あした天使になぁれ
@kam10250429
第1話 ハーフエンゼル
早朝、総務省から出頭の要請があった。
突然の中央庁舎からの呼び出しに慌てた私は、身嗜み《みだしなみ》のひとつである羽根の毛繕いも忘れ、
クラウド通りを行かずにパラダイス・パークを抜ける近道を選ぶ。庁舎までは、ほんのひとっ飛びの距離なのだが、日頃は極力歩行することを心掛けている。
柔らかい光に包まれた公園のエリアは、
四季の花々が一度に咲き続けて、
大きく枝を広げる菩提樹の下で、聖書を繙く【天界の読み物はこれのみである】天使や、芝生で翼を休め、白雲綿菓子【天界の菓子はこれのみである】を手に、おしゃべりに熱中しているカップルの天使もいる。
私は知らされていない要件に不安を覚えながら庁舎の総務省に着いた。受付で私の名を告げると本館の内庭へ行くように指示された。
天使のランクが最下位の私では立ち入りを許されないエリアである。
入館証に記入して、入館許可シールを頭上の輪っか【天使のリング】に貼ってもらった。渡された庭園の案内図を手に、緊張の面持ちで内庭に入っていった。
五色の彩雲が膝下を覆い、私の歩みで揺れ渦巻いている。パラダイスの中のパラダイスとも云える庭園は、金木犀の香りが仄かに漂い、
私は威光に打たれ
頭上から清らかな
声が降ってきた。
「第一章 天使の休暇」
「ご苦労様、頑張っていますね。ご褒美にロングバケーションを許可しましょう。明後日のクリスマス・イブから一年間、地上界で休暇を楽しみなさい。」
妙音であった。大天使の御言葉に私は我を忘れ、喜び、飛び上がった。急激に翼を開いた為に左の翼が半開きだった。クルクルと左回りに宙を舞い、危うく墜落しそうになる。まるで新米天使のようだ。
私のそんな様子を微笑みながら眺めていた大天使は純白の羽根を広げ、自らが創り出した
初めての休暇だった。
天界は毎日をのんびり、まったり、じゃらんじゃらん【ブラリ・ブラリ】としている様に思うかも知れないが、とんでもないとてもハードなスケジュールが組まれた忙しいエブリディなのである。
人間界の教会で祈りを捧げるミサがあり、【天にまします我らが神よ、願わくば・・・】とくれば、すぐさま天界のもうひとつ上の天上界から【すぐに行け、GO】と指令が来る。大至急、駆けつけて願い事の大・小、願い人の魂のグレードを素早く調べ、善良心の計量分だけの願いを叶えるため、申告の代行をしたり、忙しいキューピットの手伝いで、黄金の矢で若人のハートをプチッと射ってあげて、ラブカップルを誕生させる。【私は不器用なので弓の狙いを時々外す】ともかく、東奔西走の毎日なのである。
ここでは時の流れが無い。いつから働き通しなのかわからないが、幾度か休暇願いを提出したこともあるので、それなりの期間は勤勉に務めたと思う。それが評価されたのだろう。いきなりロングバケーションとはラッキーだった。
思えば、私がここへ来た時、入天審査会で入天が不許可になりそうだった。けれど、審査長の大天使様が機嫌の良い日だったのか天界への住民届を受理してくれた。
私は、天使のトレードマーク、真っ白い翼を頂戴できると喜んだ。ところが、背に生えた翼には茶色の羽根が混じっていた。
理由は、私の心のクリーニングが不完全なことが原因であるらしい。
本来であるなら、天界への案内係、先導天使のポシェットに常備している消しゴムで簡単に消去できる人生記憶が私の場合しつこくこびり付き、消去が大変だったとのことで滅多に使わないランドリーマシンに魂を入れ、漂白剤なんかも大量に放り込んで、どうにか審査会に間に合わせたようだ。
それでもこの俺、なんだかとっても大切なものを残して旅立ってしまったような思いが心の底にあるんだよね。不良の魂に純白の羽根は貰えない。
だから私の翼には茶羽根が混じる珍種の天使。私の名前は″シュール天使″
明日はクリスマスイブ、休暇を取り扱うセクションの天界H・I・S【ヘブン・インクレディブル・サービス】から呼び出しがあった。私の住まいのツリーーハウスは
