追跡①

昨日は色々あった。


正直に言うとあまり面倒事に首を突っ込みたくない。


でも、ひらきの遺失物事件を解決したいという切実な思いに触れてしまった。


彼女は本気だ。


腕時計を見つけてくれたことは紛れもない事実だし、恩義がある。


事件解決までは協力をしよう。なんとなく、ひらきは危ないことをしようとしている雰囲気もあるしな…。


昨日、船場でひらき、山下と決めたことが一つだけある。


それは学校で3人が集まるのはやめようということだ。


ひらきはそれが大層不服だったらしく、ブーブー言っていた。


……が、話は昼休みに遡る。


昼休み開始のチャイムが鳴り終わるか終わらないかのタイミングでひらきはやってきた。


それもド派手に。


バタバタバタバタ。ガラッドン!ピシャ!!


仁王立ちのひらきが見えた。


……の後ろに申し訳無さそうに、山下がちょこんと立っていた。


今にも『たのもーう』とでも言い出しそうだ。


冷や汗が出た。凄く嫌な予感がする。ま、まずい早く教室から逃げなくては。


慌てて立ち上がったせいで、太ももが机に当たった。その勢いで前の席の関本の側に机が傾いてしまった。


奇跡的に関本の椅子の背もたれで、机の転倒は免れた。


「すまん、関本」


「俺は大丈夫。お前なんか焦ってないか?どした…」


関本のセリフに割り込むようにひらきが言った。


「あぁ、お腹が減ったなぁ。おや、藤井くんではないか!一緒に昼ごはんでもどうかな?」


ごっはぁぁぁ。ヘッタクソかぁ。


しかも、学校では集まらないようにしようという約束を忘れたのか。このバカ!


集まりたいときはSNSでという話もスッポ抜けている。


よほど酷い顔をしていたのか、関本が一言。


「藤井、ひ、桧川と友達だったんだな……。それは大変だ…」


どういう意味だ。


地味に目立たず、静かに暮らしたい。


常に日の当たらない場所を好んで歩く、俺の静かな生活はひらきによって崩壊した。


昨日危惧していたことが早くも発生した。


かつてないほど、クラスメイトからの好奇の目にさらされた。


かぁーっと、顔が火照りいたたまれなくなって、クラスを飛び出した。


「あっ、藤井くん待ってよ!」


…………


「あれはひらきちゃんが悪い」


山下が嗜める。


「そんなことないよ。凄い自然に声もかけられたし、違和感ないでしょ」


ひらきは本気で言っているようだ。


陽芽高の校舎は箱型で、中心部が吹き抜けになっている。


俺たちは中庭のテラス…もといボロい丸テーブルと椅子に腰掛けて3人で昼食を取ることにした。


「もう、いいよ。約束を破ってまで昼飯に誘うんだから何か伝えたいことがあるんだろ」


諦めたようにひらきに言う。


「そうだけど、こんな目立つ場所でお昼を取る必要ある?」


山下の疑問はもっともだ。


「もう、ド派手に目立ったからどこに居ても一緒だよ」


購買で買った焼きそばパンをほうばりながら言った。


「いやぁ…悪かったって」


ひらきはヘラヘラしながら、弁当箱の隅を箸でつついていた。


「でね、裏サイトについて少し発見があったから、それで声をかけようと思ってね」


それであの登場につながるのか。頬杖を付きながら話を聞く。


「掲示板の下の方にさ、件数と逆三角形が載ってたじゃない。」


ーーーーーーーーーーーーーー

【発見されていない遺失物】

4件▼


ーーーーーーーーーーーーーー


「この逆三角形の部分をタップすると人の名前と遺失物の名称が出てくるんだよ」


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【発見されていない遺失物】

4件▶

 10/5 桧川ひらき 革ベルト腕時計

 11/2 今村伊澄 金属製ベルト腕時計

 11/7 絵川拓夢 金属製ベルト腕時計

 2/2 中上卓也 スマートウォッチ


ーーーーーーーーーーーーーー


デザインが古臭いからそんな操作方法があるなんて気が付かなかった。


「ひらきちゃんの名前もしっかり載っているね」


と、山川が難しい顔でスマホの画面を眺めている。


「俺、ひらき以外知ってる奴いないな」


何しろ「根暗」な俺には友達が少ないのだ。


「私も一人知らない人がいるね。イマムーは女子バレー部の一年生で、絵川くんは柔道部期待のホープだよ!」


ひらきは本当に友達が213人いそうだ。でも断じて羨ましくなんかない!


