が詰まるんだよね……。


 だからやっぱり、住むなら実家のあるフォレストエンド領の方がいい。


 田舎にしかない緑と自然が、心を穏やかにしてくれるよ。


「ん? そうか? ハハハ、嬉しいことを言ってくれるな。流石は次代スプリングフィールド家当主だ」


 どこか満足そうに笑う父。

 

 そんな会話をしてると、馬車は王都の中を突っ切って、街を見下ろせる高台を上がっいく。


 坂道を進むと、その先に見えてきたのは――巨大な鐘の付いた塔が目印の『ウィレムフット魔術学校』。


 学校は、ぱっと見だと城にも教会にも似た建造物。


 その独特でミステリアスな雰囲気は、言われなくとも「ここが魔術学校なんだな」と察せるデザインだ。


 そんな魔術学校の敷地内へと到着した僕たちが馬車を降りると、


「お待ちしておりましたぞ、ゲオルク・スプリングフィールド子爵」


 一人の老人が出迎えてくれる。


 白髪頭の見覚えのある顔。


 僕の〔刻印の儀〕に立ち会った、ベルトレ卿だ。


「此度はご足労いただき、誠にありがとうございます。再び貴方様にお会いできるのを楽しみにしておりました」


「ああ、久しいなベルトレ卿。貴公に会うのはもう三年ぶりか」


「お爺さん、久しぶり!」


「おお、リッド様。大きくなられましたな。もしや私のことを覚えておいでか?」


「うん。覚えてる」


「それは驚きですな。私がお目見えした時、貴方様はまだ生まれたばかりでしたのに」


 そりゃー忘れたくても忘れられないよ。


 魔力が暴走するかもなんて爆発発言をしてった人だからねぇ。


 とはいえ、別に恨んでるとかそういう気持ちはないけど。


「ですが……嬉しゅうございますぞ。貴方様の元気な姿を見れて、本当に良かった」


 安堵した様子で彼は言う。


 もしかすると、三年前からずっと心配してくれていたのかもしれない。


 凄く優しい人なのかもな。


「お爺さんは、ここの先生なの?」


「いいえ、残念ながら違います」


 ベルトレ卿はふるふると頭を左右に振り、


「私も魔術協会の一員ではありますが、教員が務まるほどの身分も才も持ち合わせてはおりません」


 ――あれ、そうなんだ?


