着信
「コレクターが誰なのか分かったのか?」
俺はひらきに尋ねる。
「うん、まずりえピンはコレクターの……」
ピリリリリリリ。
俺のスマホの着信音だった。
「ひらき、ちょっと待っててくれ。」
そういうと、店の角に移動しつつ相手が誰なのか確認する。
『非通知』
普通は出ない。普通なら。
だが、このタイミングだったからだろうか、粘っこい嫌な感覚が拭えず電話に出た。セールスや勧誘の電話ならすぐに切ればいい……その程度に考えていた。
「もしもし」
『やぁ、藤井くん。芳川だよ』
ぎょっとして、スマホを落としそうになる。
「どうして俺の電話番号を……」
『良かった、その反応を見る限りまだこちらの手の内を理解していないようだね。安心したよ』
本当に何が目的なんだ。
『これから俺のお願いを聞いてもらおうと思ってね。面白いものを用意したんだ』
「何を言って……」
『今、君のスマホにメールを送った。添付ファイルを開くといい。一旦電話を切るからじっくり確認してくれ』
そういうとブチッと電話が切れた。終話と同時にプッシュ通知が入る。
『yamai@yoga……』の宛先からメールが届いた。タイトルには『警告』とだけ書かれていた。
本文は無く、添付ファイルのみのようだ。
画面を下にスライドすると、写真が表示された。
そこには目を疑うようなものが写っていた。
山下の下着姿……?
思わず目を反らす。
いや、なんでこんな物が……。だが、状況がわからない。止む無く、もう一度見ると他にも何人か女子が写っていた。
これ、もしかして……女子テニス部の部室か?
まさか、盗撮写真?
画面下に見切れた画像が見えた。スライドしてみると、今度はひらきらしき人物が写っていた。
上から見下ろすようなアングルで、後ろ姿に上半身は裸、下半身は下着一枚のあられもない姿が写っていた。
慌てて画面を消す。
これは……ひらきの自宅?
なんで、こんな写真が……。
ピリリリリリリ。
また、着信が入ったので電話に出る。
『どうだい、良い目の保養になっただろう?』
「……どういうつもりだ!?」
『慌てんなよ、これから説明するからさ』
電話越しに嫌らしい顔で笑う芳川の顔が見えるようで、怒りが湧いてくる。
何故だ……何故なんだ。
勉強が出来て、運動神経も良く、見た目も整っていて、教師からの評判も良い。
絵に描いたような優等生がわざわざ外道を歩むのか?
何が不満なんだ。
芳川が相容れない存在なんだと、このとき初めて認識した。
『桧川さんとは付き合ってた事があってね。その時に写真を撮らせてもらったんだ』
ひらきと付き合っていた……?
ザワザワと心にさざ波が立ち、芳川に対する嫌悪感と苛立ちが冷静さを奪っていく。
「黙れ……目的はなんだ?さっさと話せ……」
『この他にも写真はあるんだ。これをね……裏サイトに公開する』
正気の沙汰ではない。
「お前……これが犯罪だと理解しているのか?」
『……おっと、あんまり大きい声を出すなよ。近くに桧川さんがいるんだろ?』
チラッとひらきが見えた。こちらの様子を伺っているようだ。
ひらきの顔を見るのが辛くて目を反らしてしまった。
『公開を止めて欲しいなら、9時に学校の屋上に来い。一階東棟のベランダの鍵が開いている。そこから入ってこい』
「ああ……」
『後、この事は他言するな。無論メール、SNS……あらゆる連絡手段を使うな。こちらにはそれが分かる』
「……分かった」
そういうと、電話はブツッと切れた。
それと同時に少しだけ冷静さが戻ったのか、この会話を録音しておくべきだったと後悔の念が俺を襲う。
できるだけ気を抜かずに席に戻る。ひらきが心配そうに俺の顔を覗き込む。
「藤井くん、大丈夫? 誰からの電話だったの?」
ひらきから目を逸らしつつ、取り繕う。
「いや、母さんからだった。遅いからどうしたのかって。そろそろいい時間だしな」
「ねぇ……なんか、顔色悪いよ。 本当に大丈夫?」
「ああ、病院の件もあったから疲れが出たのかもな」
動揺が顔に出ていないか不安だった。だから苦笑いして誤魔化す。
だが、中上が何かを察したのか指摘をしてきた。
「電話の相手……それ本当に母親か?」
……まずいな、流石に生活指導の教師に嘘を突き通せる気がしない。
だから勢いに任せて思いつきを喋った。
