第45話 髭親父と大蛇と失墜のラグナロク

ズン…ズン……


人々が忘れようとしていた恐怖が、再びやってくる

地を鳴らし、闇の底から這いあがって…




俺は王族を家に置いてギルドに戻り、リーダー引継ぎの準備を進めていた

あいつは、もはや引継ぎも放棄していなくなりやがった

…もはやギルドの維持は不可能だと思うが

それでも解散までの間、臨時のまとめ役は必要だろう

多数決を取って、そいつを臨時のリーダーに

ウズメから教わった紹介先を使いつつ、なるべく穏やかに道筋を…


バンッ!


「た…たたた、大変だ!」

ギルド酒場のドアを乱暴に開き、男が入ってくる


「どうした!何があった?!」

「そ、外!外に……!」

慌てすぎて、入って来ると同時に床に転がる男

いや、これは地面が揺れている…?!

一体何が…?

俺はギルドの数人と一緒に外に繰り出した


そこにいたのは…


「……!?」

「巨大蛇…だと……?!」

鱗の一枚だけで、小屋ぐらいの大きさがあり

山のような巨体には木が育ち、苔が生え、目は赤く染まっている

ここからはまだ遠くだが、それでもそいつの巨大さがわかる

昔、あいつが出現した時、俺は娘を抱えて逃げる事しかできなかった


その巨体が動くたびに、地面が震える

足が震える

恐怖が呼び起こされる

こんなのを相手に、先代たちは戦ったってのか…!


「ひ…ひいっ…?!」

ギルドメンバーが次々に外へ出てきて、目にした現実に悲鳴を上げる


「…あの時のやつよりは、少し小さい…別個体、なのか……?」

誰かがぽつりと呟く

確かに大きさで言えば、前回に比べて七割ほどに縮んでいる

しかし、それでも街を壊滅させてなお余りある大きさだ

…よりにもよって、リーダーが抜けちまって、王族も倒れたタイミングで…!


「とにかく俺たちで足止めするぞ!

 『戦士』と『探索者』スキル持ちは俺と一緒に来い!」

ラグナロクの先代たちはそうしていた

…今は真似させてもらおう…!


「足止めしてる間に、後衛職の奴らは住民を避難させるんだ!」

勝てるかどうかは後で考えればいい

ともかく今は時間を稼いで、一人でも多く逃がして…


「…おい!どうした?!」

しかし…俺が声を上げても、ギルドメンバーたちは足を止めて動かない


「だ、誰が行くかよ!あんな奴相手にするなんて、死にに行くようなもんじゃないか!」

「そ、そうだそうだ!勝ち目の無い戦闘なんてしねーぞ!」

くそ…こいつら完全にビビってやがる…!


「…確かに、俺たちの実力じゃ歯が立たないのは確かだ

 じゃあ、せめて一般人の避難だけでも…」

「そんな事してる暇なんぞねえよ!」

「一般人なんか放っておいてとっとと逃げようぜ!」

…メンバーたちのあまりの言い草に、俺はカチンと来てしまった


「お前ら…どこまで腐ってんだ!」

大蛇の地面を揺らす音に、負けないくらいの大声で、メンバーを怒鳴りつける


「俺たちは、大蛇に立ち向かった英雄たちのギルド『ラグナロク』の

 看板背負ってるんだぞ!ここで逃げたらもう『ラグナロク』じゃねえ!」

ラグナロクの名を使って、いい思いしてきた奴らがしていい事では断じてない!


「どうでもいいよ!どうせもうこのギルドはお終いだ!

 折角の美味しいギルドだったのに…あの姫様のせいで何もかもぶち壊しだ!

 もはや、僕が王宮の兵士になる夢も叶わない!」

「こ…この……!大馬鹿ヤロー!」

俺は茶髪の少年を思いっきり殴りつける


「ぐはあっ?!」

少年は大きく吹っ飛び、地面を転がっていった

この前、同じようにリーダーに殴りかかったシーンを思い出す

くっ…何で今のラグナロクは、こんな奴らばかりなんだ……!


「ハッ!もういい!

 せいぜい無駄死にしろよ、バカめ!」 

「あ、待てこらっ!逃げるな!」

足早に去っていくメンバーたち

こいつらは、本当に安全に楽して稼ぐことしか、興味が無かったんだな…


しかし…


「…おい、どうした……逃げねえのか?」

一人、銭ゲバだけは、この場に留まっていた


「ちっ…俺らしくもねぇ……

 あんだけ儲けさせてもらって、逃げんのか、って気がしただけだよ」

振り向いて、誰もいなくなったギルドハウスを見つめる


「全くもって今更だがな…」

そこに、懸命に働いていた頃のウズメの姿を見ているのだろうか

ナイフを握り、ただ…じっと佇む


「…お前になら、本当の事を言ってもいいか…」

「あ?」

この状況で逃げないこいつになら…


「ウズメは生きている。今はこの街を避けて、別のギルドに雇われてる」

「…!?」

大口を開けてぽかんとする銭ゲバ

…すまんな、折角シリアスに決めてたのにな


「ま…マジかよおっさん!?

 じゃあ、俺に渡したあの骸骨…!」

「そのへんに落ちてたやつを拾っただけだ

 あのまま戻っても、王族に再度狙われるだけだと思ってな」

「くっそ…!てめぇ…やりやがったな!」

そう言いつつ、銭ゲバはエルボーを俺の腹に食らわせてきた

ぐおっ…い、痛いっ!

そして、そのまま三発、四発と、笑顔でエルボーを出し続ける銭ゲバ

こ、こいつ、本気でどついてきてる!


「だ…だから、ギルドに義理立てして戦う必要は無いぞ

 恩を感じたなら本人に返してやれ」

「てめー、ギルドの看板がどうたら言ってた癖に」

「…あいつらが残ってればまだ話は違ったが…

 どうせ二人程度じゃ五分と止めれん」

…戦えと言ったり避難しろと言ったり…自分でも矛盾してるとは思う

しかし、心意気を感じる若者には生きていて欲しい

おっさん冒険者の正直な気持ちだ


「お前の大事にしてるもの…家族の避難を優先させろ」

「…知ってやがったのか…俺が金を稼ぐ理由」

「俺もギルドに来た理由は、同じようなもんだったからな

 なんとなく察しはついてた」

こいつ、稼いではいるが、自分のために使う気配が全くない…

という事は、誰かのために使っていたんだろう


「…とりあえず、俺は王族の避難が先だな……

 その後で残った住民の避難を手伝う

 勝てないなら逃げるしかねえ」

…家に残した王族が気になる

無事でいてくれよ…


「王城の近くに教会が建ってるだろう?

 あそこで避難民を受け付けてくれるはずだ」

「わかった…おっさんも気をつけてな」

一言残して、銭ゲバは駆け出していく

…金では買えないものを守るために



俺も急がねえとな

あの放心した王族、逃げ出さずに死んでしまうかもしれねえ

スキルも使い、自宅まで大急ぎで移動する


…だが、自宅に戻った俺を待ち受けていたのは……

空っぽの娘のベッドだった


「?!」

ど、どこに行った…あんな衰弱した状態で…?!


慌ててあちこちを探し回る

その過程で、机の上にメモが置かれているのを発見した

メモに書かれているのは…


『ユピテル様を追いかけます。探さないで下さい』


…しまった…

昨日、妙に大人しいと思ったら…

抜け出してあいつに会いに行くつもりだったのか…!

くそ…なんてタイミングだ…!

大蛇に出会ったら本当に殺されちまうぞ!


家を飛び出し外へ

早く見つけなければ…取り返しがつかなくなっちまう!

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