転生モブ子爵の0歳から始める努力&無双 ~魔術が使えないとバカにされる田舎貴族に転生したけど、赤ちゃんの頃から努力したら王国最強の"呪言使い"になった件~

メソポ・たみあ

第1章 幼年期の始まり

第1話 赤ちゃんに転生したらしい


 もう無理。もう仕事行きたくない。


 終電間際の電車に揺られつつ、内心でそうボヤきまくる。


 もう嫌じゃ。

 もう仕事なんぞ行きとうないんじゃ。


 朝六時に起床して歯を磨いてシャワー浴びて、そんで出社したら夜中の十二時近くまで仕事。


 おまけに月に最低三回は残業のせいで家に帰れない日がある始末。


 飯だってずっとコンビニで済ませてるし、肩も首も腰もずっと痛いし、不健康極まりない。


 仕事、仕事、仕事……。

 そんな毎日の繰り返し。


 つら過ぎるってマジで。

 地獄だろホント。


「でも明日は休みだからな……。今夜は徹夜で新作ゲームプレイするぞ……」


 社畜に許された数少ない癒し。

 それがゲーム。


 今週は新作のファンタジーRPGが発売されたからな。


 家に帰ったら速攻でPCにダウンロードして、目一杯遊ぶぞ!


 帰路の中でそう意気込み、ようやく自宅アパートに到着。


 スーツを脱ぐよりも早くPCを起動し、ゲームをダウンロードする。


 画面に表示される〝待ってねWAIT〟の文字。


「この待ち時間が苦痛なんだよなぁ。今の内に飯でも……あっ、ヤバ……眠気が……」


 疲労から一気に睡魔が襲ってくる。

 どうしようもなく、堪らずベッドに倒れ込んだ。


 そして徐々に、瞼を開けていられなくなっていく。


 朦朧とする意識がプツリと途切れる直前に見たのは――〝ようこそWELCOME〟と表示されたPC画面だった。




 ▲ ▲ ▲




「――それでは旦那様、よろしいですかな?」


「……ああ、頼む」



 ……ん?

 なんだろう……?


 誰かが会話してる?

 ここ、人ん家なんですが?


 まさか不法侵入?

 でもしっかり鍵閉めたはずなのに。


 まだ目が霞む状態で身体を起こそうとする。


 だが――上手く動かない。

 

 手足を縛られてる感覚はない。

 どちらかというと金縛りに近いというか、やけに身体が重いような……?


 スマホを取って警察を呼ぼうにも、それすらままならなそうだ。


 仕方ない、こうなったら大声を出して人を呼ぶしか――


「――だぁ!」


 ……え?


「あぅあぅ、ふぎゃあ!」


 ……あれ?

 今の、なんだ?


 確かに今、「誰か!」「来てくれ、おーい!」って言おうとしたはずだよな?


 なんだかまるで、赤ちゃんが叫んだみたいな感じだったんだけど……?


「おおリッド。よしよし、大丈夫だ。きっと無事に終わるからな」


 誰かが頭を撫でる。

 とても大きな、ゴツゴツとした手で。


 ……リッド?

 誰だよ、それ?


 なにが起こっているのか全く把握できずにいたが、ようやく目の霞が晴れてくる。


 そしてパチッと瞼を開くと、最初に見えたのは木造の天井だった。


 太い木の柱が何本も組まれ、屋根を支えている。

 田舎のコテージなんかでよく見るあの光景だ。


 さらに視線を落として周囲を見てみる。

 煉瓦造りの壁に、火の焚かれた暖炉、やけに古びた木製家具の数々……。


 明らかに見覚えがない。


 我が家はこんなに情緒溢れるデザインじゃなくて、普通の1DKのアパートの一室だ。


 ここは――どこなんだ?


 一体――どうなっちまったんだ?


「……始めてくれ」


「では、〔刻印の儀〕を執り行いますぞ」


 すぐ傍には男性が二人立っていた。


 一人はまだ二十代と思しき精悍な顔つきで、がっしりとした身体と短い金髪が特徴。


 もう一人は司祭服ローブを着た白髪の老人。


 二人共やけにデカく、まるで巨人のように感じる。

 かなり怖い。


 ……いや、違う?

 彼らが大きいんじゃない?


 こっちが、小さいのか?


「ふぎゅっ、あーうー!」


 必死で手足をばたつかせる。

 その時にチラッと自分の腕が見えた。


 成人のそれとは明らかに異なる、プヨプヨで短い腕と指先。


 ――ようやく気付く。


 まさか、この身体は――


「この者に刻印を刻み、魔力を目覚めさせ給え――〔エングレイヴ〕」


 老人がなにかを唱えた――瞬間、心臓がドクンと跳ね上がる。


 一気に脈が上がり、激しい動悸が襲ってくる。

 今にも胸が張り裂けそうなほど苦しい。


「ほぎゃあ! ほぎゃあ! うえぇ!」


 心臓が破裂する。

 身体が耐えられないのではないか。


 そんな恐怖に怯え、泣き叫ぶことしかできない。


 ――けれど、胸の動悸は意外にもすぐに収まった。


 しかしすぐに別の部位に激痛が走る。



 ――――〝喉〟だ。



「あ゛ぅ……! けほっけほっ……!」


 胸の代わりに喉が裂けそうになり、もう叫ぶことすらままならない。


 さらに――焼けつくような痛みの中に感じる、喉の奥からなにかが湧き上がってくる感覚。


 これは……?


「どうしたんだ!? 儀式は失敗か!?」


「い、いえ、これは……」


「答えろ! 息子は助かるのかと聞いている!」


「…………成功です」


「なに……?」


 二人の男が言い争っている間に、喉の痛みは徐々に引いていく。


 すると白髪の老人が顔を覗き込んできた。


 いや、正確には……喉元を。


「刻印はご子息の身に刻まれました。ですがこれは……」


 彼は喉に優しく触れる。

 まるで珍しいモノを見るような目で。


「刻印が……”喉”に刻まれました。こんなのは見たことがありません」


「だ、だが刻印が定着したということは、魔力があるということか……? この子は魔術が使えると!?」


「それは、間違いないかと思われますが……」


「ならば十分だ! いや、無事に儀式を終えてくれただけでも十分過ぎる!」


 金髪の若い男は嬉しそうに言うと、おもむろにこちらへ手を伸ばし、抱きかかえてくる。


 その頃には、もうすっかり喉の痛みは引いていた。


「よしよし、本当によくがんばったな……!」


「あうぅ……ふぎゅ?」


「わかるか? お前は我がスプリングフィールド家に百年生まれなかった逸材だ」


 彼は安堵した様子で、愛おしそうに顔を指で撫でてくれる。


「……お前は俺のように、他の貴族たちに疎んじられながら生きることもない。本当によかった」


 ……他の貴族?

 疎んじられる?


 イカン、やっぱりなにを言ってるかわからない。


 ……あ、駄目だ、痛みと戦った疲労感のせいかまた眠気が……。


 結局、現状の把握すらできないまま再び眠りに落ちる。


 ――いや、たった一つだけわかったことはあるか。


 どうやら自分は、赤ちゃんに転生してしまったらしい――と。

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