霊能者を、退治するとしたら。

@Zenmetsu

第1話「不思議なアルバイト」

私は、箱の中から覗いていた。


都心の雑居ビル。消費者金融と行政書士の事務所が入ったその3階に、事務所はあった。

看板には「(有)八百万相談所」と赤い文字で書かれている。

やおよろず、とは極めてたくさんの数を表す言葉だが、それを会社名に掲げているということは、どんな問題にも解決の糸口を求める相談所、あるいは探偵事務所ということなのか。


この事務所を訪れる人の多くは「霊障」で悩んでいるという。

絶滅したと思われた「心霊写真」も多く持ち込まれる。

今やカメラも、画像処理に関してもデジタル化が進み、どこへ出しても恥ずかしい代物になってしまった「心霊写真」だが、未だその“効力”を失ってはいなかった。


つまり“効力”によって誰にも相談できないまま、何かにつけて我が身に災いが起こることを恐れて避けたがる人たちが、そのすべてを「霊障」と呼んで、恐れ、おののいている人たちが、未だにたくさんいるのだ。


その実態をある程度の商機と見て、この会社は設立されていた。

表向きは、探偵事務所でもあるらしい。


社長(男)と、女性社員の2人きりしかいない。

それ以外に雇われた私は、ただのバイトだ。


狭いフロアに設けられたさらに狭い応接スペースには、社長と、相談を持ち込んだ老齢の女性が向き合って座っていた。女性社員の姿はない。


「なるほどなるほど…わかりました、この写真ですね」

「はい…」


いつからあるかわからない粉末をお湯で溶いた緑茶の入った湯呑みを2つ、ローテーブルに置きながら、社長はソファに腰をおろした。


弱々しくうなづく女性は、自分の家族の相次ぐ不幸の原因を、一枚の写真に求めていた。


その写真には、家族5人が笑顔で並んでいた。

真ん中には夫婦と思われる男女。

その前に、幼い3人の子供が立っている。


女性によると、20年前にまず旦那と長女が事故で亡くなり、5年前には長男が病気で亡くなったのだという。

不幸には違いないが、その相次ぐ逝去がなぜ、この写真につながるのか…。


箱の中から私はじっと、そのうわずった声を聞いていた。


家族旅行に行って、この写真を撮ってから、それらの不幸が始まったのだという。

長男が亡くなった5年前、数少ない遺品を整理する途中で、この写真を見て彼女は腰を抜かすほど驚いたらしい。


見ると、旦那の右肩に、人の顔「のようなもの」が写っている。

顔「のようなもの」なので、顔ではない。だが顔だ、と言われたら顔に見える。


確かに笑顔で並ぶ家族写真には不釣り合いな雰囲気を醸していると言える、恐ろしげな顔、だ。いや、顔に見える何かだ。


しかしこれを不幸の原因だと彼女が断じてからは、彼女にとってはそうとしか見えなくなった。5年間、不審と恐怖を感じながらもどうしようもなく所持していたが、ついに半年前、次男が病に臥せってしまい、とうとう噂に聞いていたこの事務所に駆け込むことにしたそうだ。


社長は首をぐねぐねと動かしながら


「では、霊障を、取り去ることにします」


「お願いします…」


もうちょっと話を深く掘り下げたらどうなんだ、あっさり請け負いすぎだろう、と私は箱の中で思ったが、交渉はあっさり終わり、次の段階へ進むことになったようだ。


力なく答える女性に、「では、ネガも一緒にお預かりしますね。霊障が消えるとき、ネガも燃えて無くなっちゃうんですけど、構いませんか?」と彼はあくまであっさり問い、彼女の了承を得ると、事務所の端にある大きめの「箱」に近づいた。「箱」には「除」と大きく墨で書かれている。


「箱」には郵便ポストのような横スリットが空いており、彼はその写真をそのスリットに差し込んだ。

そう、私はさっきから、その箱に潜んでいるのだ。


写真は箱に吸い込まれた。私が中で受け取った。

特に大きな音はしなかった。私が音を立てなかったのだ。


20分ほどして、カチャン、ウィーンと小さな機械音がした。

何かが印刷される、プリンタの音。

これはこの箱の近くに立っていれば聞こえる音だが、社長と女性が座っていた応接セットの近くでつけられているテレビの音のせいで、応接スペースに座る女性には聞こえていないようだった。


箱のそばに立った社長は「おお、これはまた完璧に…」と声を出し、同時に箱の上に置かれていたネガが、燃え出すのを見ていた。

応接セットから女性は、部屋の隅で上がる小さな炎と煙を見て、不思議そうな、それでいて安堵したような表情を浮かべた。


腰を浮かしかけた女性に社長は「近づかない方がいい。関係性のある人が吸い込むとあまり良いとは言えないから」といつものように片手で制した。女性は急いで座り直したようだ。


プリントアウトされた写真紙を持って女性に近づくと、社長は「ほら、消えました。これで、霊障は完全に無くなりますよ」と話しかけた。その写真に写っていた顔「のようなもの」はきれいになくなり、笑顔の家族だけがそこにはあった。


