対決②

状況はあまり芳しくない。


投げ飛ばした木崎と室伏……中肉中背の方が徐々に回復し、上半身を持ち上げ始めている。


ひょろ長い方は肩と肘を痛めたのか、うずくまっている。まだ、暫くは大人しくしていそうだ。


中肉中背が復活すれば、おらくは単純な暴力による喧嘩になる。


そうなれば勝ち目は薄い。


その前に、芳川のスマホを回収し、屋上から脱出しなければ。命の危機を感じ始めていた。



「さあ、どうやってスマホを渡す? 僕に手渡ししてくれるのか? 」


芳川が指揮者の様に手を広げ煽ってくる。



「まず、……木崎と室伏から離れろ」


「臆病者だなぁ……藤井くんは〜」


芳川はヘラヘラしながら二人から離れた位置に移動する。


俺も芳川と一定の距離を保ちながら弧を描くように下がっていく。



「スマホを足元に置け。俺も足元に置く」


芳川が上着のポケットからスマホを取り出し、それをコンクリートの床に静かに置いた。


俺も自分のスマホを慎重に置く。



「お互いに反時計回りに距離を取りながら相手のスマホを取りに行く……それでどうだ? 」


「いいだろう」


芳川は俺の正面の約10m先にいる。出入口は右手にあり、約40mほどの距離にある。


出入口付近には木崎と室伏の二人が横たわっている。


スマホを奪ったら走って逃げたいところだが、横たわっている二人が邪魔なのと、出入口は引戸なので開けている間に捕まる可能性がある。


はっと息を吐く。北風が強くなってきて、白い息が見える。髪も瞬く間に乱れていく。


お互いに警戒しながら、ゆっくりと歩み始める。反時計回りに動きながら、相手の一挙手一投足を見逃さないように注意を払う。


シナスタジアの精度を上げるため、小さく舌打ちはしながら手を広げる。


音や声は空気の影響を受けやすい。


そのため、風の強さなどでシナスタジアの感度が良くなることも悪くなることもある。


今日はそういう意味では微妙だし、気を抜けない。


スマホまでの距離が半分になったとき、芳川が何かを投げてきた。


俺の意識がスマホに向かった隙を狙ったのだ。


足を狙ってきたのは察知していたので、すぐにかがんで回避する。


太ももに何かがかすったのは感じた。


少し離れた場所で、金属がコンクリートに当たる音がしたが、そのことを気にする余裕はない。


急いでスマホを確保し、芳川の位置を確認する。近い。すぐ後ろだ。


前方に飛び、距離を取りながら芳川を振り返る。芳川が右手に持っていた黒い箱から、小さな雷が放電されている。


そして、その雷が俺の右のふくらはぎに当たる。


その瞬間、ふくらはぎの筋肉が萎縮し、感じたことのない激痛が走る。



「がぁっ!!」


痛みに反応して、右足が跳ね上がり、芳川の持っていたスタンガンに直撃。スタンガンは手から飛んで行く。


カッ、カッと音をたてて眼の前にスタンガンが落ちた。


俺はすぐにそれを拾った。芳川はスタンガンを警戒して後ろに退く。


芳川は顔はこちらを向けたまま、10mほど後退した。芳川はその場でしゃがみながら俺のスマホを拾う。


「はぁ、はぁっ……」


気がつくと俺は息が荒くなっていた。


右足のふくらはぎは違和感があるが、動けないわけではない。



「いやぁ〜参った。藤井くんは運が良いね。羨ましいよ」



そう言いながら、芳川が中肉中背の方に近づく。


「室伏、悪いけどナイフ拾ってもらえる?」


中肉中背……室伏はナイフを拾うのを躊躇ったが、芳川の異様な雰囲気に気圧されて拾う。


「悪い、室伏。それ持ってて」


そういうと羽織っていたジャンパーのポケットから革製のグローブを取り出し、両手にはめていく。


つけ終わると室伏からナイフを受け取ろうとするが、室伏が中々ナイフ離さない。



「よ、芳川さん、さすがにナイフはまずいっすよ」


「室伏ぃ……ビビってんのか? お前ら散々、善良な中学生を殴ってたじゃないか」


……やはり、木崎も室伏も碌な人間ではなさそうだ。



「僕は見てたぜぇ、泣き叫んで許しを請う中学生に後ろから石投げて、動かなくなったところをフルボッコにしてただろ」


芳川は室伏に息がかかるくらい顔を近づる。


「その後始末するの、大変だったよ」


室伏は青ざめ、絶望した顔をしていた。


その顔を見て、芳川が恍惚とした表情を浮かべる。


芳川は室伏からナイフを奪った。


「お前の役目はここまでだ」


そう言うとナイフを握った右手で室伏の顔面を殴った。


よろめいたところにボディブローを打ち込まれる。


「ゲェェ……」


レバーに入ったのか、室伏が腹を抱えてうずくまる。


そこに芳川が室伏の後頭部をナイフの柄で滅多打ちにする。


暫くすると室伏は意識を失ったのか、動かなくなった。



「はあ、はあ、はあ……人の心が崩れていく様子、面白いよな。最高のショーだ」


芳川が動かなくなった室伏を愛おしそうな目で見つめる。その瞳には狂気が宿っていた。



「ヒッ……た、助けて」


それを近くで見ていたひょろ長い方が這いつくばりながら逃げようとする。


芳川が見逃すはずがなかった。



「逃げんなよ、木崎。ずっと一緒にやってきたじゃないか」


そう言って、木崎の顔をサッカーボールのように蹴り上げる。


今度は狂ったように木崎の腹を蹴る。痛がる木崎を見て興奮したのか、芳川の暴力はさらにエスカレートする。


俺は恐怖で身体が硬直していた。


このままでは死人が出るかもしれない。


俺なら止められるはずだ。スタンガンを使えば簡単に無力化できる。


でも、怖い。死にたくない。


徐々に動かなくなる木崎を見て絶望する。次は俺の番か……。



『藤井くんも一人じゃないからね』



その時、ひらきの声がフラッシュバックした。


硬直してしまった筋肉を無理矢理動かす。



「うわああああああああっ!!!」


力一杯体を動かし、芳川に向かって突進する。スタンガンから放電音が鳴る。


芳川はすばやくこちらを振り返る。


即座にファイティングポーズを取り、迎撃態勢に入る。


右手には鈍く光るナイフが見えた。


これは喧嘩だ。試合じゃない。


俺は芳川の少し手前でピタッと立ち止まった。急な動きに驚いた芳川が不可解な表情で俺を見つめる。


俺は出入口の方に視線を送る。



「こっちに来るな、ひらき!芳川はナイフを持ってる!」


芳川が出入口の方を振り返った。



「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁ」


俺はその時を狙って距離を詰め、芳川にスタンガンを押し当てた。


バランスを失い芳川が後に倒れる。そこに、これでもかと言うくらいスタンガンを放電し続けた。


意識を失ったのか、芳川は沈黙する。


震える手で、芳川の上着のポケットから自分と山下のスマホを回収する。


よろよろと出入口に向かった。


もちろん、ひらきはそこにはいない。それはブラフだ。


出入口の扉を開けようとした時、ガクッと膝から崩れ落ちる。


右脚に力が入らない…スタンガンのせいか?


ふくらはぎに違和感を感じる。確認すると、ナイフが刺さっていた。


視界の端に、四つん這いの芳川が見えた。



「藤井くん、逃げるなよ。まだ話が終わってないだろう」







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