第2話 魔沸しんどい


 あの謎の儀式から、約一ヵ月が経過した。


 その間にわかったことが幾つかある。


 ――まず一つ目。

 自分が異世界に転生してしまったということ。


 ……よくゲームやアニメやラノベで題材にされる、あの異世界転生だ。


 まさかそれが自分の身に起こるとは。


 信じられないが、信じるしかない。


 だって明らかにここは日本じゃないし、家も人も衣服も中世ファンタジー風のデザインだし。


 今住んでる家の壁には剣とか弓矢とか普通に飾ってあるし。


おまけに魔術までしっかり存在するらしいし?


 なんだかゲームの世界にでも入り込まれた気分だ。


 ――次に二つ目。

 自分が赤ちゃんとして転生したこと。


 名前はリッドというらしい。

 リッド・スプリングフィールド。


 この身体は生後一ヵ月で、本当に生まれたばっかり。


 両親らしき人物がそれっぽいことを言っていたから、間違いないと思う。


 そう考えると、あの謎の儀式が行われたのは生まれた直後だったのだろう。


 道理でろくに身体が動かなかったワケだ。


 ……今でもあんまり動かんけど。

 まだ首が座らないしさ。


 ともかく生まれたばかりの赤ちゃんに、かつての記憶と精神が入り込んだ――というのが現状。


 文字通り人生の再スタートである。


 ――そして三つ目。

 スプリングフィールド家は貴族の家柄らしいということ。


 これも両親の会話から聞こえたから間違いない。


 事実、この一ヵ月で領民と思しき人々が次々と挨拶に来ていることからも、それが伺える。


 貴族――いい響きだ。


 貴族と言えば特権階級!

 貴族と言えばお金持ち!


 あの虚無しかない社畜生活とおさらばして、優雅に第二の人生を謳歌できるぞ!

 ヤッター!