上層階、中層階、下級階ごとに1DKの住まいがそれぞれ五軒の小じんまりとした住宅樹だ。
雲土に育つ天界樹木は数百米の高さにまで成長する。中央区に
″高きで暮らす″は天界の住人の夢であった。私は低層の下級階の部屋からふぁりと翔び降りて【低層階なので翼は不要】クラウド通りを足早にH・I・S本部へ向かった。
彩雲の
名誉の為に一言話しておくが、私は飛ぶことが不得手と云う訳では無い。寧ろ飛翔力には自信がある。任務で地上界の欧州はモン・サン・ミシェル寺院から東洋島国の大浦天主堂まで無着陸で飛行したこともあった。
ただ、茶羽根の混じった翼を奇異な目で見られることが嫌なのだ。
真珠の光沢が美しい扉の前に立つと、そこがスッと消えて中へ誘う。
広いフロアの一方に長いカウンターがあり、上部に休暇期間別の案内ボードが吊り下げられていた。
一週間コース、六ヶ月コース、無期限コース等のロングプランの表示もあり、各係の天使が対応をしている。私が一年間コースのカウンター席に着くと、小柄で年配の天使が奥のデスクから立ち上がりやってきた。
辺りの天使たちが、お辞儀をするところを見ると、H・I・Sの責任者なのだろうか。
白い顎髭が威厳を象徴しているようだ。おそらく、純天使族と思われる。白髪や白髭などはこちらでは老齢を意味するものではない。天界では実質的に時の流れは無い。便宜上、タムスケールを日常に導入して生活行動を組み立てているだけなので歳を召すこともない。
そもそも天界は、天上界【神域】と地上界【人間・動物域】の間にある天使族の自治界なのである。
後に詳しく話す機会もあるだろうが、この天界には純天使族と、私のように一度、人間種として地上界で生を受けたエコノミークラスの天使たち、二種族が混生している。キャリアである純天使族が天界運営の主要ポストを占めているのは当然とも云えた。
「シュール天使さんですね。大天使様から一年間休暇コースの企画を申し遣っております。明日のイブから翌年のイブまでの休暇ですが、いくつかの注意事項等も含めてご説明をします。特に地上界休暇には厳守三ヶ条があります。」
白眉の下の円な目が可愛いく思える小天使なのだが横柄な態度で遵守事項の説明を始めた。
「まぁ、一般常識のことですが、一つ、天使であることを地上界で人間に知られてはならない。二つ、過去の記憶を辿ることは厳禁。三つ、地上界からの旅行土産品を天界に持ち帰れません。人間界の物品に附着している物欲といったウイルスが天界で蔓延しては大変ですから。以上の三ヶ条は必ず守って下さい。」
私は三つ目の禁止事項にはがっかりしてまった。昨日、マリア広場の喫茶店【聖水だけがメニュー】エンゼルフィッシュで働いていた美女天使に土産品を約束していた。
小天使は私の落胆した様子に少し気の毒そうな表情を浮かべた。
「では、明日から一年間の使用ボディを選んで下さい。」
小天使は分厚いブック状のカタログをカウンターに置いた。
「どうします、人間ボディにしますか?、鳩のボディなんてのもありますよ。 大空を自由に飛び回れますからお薦めです。鴉や鳶に注意が必要ではありますがどうです?」
私は鳥類のバージョンを丁寧にお断りして、人間のバージョン選択した。
カタログをパラパラとめくってみる。
牧師のボディ 和尚さんボディ インドのヨガ僧なんてのもある。いくらなんでもこれは絶対に嫌だ。せっかくの休暇を坐禅や苦行で過ごすなんて。こんなのをバケイションで選ぶ天使がいるのだろうか
"とても信じられない" おっと、この言葉は天界では禁句だった。私はカタログの二十一ページで目が止まった。
ー男性・アジア系・身長一七五cm・体重七十キロ・長髪・ブラックー。
写真がカタログの下欄に掲載されている。
私が思うに、そこそこのイケメンだ。
この写真にします、けどちょっと太目なんじゃないですか、六十五〜六十六キロではダメでしょうか?