私はまた箱から覗いた。

女性は「ああ…」と涙を流し、向かいに座った社長に何度も頭を下げていた。

ありがとうございます、ありがとうございます…社長はそれに対し、何とも言えないような表情を浮かべて、彼女を見ていた。


しばらくの沈黙は、社長が女性に与えた、家族への想いにふける時間だった。


「では…」と、頃合いをみて社長は、切り出した。


「それでは規定通り、のお支払い、で結構ですか?」


「はい、もちろんです」


「相談料としての前金5万円、いただいておりますので、とりあえずの成功報酬ということで、15万円」

言い終わらないうちに女性は、ありがとうございます、ここに、と封筒を取り出して社長に差し出した。


中身も見ずに社長はテーブルに封筒をおき、社長は女性の目を真っ直ぐに見て、語り出した。


いいですか吉村さん。今後、生きていくのは貴女です。そして息子さんです。亡くなったご家族はこれで、完全に成仏されたと考えてください。亡くなったご家族は、天国で貴女と、息子さんが幸せになることだけを願っておられます。ご主人と、娘さん、そして息子さんが亡くなったことは、貴女のせいではないですし、もう、災いは起こりません。悪さをしていた霊は、消えました。この写真、大事に飾っておいてください。霊障の原因だったネガももうありませんから安心してください。額に入れて、飾っておきましょうよ。それがいいですよ」


はい…女性はさらに涙を流し、しばらく目を閉じていたが、ハンカチをぎゅっと握りしめ、社長の顔を見て「ありがとうございます、頑張ります」と力強く答えた。


社長は黙ってうなづいた。その顔を見て女性は、少しだけ自分の手元を見ていたが、納得したのか何度も礼を言いながら立ち上がり、ドアへ向かった。社長も立ち上がり、ドアをそっと開錠し、外へ彼女を促した。何度も礼を言う彼女が、エントランスへ出ていくのを見送っていた。


ビルのエレベータが1階についた気配があり、ビルから出ていく女性をブラインド越しに眺めている社長の後ろから、


「帰られましたか」


と私は声をかけた。

箱から出てよし、と判断したからだ。


今回の依頼において、私は「箱」係だった。

事務所の隅にある箱が、今日の依頼の私の担当だった。


あの箱の中には小さな椅子があり、小さなデスクがあり、プリンターがあった。

横スリットから差し入れられた「心霊写真」は、汗をかいている私の手によって複合機でスキャンされ、パソコンに取り込まれる。そして画像処理ソフトで私は、家族写真に写った「顔」を取り去る。

そして新たに、写真用紙にプリントアウトする。

さらに箱の上部に見える穴に、ライターの火をかざす。

箱の上部の穴の上には網が置かれ、箱の下から炎で、のネガは修復不可能なレベルにまで燃やされてしまう。


ここまでが、今日の私の「業務」だった。


「ご苦労さん」


社長は振り返らずに私に言った。


「今回はずいぶん、すんなり行きましたね」


「20万か…安いだろ?」


「え、高いでしょ!」


「安いだろうが」


「えー、フォトショップで消した画像を印刷して渡すだけで20万…って…」


「お前、何言ってんだ。画像を処理してくれ、ってあの人、頼みに来たんじゃねえんだぞ。家族に不幸が起こらないようにしてくれ、ってお願いしに来たんだ」


「同じじゃないですか」


「同じじゃない。ぜんぜん同じじゃない。じゃあフォトショップで消しますんで!って言って、あの人が納得すると思うか?それであの家族の不幸がなくなると思うか?ほら、ネガ燃やしましたんでもう大丈夫ですよ!で得心するか?ああいう人が欲しいのは『事実』じゃなくて『納得』なんだよ。心で生み出した恐怖と不安が、見えなくなる理由が欲しいんだ。顔に見えるアレのこと、“ああ、シミュラクラ現象ですね〜パレイドリアですね〜”って言われて、ハイそうですかって思えるか?思えないんだよ。そう思えるのはよっぽど論理的に、周りに冷酷って言われるくらいに理屈でものを考えるやつだけだ。それか俺らみたいな商売してるやつか。ふだんは冷静を装ってるやつでも、いざ家族に不幸なんかがあったら、不気味な現象とを結びつけて考える。そしてそれが消えたら不幸も去っていくきっかけになる、って考えるんだよ」


「そういうもんですかね」

「そういうもんだよ」

「そういうもんかなぁ」

「そういうもんなんだよ。しつこいなお前。お前、家族いるんだっけか」

「それより窓あけてください。くさい」

「うるさい…」


窓を開けながら社長は、階下を走る軽トラックを目で追っていた。


彼らがやっていることは…インチキか。

それとも悩める人の苦悩を取り払う、善なる行為なのか…。


ただのバイトにしては生意気な態度の私だが、それでもなぜか社長は私を雇い、業務上の秘密に当たる部署を平気で任せている。


なぜだろう、とこの時の私は、疑問に思っていなかった。

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