 ……なんて、最初は思ったんだけどさ。


「ロザベラ、今戻ったぞ!」


 遠くで扉が開く音が聞こえ、そんな声が室内に響き渡る。


 〝父〟が帰ってきたらしい。


「あなた、お帰りなさい。本日の狩猟は如何でしたか?」


 帰宅した父を〝母〟が出迎える。


 父の名前はゲオルク・スプリングフィールド。


 母の名はロザベラ・スプリングフィールド。


 二人の正確な年齢は不明だが、おそらくどちらもまだ二十歳前後。


 令和の日本的観点で見ると、とても若いパパとママだ。


「おう! 今日は領地の皆とシカを仕留めてきたぞ!」


「まあ! それでは久しぶりのご馳走ですね!」


「うむ、今年は麦が不作で、近頃は豆のスープばかりだったものな。リッドにもようやく美味い肉を食わせてやれるぞ」


「もう、あなたったら。リッドにお肉はまだ早すぎますよ」


「む、それは残念。ハッハッハ!」


「ウフフフ♪」


 ――という会話をして仲睦まじく笑い合う両親。


 ……そう、そうなのだ。

 これが貴族――というよりスプリングフィールド家の食事事情なのだ。


 優雅なティータイムや豪勢なディナーなど皆無。


 少しのパンと干し肉、蒸したじゃがいも、それと豆のスープ。

 これが毎日のように食卓に並ぶ。


 たまに狩りでウサギやカモを仕留めたら、その肉料理がちょこっと追加。


 今はまだ離乳できていないのでこの食生活とは無縁だが、傍から見てても美味しくはなさそうなんだよな……。


 でも仕方ない。


 何故ならスプリングフィールド家は、ド田舎の小さな領地を治める貧乏貴族だから。


 父ゲオルクが収めるフォレストエンド領は面積が狭く、土が痩せているため農業が難しい土地なんだそうな。


 だから定期的に領民と森へ入り、狩りをして食料を調達。


 それで飢えを凌いでいるという有様なのだ。


 しかも採った食料は領民たちと分け合っているため、領主にも関わらず生活はとても質素。


 その質素倹約ぶりは食事以外にも及んでいる。


 今住んでいる家も、絵に描いたような普通の民家。


 まだ外に出たことがないため余所の家と比較こそできないが、ここが豪邸などということは確実にないだろう。


 家具も使用感に溢れ、基本的に厳しい生活をしているのが見て取れる。


 貴族など名ばかりの貧困暮らしなのだ。


 もしここがゲームのファンタジー世界だったら、スプリングフィールド家なんて名前を呼ばれないどころか存在すら語られないレベルのモブだろうな。


 貴族なのにモブとは、なんとも皮肉なもんだ。


 ……まあ、それは別にいいんだけども。


 どうせ転生前だってそこまで裕福な暮らしではなかったんだからな。


 ただ……それにしたって、スプリングフィールド家は些か追い詰められ過ぎな気もするが。


「リッド、パパだぞ~? いい子にしてたか~?」


「あぅあぅ」


「そうかそうか! ちゃんとお返事できて偉い子だ! だっこしてやろう!」


 小さな身体をひょいと持ち上げる父。

 そして大きな胸で優しく抱くと、


「……こうしていても、まだ夢を見てるようだ。もし〔刻印の儀〕が失敗していたら、スプリングフィールド家は爵位剥奪が決まっていたというのに」


「百年ぶりとなるのですね。スプリングフィールド家から魔力保持者が出るのは」


「ああ、永く辛い時代だった。この子はスプリングフィールド家の――いや、この領地の希望だ」


 そう言って、まだちょびっとしか髪の伸びていない頭を撫でる父。


 ――そう、そうなのだ。


 スプリングフィールド家は貧乏貴族どころか、お取り潰し寸前という状態なのだ。


 どうやらあの〔刻印の儀〕とかいうのが失敗していたら、スプリングフィールド家は冗談抜きに爵位を剥奪されていたらしい。


 そうなっていたら、きっと一家揃って路頭に迷っていただろう。


 爵位を奪われた貴族とか破滅の未来しか見えない。


 生まれた瞬間から飢え死にルート一直線とか、それなんてクソゲーだよ。

 最悪にも程がある。


 ただ幸いなことに、この身体が魔力?を持っていたため儀式が成功。


 詳しいことは不明だが、爵位剝奪は免れそうだとか。

 まさに九死に一生、神回避。


 ……その分、両親からの期待値に震えている自分がいるが。


「リッドが魔術を使えたなら、領地の暮らしもきっと良くなる。ロザベラ、思えばキミにも苦しい想いをさせたな」


「そんなこと仰らないで。私は今でも十分幸せです」


 母はそう言うが、次の瞬間には少し表情を曇らせた。


「それに……リッドが健やかに育ってくれたら、私はそれで……」


「そう暗くなるな。リッドはもう二度も〝魔沸〟を乗り越えたじゃないか」


「でも、たったひと月の間に二度もだなんて……。私怖くて……」


 不安そうな母を「大丈夫、リッドは強い子だ」と励ます父。


 ――やめてくれ、その話は。

 本当にマジで。


 アレ・・は本当にキツかった。

 思い出すだけでもしんどい。

 もう二度とゴメンだ。


 ただ……またいつか起こるような予感はしてるんだけどさ……。


 ――そう思った、まさにその時だった。


 視界の下で、なにかが紫色に発光する。

 喉に刻まれた〝刻印〟が浮き出て、光り出したのだ。


 ――――嘘だろ!? こんなに早く!?


「けほっ、けほっ! うええぇん!」


「リッド!? まさか、また〝魔沸〟が始まったのか!?」


「そんな……! 前回からたった七日しか経ってないのに……!」


「急いで水とタオルを! 身体を冷やすんだ!」


 父と母は慌てて対処しようと、慌ただしく動き始める。


 その間にも状態は悪化していった。


 何か・・が身体の奥で沸き上がり、喉元を通して外へ出ようとする感覚。


 もしかして、これが魔力なんだろうか?


 喉が焼け爛れるような激痛に襲われ、身体中が燃えるように熱くなる。


 体温が上昇し、高熱を発してる証拠だ。


 ……ヤバい、頭痛がしてきた。

 視界がぐわんぐわんする。

 吐き気もだ。


 ――これで三度目。

 生まれてから僅か一ヵ月で、三度もこんな経験をしている。


 理屈はわからないが、この〝魔沸〟というのは定期的に起こるようなのだ。

 最悪である。


 基本的に一日で収まりはするのだが、味わう度にこのまま死ぬんじゃないかと思うよ。


「うえぇん! うええぇぇん!」


 反射的に泣き叫ぶ。

 たぶん赤ちゃんの防衛本能なのだろう。


 一度”魔沸”が起こってしまえば、後は耐えるのみ。


 どうか死にませんように……と祈って時間が流れるのを待つ。


 敢えてできることがあるとすれば、沸き上がろうとする魔力を必死で抑え込むくらい。


 身体の奥に留まるように、留まるように……。


 そうイメージし、魔力を抑えようすると、ほんの少しだけ楽になる気がするのだ。

 プラシーボ効果かもしれんが。


 まあプラシーボでもなんでもいい。


 少しでも楽に〝魔沸〟を乗り越えられるなら、それが一番だ。


「あうぅ……ふぎゃあ!」


 高熱と喉の痛み身体が弛緩し、お尻からぶりっとうんちを放出。

 不快極まりない。


 うぅ……がんばれ、リッドの身体……。

 どうにか耐えるんだ……。


 やれやれ、こんなことがあと何回続くのやら……。

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