第八話 恐怖のメール

 見知らぬ場所で目が覚めた。

 咄嗟に周囲を見渡すが、すぐに力を抜く。


 病室だ。一人部屋。


 何よりもまずは、俺の腕だ。

 自然過ぎて気づくのが遅れたが、しっかりくっついている。

 気絶している間に処置してくれたみたいだ。

 動かしてみても、特に問題はなし。


 次。ここはどこの病院だ?


 ベッドの横の机に置いてあった個人端末を起動し、位置情報を確認する。


 ──埼玉だと?


 俺の記憶に間違いがなければ、俺は土浦で起こった蟲害で意識を失ったはず。

 救助に来た防蟲官を確認してから気絶したので、そのまま病院に搬送されたのだと思っていたんだが……。


 土浦は茨城だ。茨城の病院に送られるのが普通じゃないか?

 なぜ埼玉に?


 これ以上考えても仕方ないか。

 土浦の蟲害について検索しよう。


 あ、市役所からメールきてる。

 これも気になるが後で確認しよう。


『土浦 蟲害』

 で検索する。


『霞ヶ浦で大規模蟲害!』

 トップに出てきたのはこの記事だ。

 これだろうと思って開いてみると。


『かすみがうら市死者多数 付近の地域にも大きな被害』


 かすみがうら市。土浦市同様霞ヶ浦に面した市だ。

 防蟲隊茨城基地が置かれている。

 南東部は蟲の領域に近い地域ではあるが、防蟲隊基地が近くにあるので結構多くの人が住んでいる。

 霞ヶ浦から蟲が出てきてもすぐに防蟲官が倒すので、怪我人すらほとんど出ない。


 そんな市だったはずだが、死者多数とな?


 読み続けるとなんと、かすみがうら市にD級蟲のゲンゴロウの群れが襲いかかったらしい。

 土浦の蟲害はその余波だったようだ。

 防蟲官はかすみがうら市の対処に追われ、土浦の救助が遅れたということだろう。


 D級蟲の群れが人の領域に来るなんていうのはそうそう聞かない。

 間違いなくここ十年で最も大きな蟲害だ。


 これで俺が埼玉の病院にいる理由もわかった。

 そんな大きな蟲害があったため、茨城の病院は満員だったのだろう。

 それで俺のIDから住所を確認して、埼玉の病院に搬送した。


 納得した。防蟲官の到着が遅かったのもこれなら仕方がないだろう。むしろそんな状況だったなら早い方だと言える。


 ありがとう防蟲官!


 でも、茨城基地の隊員さん達は今後大変だろうな。

 マスコミにめちゃくちゃ叩かれそう。

 特に基地周辺の住民が被害にあったのがまずい。

 ネットに酷い記事が出たら擁護コメントでも残すか。


 俺が蟲具とか買った店の店主さんは無事だろうか。下級治癒薬、使っちゃったし補充しに生存確認がてら買いに行こうか。

 まあ、しばらくは自衛隊もあの辺うろちょろするだろうし、ほとぼりが冷めた辺りに。


 色々疑問も解けたし市役所からのメールも確認しておこう。


 どうせいつもの納税通知とかそんなんだろうと何の気なしにメールを開くと……。


『防蟲隊埼玉基地 事務科』


 ──は?


 目を疑った。

 市役所からじゃなかった。防蟲隊? なぜ?


 俺が受け取ったこのメールは行政メールと呼ばれる、国に登録した個人端末に行政機関から送られるものである。


 大体市役所からの通知メールで、稀に税務署からくる程度なので、俺は市役所からのものだとさっきは判断した訳だが……。


 行政メールは通常のメールとは違ったところに分けられる。

 行政メールの振りをした詐欺メールってことは無い。


 シンプルに謎だ。防蟲隊から行政メールが来たって話すら聞いたことが無い。


 ──まあ、読めばわかるか……。


 正直怖い。

 ビビっているが故、開くのに躊躇していたが、読まない訳にもいくまい。

 恐る恐る読み始める。


 まとめると内容はこうだ。


『ちょっと話が聞きたいから明日の昼過ぎ防蟲隊埼玉基地に来てね♡

 服装は学校の制服でいいよ♡

 もし明日は難しいようなら連絡してね♡

 明日予定通り来れるんなら連絡はいらないよ♡』


 つまりこれは……。


 ──呼び出しだ!


