第30話 プリンセスと過去と姉

二月ほど前…わたくしがまだお城で暮らしていた時の事


白と金の装飾に彩られた食堂

そこでわたくしたちは、久しぶりに親子で昼食をとっていましたわ

がっしりとした体格、目つきは鋭く白いお髭の似合う御父上

紫のショートヘアー、紫の瞳、豪華な衣服を纏ったヘレ姉上

そしてわたくしの合わせて三人


父上は、母上に先立たれてから、人が変わったように冷たくなりましたわ

ヘレ姉上の、わたくしに対する嫌がらせも、激しくなって…

…けれど、その程度でわたくしは負けませんわよ

いつか姉上を蹴落として、わたくしがトップに立ちますわ…!


「…さて……

 お前たちを呼んだのは他でもない」

フォークを置き、食事が一通り終わったところで、父上が話し始めましたわ

まあ、呼ばれた時点で、何か用事があるのだとは思いましたが…


「スノーフォレスト国に嫁いでいたレイアが、先日、亡くなった」

「レイア姉さまが…?!」

「一月前から急に咳き込むようになり、そこからはあっという間だったそうだ…」

この王宮でわたくしに優しかったのは、母上とレイア姉さまだけだった

…二人ともが亡くなるなんて……


「上の二人にも知らせたかったが、あいつらは今

 ゴールドウエスト国に外遊している」

我が国と接しているのは二国

スノーフォレストとゴールドウエスト

現在は二国との関係は良好だが…

スノーフォレストとの関係は、特に先代までは最悪だった



北の大地、スノーフォレスト

冬には数百人の凍死者が出るという、人が住むのにとても厳しい国

それゆえかの国は温かい大地を求め、我が国と幾度となく戦争を繰り返していた

しかし、新興国のゴールドウエストが台頭してきて、そのままではまずい状況になった

このまま疲弊していては、両国共にあの国に食いつぶされかねない


先代は、戦争を止めるために、様々な交渉を行った

スノーフォレストの王子に自らの娘を送り、婚姻関係を結んだ

暖を取れるマジックアイテムが出土すれば、スノーフォレストに優先的に送った

食料や衣料と、材木の交易も始めた

中には、語れないような汚い事も行ったのだという

そうして、あらゆる手段を尽くして、二国は休戦協定にこぎつけたのだ



ゴールドウエストも、我々が手を結んだのを見て

領土拡大を止め、国交を結ぼうと言ってきた

ようやく、争わない時代がやってきた


それ以来、我が国では、王の娘のうちの一人を

スノーフォレストの王子と婚姻させ、北の大地で暮らさせる事になっている

…つまり、前代から続く人質外交……


「北の地はとても寒い所だ

 …この地で生まれ育ったあいつには、厳しい環境だった」

姉さまは家族の中で一番、母上に似ていた

父上も苦渋の決断だったのでしょう

姉さまがスノーフォレストに旅立ったあの頃

わたくしたちはまだ五歳ほどでしたから…


「しかし、スノーフォレスト側は、新たに婚姻を結び

 より強固な二国間の関係を築きたいと申しておる」

「…要するに、また人質を寄越せと言いたいのね」

「姉さまをむざむざ死なせておいて…!」

「…返事はすぐでなくてもいいが、半年後までにとの事だ」

相手の落ち度…とはいえ、これを突っぱねればまた一触即発の状態に…

下手をすれば戦争にまた進むかもしれない…


「父様はどうなさるおつもりで?」

「…前と同じだ。隣国との関係を重視し、我が娘…お前たちを嫁に出す」

父上は、国を維持するだけの、機械のようになってしまわれましたわ

兄妹が王宮で骨肉の争いを繰り広げてようとも、意に介せず

今もただ、国を守るために、わたくしたちを捧げようとしている


「嫁に出すのは、成人の歳…十六に近いものからにする」

これも姉さまの時と同じ

成人したての頃が一番、嫁ぐのに向いている…と言われてますわ

わたくし的には、年上には年上の魅力があると思うのですけれど…!


「今、十六歳に一番近いのは…ヘラね」

わたくしが十七でヘレ姉上が十八…

一歳しか違わないのに、偉そうに言ってきますわね、姉上


「ふふ、残念ね。あなたともお別れになっちゃうわ」

半月のように目を歪ませ、にたりと笑う姉上

……………

あー…!こいつホント超絶ムカつきますわ!

わたくしの私物を隠す、壊す、盗む

足を引っかける、誰も見てないところで後ろから殴る

何かが無くなると、すぐわたくしのせいだと罪をかぶせようとしてくる

嫌がらせのレベルは小さいけれど、大量に仕掛けてくるので

常にイライラしなければならない


…いや、今はそんな事どうでもいいですわ

一発逆転の秘策を、今こそ見せる時…!


「父上…実はわたくし…

 ラグナロクのギルドマスター、ユピテル様に婚約を申しこまれていまして…」

しなをつくり、どうしようか迷う風な、わざとらしい演技を添えて話す


「…な、なにっ?!」

珍しい、父上の驚いた顔

ふふ…ヘレ姉上も目を丸くしていますわね


「わたくし、ユピテル様との婚約をお受けしたいのですが…

 そうするとスノーフォレストに向かう訳には…」

ギルド・ラグナロクが巨大蛇を討伐してしまってから、国民の評判はよろしくない

国の兵士たちが蛇討伐に間に合わず、ラグナロクだけで倒してしまったからだ

国は何をやっているのだ、冒険者の方が頼りになるではないか、と…

ギルドを中心とした国家体制を作るべきでは…などどいう声まで出る始末


「あなたいつの間に…!

 そんな婚約なんて、勝手にしていいと思ってるの?!」

「いや、素晴らしい事だ…!

 国とラグナロクとの繋がりができたなら

 反対勢力の大義名分が弱まり、国内も安定する…!」

この話は、国内政治に頭を悩ませていた父上にとって、またとない助け船

勝手に進めてようがなんだろうが、結果よければオールOKなんですわ!


「よくやった…!」

父上のお褒めのお言葉

あー…気持ちいいですわ!

こせこせと、わたくしを貶める事にだけ精を出していた

ヘレ姉上を出し抜けたのですから!


「な、なにを言ってるのお父様?!

 それじゃあスノーフォレストには誰が行くの?!」

「…お前しかいないだろう、ヘレ」

「そ…そんな……!」

青ざめた顔でいやいやをするヘレ姉上


「い、嫌よ…!あんな寒いところに行ったら、きっとすぐ死んでしまう…!

 助けて、お父様…!」 

「…我々は王族だ。国の平穏のために尽くさねばならん」

「残念ですわね…姉上ともお別れになっちゃいますわ」

姉上がやったように、半月に目を歪ませてにたりと笑う

…いや、鏡が無いので、実際にあんな感じの憎たらしい笑みに

なったかどうかはわかりませんけど!

はっはっはっ…ざまぁですわー!


姉上は、今にもわたくしを殺さんという目で睨んできてますけれど

所詮、宮廷での嫌がらせしかできない小物

面倒を避けるため、姉上が嫁ぐまで、ユピテル様のギルドで暮らそうかしらね



そうして、わたくしはギルド・ラグナロクにやってくる事になったのですわ

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