「この中上って人…誰だろう…」


そこは山下が知っていた。


「誰って生活指導の中上先生でしょ?」


「えっ!?中上も時計無くしたんだ」


生徒だけではなく、先生まで遺失物事件の被害者だとは流石に思わなかった。


話した結果、腕時計をなくしたときの状況の聞き込み調査をしようという話になった。


「とりあえず、放課後に今村さんから声かけてみようか?」


…と、山下が提案した。


「なら私も一緒にいくよ。時間がありそうなら江川くんにも話を聞いてみようか」


「悟くんも一緒に来る?」


「いや、俺は別のアプローチをしてみたいから部活に顔を出してみるよ」


折角、裏サイトの情報を持っているんだから使わない手はない。


それにたまには部活に顔を出さないとね。


船場マスターから正樹部長が嘆いていると聞いてしまったからな…。


昼休みの予鈴が鳴り始めたのを合図に解散した。


……………



で、現在に至る。


時刻は午後3時55分。


ホームルームが終わってすぐにコンピュータサエイエンス部に向う。


自分の教室…2年3組は2階東棟の中間に位置している。


教室を出ると正面に吹き抜けの中庭が見える。そして左右の端に1つずつ階段があるがどちらも同じくらいの距離だ。


コンピュータサイエンス部は階段を上がって、西棟4階一番南側に拠点を構えている。


陽芽高は生徒の数こそ少ないが教室は沢山ある。昨今の少子化の煽りをうけて、定員割れが何年も続いているそうだ。


何が言いたいかと言うと、建物が人数に合わせて小さくなったら移動距離が少なくて済むのにな…と、いつも思っている。


あまりの広さに部室に到着する前に億劫になって、うっかり帰ってしまうのだ。


西棟の北側には音楽室があり、吹奏楽部が管弦楽器のチューニングをしている音が聞こえてくる。


楽器の音は特徴的な触覚があまりないので不快さはない。話し声もこのくらいの触り心地なら楽でいいのだが…。


そうこうしているうちに部室に到着した。ドアに技術室という札がかかっている。


技術室のドアを開けると数十台のノートパソコンが規則的に並んで配置されているのが見える。


そして、部屋からは常に低い音が聞こえてくる。ノートパソコンを管理しているサーバーが小部屋に入っているのが原因らしい。


入口から一番遠いところに部員が固まっていた。


「おっ悟、来たか!親父から聞いたぞ。昨日うちに着たんだってな。声かけてくれよ。水くさいぞ!」


早速、声をかけて来たのが正樹部長だ。


「ウス」


パソコンから目を離さず、返事だけしたのが安井だ。


安井は俺以上に根暗だ。会話も必要最低限しかしない。


「こんちわっす。今日はこれだけですか?」


後、2人部員がいるのだが、サボりのようだ。正直、いつものことだ。


「部長、ちょっと相談があるんですけど、いいですか?」


「珍しいな、いいぞ」


昨日からの経緯をかんたんに正樹部長に説明をした。珍しく関心があるのか、安井も聞き耳を立てている。


「なるほどなぁ…。裏サイトの噂は聞いたことがあったがこれが本物か」


正樹部長は裏サイトそのものに関心がないらしい。


だが、安井は違ったようだ。


「ほう……今月のパスワードはこれか……ありがとう。いい情報をもらった」


表情を変えず、パスワードを自分のパソコンに転送する。


「安井は裏サイトよく見るの?」


「ああ、まあそれなりに……」


それっきり、返事は返ってこなかった。壁とキャッチボールしているみたいだ。


まあ、それがこの部の人間の良いところだ。無駄に声に触れなくて済む。


「で、悟はこれをどうしてほしいんだ?」


「このURLから所有者の特定ができないかなと思って」


それを聞くと、正樹部長はパソコンのブラウザで何かを調べ始めた。


「ベタですけど、とりあえずWhoisっすね」


と、安井が言う。


不思議そうな顔をしていると、部長が嗜める。


「お前、コンピュータサイエンス部のホームページ作ったときに手伝わなかったから意味わかってないだろ」


安井が補足してくれる。


「Whoisってのは、インターネットのドメイン名やIPアドレスの所有者情報を検索するためのシステ厶のことだ」


お前勉強不足だぞ……という感触がした。よく、先生や先輩の発言で感じる感触だ。


恐る恐る手を上げる。


「はい、先生……ドメインってなんですか」


正樹部長と安井が目を合わせる。ため息をつきながら正樹部長が教えてくれた。


「ドメインというのはインターネット上の住所のようなものだ」


安井がさらに補足する。


「インターネット上のここにコンピュータサイエンス部のホームページがあります!……と表したのがURL」


正樹部長が部のホームページのURLを指さしながら、


「コンピュータサイエンス部のホームページのどのページのURLの中にも必ず含まれている……この部分がドメインだ」


「はあ、勉強になりました!先生」


正樹部長は腕組みしながらこういった。


「悟、お前全然駄目だな。今年は夏合宿を開催する。徹底的にインターネットの仕組みとホームページの作成、運営方法を叩き込んでやる!!」


やぶ蛇とはこのことだ。


毎年夏は宿題を初日に片付けて、バイト三昧とゴロ寝と決まっていたのに…。


「安心しろ、ホームページはWordPressをつかっているから素人でもかんたんに作れる」


ボソリと安井がいったが、また知らない単語が出てきた…ワードぷら?


聞かなかったことにしよう…。そんな話をしている間にWhoisの検索結果はでていたようである。


「やはり、代理登録されているな…何もそれらしい情報がでてこない」


ーーーーーーーーーーーー


ドメイン名: yogahs.mystery.online

登録者名: Privacy Protection Service INC d/b/a PrivacyProtect.org

連絡先: contact@yogahs.mystery.online

登録者住所: N/A

登録者都市: N/A

登録者州/県: N/A

登録者郵便番号: N/A

登録者国: N/A

登録者電話: +00.00000000

登録者FAX: +00.00000000

登録者メール: contact@privacyprotect.org


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……だが、正樹部長と安井は見たこともないようないい笑顔を見せていた。


「面白いな」


「ええ、面白いですね」


正直……少し引いた。だが、ひらきとは違う意味で本当に頼もしい仲間である。


「しかし、お前……結構、面食いなんだな」


突然、正樹部長が不可解な事を言い出す。


「な、何がですか?」


「桧川は陽芽高の生徒なら誰でも知ってるくらい有名人だ。あの美貌にモデル並みのスタイル」


む、…またしても誤解されているような。


「その代わり………ちょっと……あれなところがあるからな桧川は……」


正樹部長が言い淀む。


「まあ、桧川は良い奴だけど……ちょっと残念な子だからな……頑張れよ」


安井が憐れむような目で俺を見る。


「いや、おれ別にそんなつもり全然ないですよ。なんで、そんな顔で俺を見るんですか!?」


誤解は生まれたが調査はしてくれそうだ。


しかし……ひらきと出会ってから碌なことがない。


部活終了を待って、山下とひらきと合流することにした。




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