 なんだ? なんで防蟲隊に呼び出される?

 心当たりは全く無い。


 ブラックマーケットに行ったことか?

 いや、ブラックマーケットに行っただけじゃ捕まることは無い。


 蟲具を買ったことか?

 いや、店主さんは違法に販売してるんだろうが、購入するのは違法でない。


 じゃあ下級治癒薬を買ったことか?

 いや、店主さんは違法に販売してるんだろうが、購入するのは違法でない。あとあれは建前上濃いめの市販薬ってことになってる。


 では銃刀法違反か?

 いや、あれは護身用だ。


 正当な理由無く、刃物の携帯は銃刀法違反となる。

 治安の悪い繁華街に行くのに護身用としてナイフを持っていっても、それは正当な理由とは認められない。


 しかし蟲具となると話は少し変わる。

 蟲が出そうなところに、蟲から身を護るために蟲具のナイフを持って行ったら、これは護身用のものとして認められる。

 素手だとレアギフトを持ってない人には蟲への対抗手段が無いためである。

 一般人の蟲に対する自衛手段を奪うな! ってことでこういう法になった。


 つまりナイフも問題では無い。


 というかそもそもその辺は警察の担当であって防蟲隊のものでは無い。


 じゃあなんだ?


 あと思い当たる節なんかないぞ。俺は清廉潔白で人畜無害な優等生だというのに……。


 いやこのメールには話を聞きたいとしか書いていない。怒られるとは限らないか。


 蟲を倒した事だろうか。

 民間人でも、蟲を倒すとお金が貰えることがある。

 蟲の素材を売却した値段だ。蟲の素材自体は貰えない。


 ただこれも自衛隊の仕事だ。


 確かに今忙しいだろうけど、それで防蟲隊の、それも埼玉基地に手伝って貰おう、とはならない。


 ──駄目だ。もうなんにも思いつかん。


 ちなみに、仮にも救急搬送された人間にその次の日に来いってのは酷いと思うかもしれないが、これはむしろ逆で、配慮してくれているんだと思う。


 治癒薬による治療は一瞬で、リハビリなんかも必要ない。

 疲れに関しても、ぐっすり眠ったので今はスッキリしている。


 そんで明日は日曜日、休日だ。


 月曜日からは学校がある。学校帰りに寄らせるよりは、という配慮だと思う。

 さっさと来いって圧は感じられなかった。


 ありがたい。ありがたいが、むしろなんか怖い。


 ……いや、もうあんまり考え過ぎるのはやめよう。明日になったらわかる事だろ。


 大きく息を吸い、意識を切り替える。楽観的にいこう。


 うーん、病院のかおり……。


 ……駄目だ。俺の脳のポジティブを司る部分が震えあがっている。

 こうなりゃ明日までビビり続けるしかない。


 心を恐怖で震えさせながらナースコールを押した。


 するとすぐに看護師さんがやってきて、医師の元へ連れてかれ、診察を受けた。


 腕をペンでツンツンされたり、手をグーパーしたり肩を回したりした。

 気づかなかったが肩の脱臼もしていたらしい。


 異常なし、もしなんかあったら来てね、と言われそのまま退院。

 料金は高かったがまあ払える範囲だ。

 中級治癒薬はそれなりの値段がするが、蟲による被害の治療は保険がおり、割り引かれる。


 ああ、駄目だ。気分が沈んでいる。

 肉汁うどん食べて帰ろう。

 お腹いっぱいになれば少しは明るくなれるだろう。


 頼むぞ山田うどん。

 どうか、俺に笑顔を……。






 ■プロローグ 完





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る