「今日は……母さんの誕生日なんです。うっかりしてて」
「そうか、なら早く帰らないとな」
中上はあっさり引き下がってくれた。拍子抜けしたが、正直なところ助かった。
ひらきがそれを聞いて反応した。
「そんな大事なこと、何で黙ってたの?」
「あ、悪い。今日はいろいろあったから一杯一杯になってたみたいでさ」
チクリと胸が痛む。
「なら、今日は解散にしようか。コレクターの件は後でメールしとくよ」
ひらきが気を遣って解散の方向に持って行ってくれた。
「じゃあ、私たちも帰りますね。江川っち、行こう」
「おう。じゃ、皆さんお疲れ様っす」
今村、江川も立ち上がる。
中上先生は正樹部長の後片付けの手伝いをするということで店に残った。
「みんな気をつけてな」
正樹部長に見送られて船着き場を後にした。
俺はひらきを後ろに乗せて家まで送る。道中、不思議なくらいひらきは大人しかった。
「藤井くん、手が寒いから藤井くんのダッフルコートのポケットに手を突っ込んでいい?」
「えっ、いや……あっ!」
ひらきはこちらの承諾を得ることなく、勝手に手を突っ込んできた。
「うん、温かい」
ひらきは嬉しそうにそう言ったかと思うと、その後は何も喋らなかった。
だが、家の前に着いた時だった。
家でひらきを降ろして帰ろうとすると、ひらきが背中越しに質問をしてきた。
「ねえ、何を隠しているの?」
「別に何も」
ひらき相手に言葉選びが意味がないことを知っている。だから、できるだけ簡潔に答える。
「そう、分かった」
……中上といい、ひらきといい、あまりにあっさりと引き下がるのには違和感はあった。
だが、気にしている場合ではない。
行かなくちゃ……
だが、ひらきが話を続ける。
「藤井くん、りえピンのアカウント……きっと伝えたい情報が入っているんだと思う。今、確認しよう」
……ひらきに言われるまで忘れていた。ただ、それは今確認すべきなのか?
「藤井くんは私に話せない事があるんでしょ。なら聞かない」
「でも、そんな暗い色のまま行かせるわけにはいかない」
思わず振り返ってひらきを見てしまった。
左手の腕時計は7時50分を指していた。確かにまだ時間は……ある。
スマホを取り出した。
確認できるのは山下のクラウドサーバのデータと受信メールくらいだ。
山下のアカウントでクラウドサーバを確認する。中を見て驚いたが、ほとんどデータが保存されていなかった。
画像は数十枚程度上がっていた。
中を見ると山下のおばさんの見切れた顔写真が沢山入っていた。
少し下からのアングルが多い……。これ自撮りか?
それにしては半端な画像が多い。
「写真の日付がりえピンが事故にあった日より後だね」
いつの間にかひらきが横に来ていた。
「後、今日の日付の写真。ピンポケしているけど……芳川じゃない?」
写真の撮影時刻を確認すると時間は7時10分だった。
山下のスマホで芳川が自撮り?何のために?
写真はこれで最後だった。
受信メールも確認する。英語の件名でメールが数十通届いていた。
適当に一通メールを開く。
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[Caution]Detect invalid input.
2023/5/12 11:13:15
1256
---
他のファイルも開くが似たような内容だ。日時や数字が毎回違ったのと桁数が4桁〜8桁に変わっている程度の差だ。
これはまさか……。
腕時計の針は8時27分を指していた。時間を使いすぎていた事に気がつく。
顔を上げるとひらきがこちらを見ていた。
「行くの? 」
「ああ、そろそろ行かないと……」
そう言うと、ひらきは俺の手を握ってきた。今日、何度目だろう。
ひらきの手は熱を失って凍えていたが、とても落ち着く感じがした。
「藤井くんも一人じゃないからね」
「分かった、行ってくる」
そう言うと自転車に跨り、今度こそ出発した。
ひらきが大きな声で叫ぶ。
「コレクターだけどね。正体は……」
正体を聞いて耳を疑った。
だが、なるほど、今日の不自然な行動の理由はそういうことか。
時間がない。急ごう。
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