伝言

暗くなった校舎を後にして、ひらきをいつものコンビニまで送ることにした。


コンビニについたので、ひらきに荷物を手渡そうとすると、腕を掴まれた。


「藤井くん、私の家に来ない? 」


唐突な提案だった。


俺も山下からの手紙に何が書いてあるのか少しは気になっていたし、きっとそういう話をしたいのだろう。


でも、その内容を聞くことすら気力がなかった。


本音を言えば、ただ帰りたかった。


でも、ひらきを放っておけば間違いなく遺失物事件の調査を今まで以上に進めてしまう。


もう一度、山下のような事態が起こることは絶対に避けたかった。だから、ひらきの提案を受け入れざるを得なかった。


「分かった。少し寄らせてもらうよ」


ひらきに自分の心のうちを見せないよう、できるだけ平静を装って返事をした。

 

 コンビニからほんの数分歩いた場所に、ひらきの家があった。


「ここが私の家」


木造二階建てのアパートだった。お世辞にも綺麗とは言えない古びた外観の建物だ。


ひらきは一階の一番手前、角部屋の101号室に住んでいる。


外には洗濯機が置かれており、格子のついた窓は曇り硝子になっていて中は見えない。


ひらきが鍵を開けると、


「あがって」


と言われた。


ひらきの声を聞き、俺は以前山下から聞いたことを思い出した。ひらきは一人暮らしをしているのだ。


迂闊だった。


建前上、一人暮らししていることは知らないことになっている。


どう反応するのが正解なのかと思案していると、ひらきに手を引かれた。


「……たぶん、私が一人暮らしをしていること知ってるんでしょ。変な気を使わなくていいよ」


見透かされていたようだ。


「ごめん……」


「謝らなくていいよ。さ、どうぞ」


そう言うと、ひらきはスリッパを出してくれた。


玄関すぐの右横にガスコンロ、シンク、作業台というよく見る構成の小さな台所があった。


左にはユニットバス、食器棚やゴミ袋なども置いてあった。


台所を抜けるとスライド式のドアを隔てて、ダイニングがある。


ベッドにテーブル、そして勉強用の机とウォークインクローゼットがあった。


そして、壁には母親の遺影が飾られていた。


端的に言うと質素で無駄なものがなく、ミニマルな部屋だった。


いや、生活感がない……という方が正しい表現なのかもしれない。


カバンを置いて、上着を脱いだ。


床の座布団に座ると、ひらきは熱いお茶を淹れてくれた。


「よかったら、飲んで」


外が寒かった事もあって、熱いお茶が身体を内側から温めてくれる。


「なあ、ひらき。どうして俺を家に誘ったんだ?さっきの手紙の話を聞かせてくれるのか? 」


「手紙の件は話そうかどうか……正直悩んでる」


ひらきは両手に持った湯呑みを一口飲んでから話す。


「『一人で大丈夫』って、言っちゃったしね」


ひらきが力なく笑う。


俺は何も返す事ができなかった。


ひらきは全部分かっていたのかもしれない。彼女のシナスタジアなら俺が今どんな精神状態なのか手に取るよう分かるはずだ。


こんな初歩的な事にも頭が回らないなんて……。


自分が如何にボロボロになっているか、今更理解した気がする。


「ただね、藤井くんを家に招いた理由は話しておこうと思ってね」


ひらきの顔を見る。



「私はずっと藤井くんを探していたの。やっと見つけたから手離したくないなと……思っちゃったの」



……ずっと探してた?俺を?



「『意味がわからない』ってシナスタジアが言ってるね」


ひらきは俺が右手で触れている湯呑みを見ながら言った。


「まあ、そうだろうね。私は……ね、藤井くん、繋がりが欲しかったんだ」


ひらきの瞳は不思議な輝きで満ちていた。声からは色んな感触が伝わってきた。


温かさ、不安、安堵……恐怖。


定まることのない何か。


居場所がない……?


「だから、藤井くんを家に招いたのは私なりの信頼の証……かな」


ひらきはなんで一人暮らしをしているんだろう?母親が他界しているのは聞いている。


なら、父親は?


どうしていない?


沢山の疑問が雪崩込んできた。


ひらきは真っ直ぐな目で俺を見る。



「藤井くんの疑問に今は答えられない」



はっとして、湯呑みから手を離す。


また、心を読まれた。


ひらきは肝心なことを何一つ言わなかった。でも、一つだけ分かったことがある。



彼女は孤独なんだ。



居場所を求めて沢山友達を作る、明るく振る舞う。生きるうえで必要なことだったんだ……。



「私は狡いから、藤井くんが断れないお願いをしようと思っている」



俺は黙ってひらきの提案を待った。


ひらきは封筒を取り出した。


山下から貰った白紙の手紙だ。


手紙を取り出し広げると、ひらきは手紙を読み始めた。



「『いしつぶついちらんみろ』これがりえからのメッセージの全てだよ」



いまさら、遺失物一覧……?



