23節 トウキョウ ラーメンストーリー 1
帝聖ホテル高層階、その場所は成功者のためのもの。窓から一望できる燦然と輝く東京は、自らとは違い余裕がなく、日々を懸命に生きる労働者達の光。裁縫、食、全てにおいて細部にまで行き届いたサービスは、国賓やハリウッドセレブまでをも虜にするほど。まさに憧れの場所である、人間にとっては。
「それで、計画は上場かな? 変更になったのだが進捗はどうだろう? 」
「ええ、順調だとも、すこぶるね。大抵の下級どもは我々に賛同している、未だに。それで…… どこを変更するのかは聞いていないのだが、どうするのだ? 」
「それについては大したことはない、微調整でいいだろう。無くしたのはガラクタだ、もう一本つかえる妖刀がある。それに、ガワと聖女については私に考えがある、貴方の役割は何も変わらない…… 教授。今まで通りで大丈夫だ」
光が反射する双眸に笑みを向けられた毛利も、口角が上がる、悪魔のように。
「わかった、こちらも準備を続けよう。そろそろ最終調整が必要だからな…… そろそろ研究室に戻るとするよ、講義があるのでね………… 君も戻ったほうが良いんじゃないか? 」
「私には行くところがあるからな……いよいよ来週か………… 君が私の盟主で良かったよ毛利教授」
………………もうすぐだ、もうすぐ始まる、革命が。全てをひっくり返す。
………… 人間の体で永続的に活動を続けているせいか、少し寝不足かもしれないな。
…… 活動のため出前でも取るか。
魔族と人…… 魔人同盟、面白い名前をつけたものだ、私ながら。
『おい、リョウ! この液体に入った紐を食べると?! 魔獣の体毛ではないのか? 流石に愚かが過ぎるぞっ』
いや、これは歴とした食べ物だ。そして、今の発言は麺類に対する侮辱だよ。
繁華街にある、おそらく人気のラーメン店。お昼時なこともあってか長蛇の列ができていた。わざわざ列に並び、ようやく僕たちの番になったのだが、待ってる時はご機嫌だったゼウルも実物を見ると何故か不機嫌そうに。
透き通った黄金色のスープ、厚切りの崩れかけた焼き豚、分厚いメンマ、そして程よく縮れた麺が同じお椀に共存している。確かに、始めてみるとよくわからないが、湯気が出ているそれはとても美味しそう。
…… 魔獣の毛とか言っちゃう? 麺だよ、麺。
「そういうこと言っちゃダメだよ、ゼウルさん。人間はこれを美味しそうに食べてるんだからねっ! おにいちゃんも好きっしょ? このラーメンってやつ」
「いや知ってるけど…… そういえば食べたことなかったかな、なんというか、ソバが嫌いだから」
…… ってそれ理由になってないかな。実家にいた時、毎日自家製のソバを食べさせられてたからなんだけど…… なんか、見た感じ美味しそうだけどラーメン。
『もういい…… 覚悟はできている。食べてみるがいい………… 』
だから、毛嫌いするような物じゃないよ、おかしいからね、その反応。
「うわっ!? 真面凄い! 滅茶苦茶美味しいじゃんっ、これ。アタシ初めてだけど、みんながこれ注文する意味わかったかも! こう、啜ってる間ずっと美味しいの、 おにいちゃんとゼウルさんも食べてみなよ! 」
そこまで言うのなら試してみよう、ゼウル、どう?
『だから、覚悟はできていると言っただろう………… 我では食べ方がわからんのだ、この紐は』
…… なるほど、そういうことね。僕は桃華と同じように啜ってみる。………… おぉ! これは、結構良いね。
『な、なんだ…… これは、美味だぞ!! 何故だ、何故こんなものが美味いのだ…… 麺やスープそれぞれ悪くないが、一緒に合わさると爆発的に美味さが…………. 別々の物が合わさるだけで…… 凄いな人間は』
「ほら、言ったっしょ! 美味しいって! …… これ製作者やばすぎ、天才すぎる。アタシのこと打ったやつより凄いわ!! 」
「いや…… 麺と刀を一緒にしてるよ、それだと」
人気なお店なのだろう、店内は活気に満ち溢れ、沢山のお客がいる。日本人の学生や社会人はもちろん、観光で訪れている外国人まで様々だ。
「いやー 、やっぱこういう香が良いものを食べるのは最高だよー 、いやほんと真面で美味しい。腹ペコなゼウルさんの気持ちも、ちょっとわかるなー 」
『そうだろう! 食べるというのは良いものだぞ。人間とは所詮愚かだが、この食事というものは侮れない。いっそのこと全て放棄して、食べ物を作り続ける種族になったら良いのではないか? 」
いや、それはおかしいよ…… たぶん、それだと国ごとの料理勝負が起こりそう。
「あらっ、誰が愚かですって!? 」
隣のお客さんに聞こえてたようだ…… 声大きすぎたかな。
「あぁ、すいません、ちょっとうるさかったですね」
まったく、ちょっと騒ぎすぎてたね、僕たち。もう少し静かに食べ……………… あれ? 聞こえてたのってゼウルの声だよね?
『おい、リョウこいつはただの人間じゃない。こいつは…… 』
「日本人というのはもう少し、礼儀正しいと聞いていたのだけど…… 気をつけなさいな。……おや? 聖紋が反応していますわ! これって…… 貴方もしかして?! 」
聖紋……? 確かルナの左手のやつ。これってヤバい状況なんじゃ…… 。
(こいつは…… 多分、組織の人間だ。気をつけろ、リョウ下手なことはするなよ。我らと桃華は神秘の対象だからな)
「貴方はまさか……………… 運命の人? 」
…………………… えっ? マジでヤバくない? この人。
「久しぶりですね、オリヴィア補佐官。長旅ご苦労様」
「貴方もお変わりないようで、タカミ。そちらの少女がルナですね。初めまして」
長身で暗紫の髪、片眼鏡をかけた落ち着いた雰囲気のオリヴィアは着用しているメイド服の、スカートの裾を少し上げ恭しく礼をした。
「こちらこそ、私は羽宮ルナです。よろしくお願いします」
「それで…… 令嬢殿は何処に? 電話だと相当、この国の地理に苦戦しているようでしたがね」
高水は苦笑いを浮かべながら、ネクタイを結び直す。
「えぇ…… それが、その………… 」
「どうかされたんですか、副長官が? 」
オリヴィアは気まずそうに少し視線を左に逸らした。
「その…….…… 空港で貴方に連絡した少し後から、行方がわからなくなっています」
「まさか…… 行方不明の件と関係が…… 」
「リョウ達に知らせるべきではないですか? 」
彼女はメイド服の皺を手で伸ばしながら、大きなため息をつく。
「………… いえ、おそらく…… ただの迷子かと」
…… 困った人だな、まったく。
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