手紙
いつもより20分早く起きたから眠い……。
山下いわく『朝練の前に寄りたいところがあるの』とのことだった。
あくびを噛み殺していると、山下が家から出てきた。
「おはよう、悟くん」
「りえ、おはよう」
……心無しか、山下が眠そうに見える。
「昨日、眠れなかったのか?」
「うん、ちょっとね……。でも、大丈夫」
山下がこちらを見て、笑顔を返す。
陽芽高に着くと、山下と分かれて今度はひらきを迎えに行く。
20分早く待ち合わせ場所に来てくれとは言えなかったので、待ち合わせのコンビニで軽めの朝食を取りながら待つことにした。
梅干しと焼き鮭のおむすび、お茶を購入すると、コンビニの前で開けて食べ始めた。
よく少食だと言われる。
体育以外だと定期的に通っている道場での練習以外に運動をしないので、あまり腹が減ることがないのだ。
ご飯を食べていると約束の時間10分前にひらきが来た。
「おはよう、ひらき」
ちょっと驚いた顔をしながら、ひらきが挨拶をしてきた。
「おはよう、藤井くん。なんか、いつもより来るの早くない?」
簡単に事情を説明した。
「りえピンは放っておくと身体を酷使するタイプなのかもね。あんまり、関心しないなぁ〜」
腕を組みながらひらきがぼやく。
確かに山下はそういうところがあるのは事実だ。
「あっ、そういえば山下からひらき宛に手紙を預かったぞ。学校ついてから読んでくれってさ」
「ふ〜ん……」
そう言って、手紙を手渡すとひらきはおもむろに手紙の封を切り始めた。
「おいっ、学校についてからって言ってたのに開けちゃって良いのかよ?」
「だって、気になるじゃん。藤井くんだって中身が気になるでしょ?」
秒速で約束を破るって、凄いな。
思わずひらきの様子をまじまじと眺めてしまった。
するとひらきが目を細めたり、手紙を遠くにしたり、近づけてみたり、果ては裏返しにしてみたり……不可解な行動を取り始めた。
「……老眼なのか?」
「違うわい!良く見てよ、この手紙!」
ひらきから手渡された手紙をよく見てみたが、ひらきの言いたいことが分かった。
「なんだ……これ?白紙じゃないか」
「うん、何も書いてないの」
今朝の山下は眠そうにしてたからな……。寝ぼけたのかもしれない。
「なあ、思念の色に変化はないか? 」
念のため、ひらきに確認してもらう。
「いや、いつものりえピンの黄色……だね」
ひらきの白紙の紙を見つめる眼差しが真剣だった。
本当に手紙を入れ間違えたのかもしれない。
「実は俺も手紙を貰ったんだ」
ブレザーの内ポケットから手紙を取り出して、ひらきに見せる。
「おぉっ。ラブレター?」
「い、いや、違うだろ……」
狼狽える俺の手からスルッと手紙をかすめ取った。
「あっ!!」
躊躇う素振りもなく手紙の封をあっさりと破る。
「お前、勝手に開けるなよ!」
「ん、何だ……これ?ラブレターじゃないのか……」
露骨にガッカリするひらきに呆れつつ、見たこともないアイテムを手に取る。
硬い何かが入ってるとは思ったが、なんだこれは?
薄く半透明のプラスティックの容れ物に手のひらサイズのCDみたいなものが入っている。
「何かのメディアかな?」
ひらきの方を振り返ると、彼女はまるで鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。
手には手紙を持っていた。
……こいつ、勝手に手紙まで読みやがった。
手紙をひらきから取り返し、書いてある内容を確認した。
『悟くん、後で中身を確認して』
俺宛の内容はこの一文だけだった。ただ、追伸が書いてあった。
『追伸 ひらきちゃん……勝手に手紙を開けるのは良くないと思うから今後は止めてね』
……怖っ!!
ひらきが手紙を勝手に読むところまで、予測して文章が書いてある……。
ここまで来ると、未来予知でもしているのではないかと疑いたくなる。
ひらきが驚くのも無理はない。
「な……なんて、色気のない手紙なんだ」
ひらきの目の焦点は定まらず、悲壮感すら漂っている。
…………。
アホなんだな、こいつ。
いつも通りの朝だった。平穏そのものだ。
これでいい。
気がつくと学校の正門が見えてきた。
人だかりができている。
どうやら、正門に救急車が止まっているようだ。
誰かの会話の声が聞こえてくる。
「……階段から落ちたらしいよ……」
何故だろうか、急に落ち着かなくなる。連日の事件が頭をよぎる。
鼓動が早まっていくのが分かる。
救急車の周りには数メートルの距離を開けて、生徒が人垣を作っていた。
陽芽高の先生が生徒たちの人垣を後ろに下げて、救急車の通路を確保している。
誰かが担架で搬送されてくる。
救急隊員の少し後ろを、髪の長い女子生徒が小走りについてきている。
「如月ちゃん……」
そうだ、如月生徒会長だ。
『朝練の前に寄りたいところがあるの』
昨日の夜、話した内容が蘇る。
ひらきに腕を掴まれた。
すごい力だ。こんな華奢な体のどこにこんな筋力が隠れていたのだろう。
「行こう、藤井くん」
痛いほど腕を引っ張られているのに、まるで石のように体が動かなかった。
俺は本当に石になってしまったんじゃないだろうかと錯覚する。
手が湿って、お茶を飲んだばかりのはずなのに喉がカラカラに渇いていく。
待て、待て、そんなわけがない。
ちょっといつもより早く学校に行っただけじゃないか。
「嫌だ……行きたくない、ひらき、行きたくない」
ひらきが泣きそうな顔をしている。
やっぱり、そうなんじゃないか……止めてくれよ、ひらき。
頼むから……何も言わないでくれ。言われたら、確定してしまう。
「あの色は……」
やめろ、止めてくれ。
嫌な予感がするんだ。
認めたくないんだ。
「りえピンだよ……」
人垣で山下の顔を確認できなかった。
救急車はサイレンを鳴らしながら、俺たちの横を通り抜けていった。
嘘だ、山下なわけがない。
救急車が去ると、人垣も先生も何事もなかったかのように校舎へと吸い込まれていく。
俺はただ立ち尽くすことしかできなかった。
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