「私は明日の放課後に遺失物一覧を確認しに行く。だから……藤井くんにも来て欲しい」


ひらきの提案は確かに断りにくいものだった。


でも、俺は……俺はどうしたいんだ?


ひらきと一緒にまた遺失物事件を調査したい?


それとも、ひらきと出会う前の静かな生活を取り戻したい?


でも、一人で行かせて山下と同じ目にひらきがあったら……。


駄目だ……考えが纏まらない。こんな簡単な事が決められない。



うつむいていると、右隣に座っているひらきの手が見えた。



手が震えていた。


なぜ?


何かに怯えている?


ひらきはさっき『手放したくない……』

と言っていた。


裏を返すと、俺がいなくなることを恐れていると……取れなくもない。


だから、「はい」一択のお願いをしているのか……。


ひらきは今にも泣き出しそうな顔をしていた。


これは確かに断れない……な。


「分かった、俺も行く」


「うん。頼むよ相棒」


ひらきは安堵したのか、力なく返事をした。


「そろそろ、7時になるし帰るよ」


そう行って立ち上がろうとすると、ひらきが袖を引っ張ってきた。


「送るよ」


「駄目だ。俺が家まで送り届けた意味が無いだろ」


「うん、だからコンビニまで」


止めても着いてきそうなので、渋々承諾する。


ドアを開けると寒さが身にしみた。吐く息の白さに冬の深まりを感じた。


空を見上げると星が輝いていた。


「あのさ、藤井くんもりえから手紙を貰ったでしょ。あれ中身は確認したの? 」


「いや、カバンに入れっぱなしだな」


山下の入院以来、億劫になってカバンの底に入れっぱなしになっていた。


そもそも、あれがなんなのか分からない。


「そっか」


意外な反応だ。


「『調べてよ』とか言うのかと思ったよ」


「調べて欲しいけどさ……無理強いはしない。明日、一緒に遺失物一覧を見に行ってくれるだけで十分」


あっという間にコンビニが見えて来た。


躊躇ったが、ひらきにどうしても気になったことを聞いてみた。


「なんで、一人暮らししてるんだ? 」


ひらきの方を振り向くと答えてくれた。


「そのうち話してあげる。でも、今の藤井くんには少し荷が重いと思う。だから今は教えられない」


今日のひらきは一つとしてはっきりしたことを言わなかった。


なんだか、もやもやして、一つくらいはっきりとしたことを聞きたくなった。


すぐに帰るつもりだったのか、少し薄着のひらきが寒そうに見えた。


カバンにしまっておいたマフラーを取り出し、ひらきの首に巻いてあげた。


「あ、ありがとう。でも、家はすぐそこだから……」


「もう一つ質問したい。だから、そのマフラーが対価だ」


なんだか、ひらきは嬉しそうだった。


「じゃあ、もう返さないよ? 」


「マフラーでよければ、いくらでもどうぞ」


精一杯、大げさに両手を広げておどけてみせた。


俺が気になっているもう一つのこと、それは白紙の手紙が何故今になって読めるようになったのか……だ。


「前に山下の白紙の手紙を見た時は文字は読めなかったよな?なんで、今は読めるんだ?」


「りえは紙と指の接触時間を調整して、時間差で見える文字を作ったんだよ」


今ひとつ、ピンとこない。


「それは時間経過で思念の色の見え方が変わると言いたいのか? 」


「そう、はじめに手紙を見た時は紙全体がりえの黄色で、何も見えなかったんだ」


なるほど、理解できた。


時間経過とともに接触時間が短い部分は思念の色が消えていく、その結果、最後に残った部分が文字として読めるようになるのだ。


だが、一つ疑問もある。


「少し回りくどいな。普通に文字を書いて渡せば良いと思うんだが……」


「そこは私も疑問なんだけど、きっと何か理由があるんだよ」


はぁ……とひらきが指先に息を吹きかけているのを見て、しまったな……と思った。


ひらきの手をそっと両手で覆う。


「いや……あの、藤井くん? 」


「手袋持ってないからこれで勘弁してくれないかな? 延長時間分の対価」


ひらきがちょっと下を見てくちを尖らせる。


「藤井くん……て、無意識にそういうことするよね」


「えっ、あっ!?悪い」


慌てて手を離す。


今日は本当に頭が回っていないようだ。普通に考えて嫌だよな……。


「じゃ、また明日」


「うん、また明日。夜道、気をつけてね」


振り返らず、手だけ振りながら帰り始めた。


ひらきのシナスタジアには無意味かもしれないが、できるだけ平静を装った。


でも、俺は気力を使い果たしたのか帰り道はフラフラになっていた。


この選択は正解だったのだろうか……。


見上げた空は雲が星の輝きを遮っていた。



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