 〔刻印の儀〕をやれるくらいだし、てっきり教師だとばっかり思ってたけど。


「本来であれば、〔刻印の儀〕も魔術教師の資格を持つ者が執り行うべきだったのですが……」


「そう言ってくれるな。そんな言い方をされると、貴公に〔刻印の儀〕をやってもらった俺たちが惨めになる」


「い、いえ! 決してそういうつもりでは……!」


「冗談だ。没落寸前のスプリングフィールド家に付き合ってくれただけでも感謝してるさ」


 父は肩をすくめて言う。


 そういえば、スプリングフィールド家は貴族の中でも冷遇されてるって話だったな。


 ――最近知ったんだけど、ウチの爵位って百年前は〝公爵〟だったらしい。


 公爵は爵位の中で最も高い身分。


 だがずっと魔力を持つ後継者を輩出できなかったせいで、次第に爵位が下がり――今や〝子爵〟。


 ……子爵は、爵位の中では下から二番目。


 それでも男爵よりは上だが、その男爵たちからも陰口を叩かれているんだそうな。


 僕の出生時も「どうせ今回も~」的な感じで、上等な人材を回してもらえなかったのかもしれない。


 もっとも個人的には、〔刻印の儀〕をやってくれたのがベルトレ卿で良かったと思っている。


 アフターサポートまでしてくれて、誠実に注意喚起もしてくれたし。


 文句などサラサラない。


「それより、さっそく案内を頼む。ところで今日は他にも誰か来ているのか?」


「ええ、貴族の皆様が五組ほど」


「そうか……やはり誰とも会わなずに、とはいかんよな」


 やれやれ、と小さくため息を漏らす父。


 ベルトレ卿に案内され、僕たちは魔術学校の中を進んでいく。


 そして聖堂のように開けた場所に着くと、そこには彼の言ったように五組の親子が待機していた。


 父は彼らに対し、


「ごきげんよう、皆様方。本日はよろしくお願いいたします」


「「「!!」」」


 僕らの姿を見た瞬間、その貴族たちからザワッとどよめきが起こる。


 よほど僕たち――というよりスプリングフィールド家の人間がこの場に現れたのが意外だったのだろう。


「――ここへなにをしに来たのかな? スプリングフィールド卿」


 だがそんなどよめきを掻き消すかのように、一人の男性貴族が声を上げた。


 年齢はたぶん五十歳前後。


 整ったチョビ髭が特徴的で、如何にも金の掛かってそうな赤い正装を着ている。


 すぐ傍には息子と思しき幼い少年の姿も。


 そんな男性貴族の顔を見た瞬間、父は表情が険しくなる。


「ここは魔術学校、そして今日は"刻印"を持つ子らが魔力を測る日だぞ? スプリングフィールド家のような魔なしが来る場所ではない」


「……バルベルデ公爵。貴殿も参加していたのですね」


「五番目のめかけが生んだ子が、ようやく三歳になったものでね」


「それはめでたい。……ですが確か、昨年に新しいご側室を娶られたばかりとお聞き致しましたが……」


「ん? ああ、それは六番目のめかけだ。ちなみに、もうしっかりと種を植え付けてやったぞ。来年が楽しみだわい」


 ヒッヒッヒ、となんとも下品に笑うバルベルデ公爵。


 おいおい……それ、曲がりなりにも自分の息子がいる前で言う台詞か……?


 品性がないというか、不快なおっさんだなぁ……。


 まあ一応、『グラスヘイム王国』の貴族は正室以外に側室を持つこと自体は認可されているらしい。


 むしろ推奨されているくらいだとか。


 〝優秀な血は多く残すべきである〟という思想の下に。


 それに貴族にとって、子供は政治の道具にもなり得る。


 他家に嫁がせたり養子に出したりして、自分の権力を強めていけるからな。


 これはどの世界においても、貴族にとって共通の考えらしい。


 個人的には……あまり好ましい価値観ではないが。


「貴公もそろそろめかけの一人くらい作ってはどうだ? おっと、百年も魔術師を輩出できない没落貴族では、正妻を養うので精一杯か」


 ――あまりにも人を見下した言い方。


 バルベルデ公爵の言い草を聞いて、他の貴族たちもクスクスと小さく笑う。


 あぁ……なるほど、これが話に聞く〝冷遇〟っぷりか。


 マウント取ってなんぼの貴族の世界において、スプリングフィールド家はカースト最下位。


 バカにされてるんだろうな~とは思っていたが、ここまで露骨とは……。


「それで……まさかとは思うが、貴公がこの場に現れたということは――」


「はい。我が息子リッド・スプリングフィールドは魔力を持っております」


「ほう……」


 視線を下げ、品定めするように僕を見てくるバルベルデ公爵。


「百年も途切れていた血が復活するなど……本当に貴公の実子か?」


「――!」


「本当はどこぞの家から買い取った養子ではないのか? でなければ爵位剝奪の寸前に、都合よくなど――」


「この子は俺の子ですッ!!!」


 父は怒鳴るように叫んだ。

 流石に我慢ならなかったのだろう。


「いくらバルベルデ公爵と言えど、今の発言は下品極まる! 謹んでいただきたい!」


「き、貴様、この私に向かってよくもそんな……!」


 そんな父の発言がよほど意外だったのか、バルベルデ公爵は若干狼狽えた様子を見せる。


 公爵と子爵では権力がまるで違うからな。

 普通なら言い返すような真似はできない。


 父とバルベルデ公爵の雰囲気は最悪。


 一触即発の事態となったその時――



「――両者共、そこまでじゃ」



 なんともしゃがれた声が、二人の間に割って入った。


 直後、白いローブを着たヨボヨボの老人が広場に入ってくる。


 ベルトレ卿よりもずっと老いて見えるその人物は――左右の耳が鋭く伸びた〝エルフ〟だった。

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