小天使は私の言葉に驚愕の浮かべた。
「なんてことを言うのですか、天界では六の数字は禁数字でしょうが、悪魔の数字、六だなんて‥‥」
ウワァ〜、私も言ってしまった。主よ、お許しください。アーメン
そうだ、六と十三は忌み嫌われている。何かと規則の多い天界では数字にさえも注意を払わねばならない。失言は天使の品格を問われることになる。
申し訳ありません。カタログ通りで結構です、年齢三十二才、顔立ちも気に入ってますから
動揺から立ち直った小天使は、私からカタログを取り上げると二十一ページにある男性の写真と私を見比べている。
「そう云えばシュール天使さんの顔立ちとどことなく似通っていますね。どうせならもっとイケメンの男性を選んでも良いのですよ。さてと、旅行先は何処にしますか? アジア系の顔を選んでますから、北極でエスキモーと暮らす一年間なんてどうです? オーロラなんかも素晴らしいと思いますが」
私は小天使の薦めた提案に激しくかぶりを振った。
せっかく温暖な心地いい天国に住んでいるのに、冷たく凍てついた氷の世界なんてお断りだ。
「そうですか、他にはモンゴルの遊牧民もありますが」
小天使が指し示した後ろの壁には様々な旅行先のポスターが貼られていた。
その中の一枚に紅葉と五重塔 を写し出した 色鮮やかなポスターがあった。
"美しい四季、日本の旅"のキャッチコピーが私の目に止まった。
「決まりのようですね、日本にしますか?」
と言った
カタログを再度私の手へ返しながら
「次は一年間の生活バージョンですが、カタログの中から人間界での職業を選んでください。ただし、二十一ページを選んでいるので職業のバリエーションは多くありません。」
えっ休暇は褒美で頂いたと思ってますが、旅行なのに働くのですか?
旅行気分が萎えていく。
「天界も財政難です、一年間の生活費を支給なんてできません。」
カタログには五項目の職業が記載されていた。
一、海難救助隊【ライフセイバー】
二、ビルメンテナンス【高層ビル窓拭き】
三、緊急車両ドライバー【救急車】
四、電力会社【高圧線敷設作業員】
五、鉱山採掘作業員
「そこに記載されています五項目のどれっかになりますが、よく考えて選んで下さい。一度チョイスしますと変更はできませんので。」
いずれにしても変わり映えのない仕事ばかりである。
小天使さん、サッカー選手とか、歌手なんて職業はないのでしょうか
「そのような華やかな職業は選択肢にありません。私も忙しいので、この五項目の中から早く決めてください」
小天使は翼を小刻みに震わせ、冷たく言い放った。
私は、ビルメンテナンスの職を選ぶことにした
高層ビルの文字に都会の華やかさを僅かにオーバーラップさせて、暗くなる気分を宥めた。
「わかりました。窓拭きをチョイスですね。では
小天使は老眼鏡を額に押し上げ、席を立った。
奥の部屋に姿が消える時、私は小天使の呟きを確かに聴いた。
「せっかくの地上界休暇なんだから、もう少しイケメンを選べばいいのにね」
私は次第と薄れてゆく休暇旅行の期待をもう一度、復活させようとそこらに貼られた旅行ガイドのポスターを眺めていると、隣のカウンターで打ち合わせ中の老天使に 目がいった。
背の翼もあちこちと羽根が抜け落ちている、これでは飛行速度もグ〜ンと遅いだろう。どうやら旅行先が決まらずに迷っているらしい。担当の係天使が不謹慎にも欠伸をしている。カウンターの上に旅行ガイドのカタログが数点並べられていた。
美しいリングを装った土星の写真が掲載されたカタログには"土星の氷上リングでスケートを"の印刷がある。しかし、老天使にスケートは少し無理ではないだろうか。
欠伸をしていた係天使がカウンターの内側から、一枚のポスターを取り出し、土星のカタログの上に重ねて置くと面倒そうな口ぶりで言った
「とっておきのコースがありますよ。これなんかどうですか」
興味を引かれた私は確りと覗き見をする。
深淵の宇宙を背景に数億千の星々が渦巻く壮大な銀河が無数に煌めいている。
大きな文字のキャッチコピーには"一三七億光年の彼方へ"と超ド級スケジュールの言葉が使われていた。
なんと、宇宙の最果てツアーだ。
老天使は係天使の薦めるこのポスター手に取り、うっとりした表情を浮かべて云った
「旅先で何か楽しいオプショナルツアーなどあるのでしょうか?」
「いいえ、そのような企画は組まれていません。」
「そうですか、素晴らしいところなんでしょうね、現地へ行くだけで充分楽しめるということですね。」
老天使は気に入ったのか、ポスターを手に取った。
ところが、係天使の驚きの返答があった。
「と、思います。このコースを選んで出発した方は、誰も帰還していませんので」
私は思わず隣で叫んだ。
老天使さん、土星コースにしなさい!
あした天使になぁれ @kam10250429
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。あした天使になぁれの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ペダル先生の弁当箱/@kam10250429
★0 エッセイ・ノンフィクション 完結済 1話
三年C組デゴイチ班/@kam10250429
★0 エッセイ・ノンフィクション 完結済 1話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます