搾取できないサキュバスちゃんたち
小花ソルト(一話四千字内を標準に執筆中)
序章
第0話 ミルク
その青年は、白い清潔なシーツの上で穏やかな寝息を立てていた。その枕元に、一本の小さな、ミルクの瓶を置いて。
(お腹すいたなぁ……)
けっして広いとは言えない寝室の、片隅の一等暗がりに、お腹を空かせた小さな少女が、床にお尻をつけて座り込んでいた。
(窓が開きっぱなしだったから、とりあえず忍びこんでみたけど、このあと、どうしよう……。まだ夢の中に入ったり、誰かの理想の女の子には、変身できないし……)
少女は、夜と性愛を司る夢魔であり、その中でもサキュバスと総称される種族だ。けれどもまだ誕生して間もなくて、すぐに疲れたり眠くなったり、長時間活動ができない。
夜行性だけど、もう眠い。しょぼしょぼする目をこすりながら、空腹の虚しさに必死で耐える。
(うぅ、力が出ないよ〜。寝てる人間を起こして搾取するやり方もあるけど、まだ習ってないからわかんないし……)
もっと大きくなったら、自然とできるようになると、担任の先生は言っていた。でも、今すぐ大人になる方法は、だれも教えてくれなかった。
……静かに立ち上がり、そっと近づいて、ミルク瓶に手を伸ばしてみた。指に触れたガラスの表面は、すっかりぬるい。
(お腹の足しには、なるかな)
もうすぐで手が届く、そう思ったら、ちょっとほっとした。ひさびさに笑顔になれて、ひとりでもちゃんとできるんだって、安心できた。
青年の瞼が、開くまでは。
「こんばんは」
穏やかな声だった。優しい弧を描くエメラルド色の瞳が、優しく少女を見つめている。
「どこから入ってきたの?」
尋ねられて、少女はミルクに伸ばしていた手を引っ込めた。おろおろして、背中に両手を隠してしまう。
衣擦れとともに、青年が半身を起こした。白い寝巻きは胸元が大きくはだけていて、繊細そうな顔立ちと雰囲気にとてつもなく不釣合いな、盛り上がった大胸筋が目立った。
「おうちの人は? 一人で来ちゃったの?」
青年が床板に足をつけ、ゆっくりと寝台から下りてきた。枕元のマッチ箱を片手に取り、寝台横の文机に置いたランプの芯に火を灯し、あっという間に部屋中の影が、灯りの炎とともに揺れ動く。
驚いて部屋の隅に逃げてしまった、とっても小さな少女。栗毛にピンクを一差ししたような、不思議な色合いの長い髪が、背中を半分覆うような長さで揺れていた。青年が初めて知る髪色だった。
本棚の陰に半分隠れて、おろおろと縮こまっている。
「あの……えっと、えっと、ごめんなさい」
「ふふ、べつに怒ってないよ」
青年は朗らかにしているが、揺れる灯りにくっきり浮き上がる筋肉美が、より一層少女に恐怖を与える。
寝起きでぼんやりする頭で、青年は少女を観察した。手足はすらりと長いけれど、子供らしく低頭身で、裸の胸らへんに黒の大きな花びらが二枚だけ貼り付いている。履いているスカートも長さがほぼなくて、履いてる意味がないように見える。
初夏といえど夜は冷える土地柄、青年はどうして少女がそんな格好をしているのか、寝起きの頭ではピンとこなかった。
「すごい格好してるんだね。どこかに泳ぎに行くみたいだ」
ゆっくりと両腕を本棚へと伸ばし、隠れている少女の両脇に手を差し入れて、引き寄せた。
「まだ寒いし、真夜中だから、夢の中で泳ごうね〜」
おとなしく抱っこされている少女の背中に、黒いコウモリの翼のような、肉厚な羽が生えていることに気がついた。
スカートの下から揺れる、ギザギザした黒い尻尾にも気がつく。
少女を見つめる緑の瞳が、にっこり細まった。
「はは、可愛い尻尾だね〜」
震える少女の長い髪越しに、背中をよしよしとさすった。大あくびしながら、頬擦りまで始まる。
「わあ、肌がすっごくもちもちしてて気持ちいいね〜」
嬉しそうに笑いながら、青年は少女を抱きかかえたまま寝台に戻ってしまった。胸の上に少女を乗せて、両腕でがっちり抱きしめたまま、寝息を立てだした。
(……この人間、もしかしてずっと寝ぼけてた……?)
一連の流れに呆然としていた少女は、おそるおそる、頭を上げてみた。
目の前に、穏やかな寝顔が。良い石鹸が買える身分なのか、髪や肌から、とても良い香りがした。
薄い花びら一枚越しに、初めての人肌が、とくとくと脈打ちながら呼吸に上下しているのを感じる。
異性の肌の温もりに安心するのは、サキュバスの
臍の下に魔力が集まり、渦巻き、腹部の内部になにかが深く、とても深く、刻まれてゆく。
「あぁっ……!」
小さく上がった嬌声に驚き、少女は自らの口を覆って、おそるおそる青年の様子を伺った。
ぐっすり眠っている。
警戒心なく、楽しかった一日を終えた子供のように眠っている、その無邪気な寝顔に、
(か、かわいい〜!!)
少女の中に眠っていた母性が、下腹部から全身へと、あっという間に甘い痺れを広げてゆく。
初恋の快楽に足の指先まで痙攣させ、背筋がのけぞり、逃れようと身じろぐも、大きな両腕にがっちりと包まれて、小さなお腹が堅い胸板に、ゆっくりと刺激されてゆく。
青年の体の形を、体温を、小さな体いっぱいに感じ取る。サキュバスの体が本能的に悦んでいる、でも気持ちが追いつかず、怖くて青年の首にしがみついた。
青年の脈が、お腹の奥まで強く響いてきた。
(あぁ……お腹、きもちぃ)
目の前の異性に愛しさと母性を感じる。このままでいたいと願う
「お、兄さ……助け、て……」
自身に何が起きているのか、何もわからないまま、絶え間ない快楽の波に消耗し続けてゆく。少女はその胸にぐったりと頬を預けて、やがて意識を手放した。
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