第28話 

ここが現実の世界になってしまった。

過去を捨て、愛する人と生きていきたいと強く望んだことで死神に叶えて貰った世界。


少し前まではここは夢なのだからと高を括っていた。

どうせ死ぬのだからと強気に思うままに振舞ってきた。

その結果に後悔はない。


死神に出会い、公爵家の養女などと、小説より奇なる立場に私は立っている。


「アスラン殿にも困ったものだ、まだ婚約も果たしていないと言うのに」

豪華な馬車の中で向かい合って座っているのはマルク様と従者。


「先ほど求婚をお受け致しました」


「ああ、そうみたいだね」チラっと私の指輪を見た。


「公爵家としてはまだ認めるわけにはいかない」


「・・・はい」

あれ?侯爵夫人になる手伝をして下さるのよね?



「君もノエルのように子どもが出来ると困る。気を付けてくれよ」

ノエル様に子ども? 誰のお子さまでしょうか。


マルク様はニッコリ笑って「姪は今年で1歳になる」と仰いました。

婚約破棄が2年前、私は聞いてはイケナイ事を聞かされてしまったわ。


「第一王子殿下が婚約破棄してくれて助かったんだよ。愚策で父がディーンをね」

「さ、左様でございましたか」


「君は私の義妹となる、使用人のような言葉は控えてくれ」


「かしこまり・・・はい」ああ、緊張で胃が痛くなるわ。


さっきお別れしたアスラン様に、もう会いたい。

侯爵家でも同じなのだろうか、侯爵夫人なんて私に務まるのかしら。



部屋が幾つあるのか分からない大きな屋敷に到着したが、ここはタウンハウスで領地にはお城が建ってるそうだ。

屋敷を眺めてここで暮らすのかと私は身震いした。


公爵家では平民という事で最初は使用人たちは戸惑っていたが、次期公爵のマルク様が連れて来たので丁寧に扱ってくれた。公爵夫妻は挨拶を済ますと興味なさそうに場を離れて行った。


「クレアの事は私が一任されているからね。公爵夫妻はノエルの事にしか興味はないんだよ」


「そうですか。お孫さんが誕生したのなら可愛いでしょうね」


「相手が元使用人の平民でね、ま、いろいろあるんだ」


ちょこちょこノエル様の話題を出すのは止めて欲しい。

公爵家の秘密はディーンだけで十分だわ。


屋敷は移動するだけで疲れそう。広い部屋に案内されて侍女が3人も付いた。

既に家庭教師陣が存在して、私は公爵家の教育マナーを一から叩き込まれることになった。




正式に養女となり忙しい中、週に一度アスラン様が会いに来てくれる。

彼も長兄の後を引き継いで領主としての教育を受けている。


「クレアとの婚姻が待ち遠しいよ」


「私も早く一緒に暮らしたいです」


「無理することは無いんだ。辛かったら連れて帰るよ」


嬉しい言葉だけど逃げ出さないわ。私は前回50年近く厳しい生活に耐えてきたのよ。

1年半くらいなんでもないわ。


そう思ったが────

女子学園で習ったことは何だったのかしら・・・公爵家の教育は予想以上に辛かった。


アスラン様との婚約も卒業後となっていて、今はまだなのだ。


意地悪なマルク様から『教育が身に付かなければ何年でも婚約は先延ばしになるからね』と宣言されている。

ついでに『お兄様と呼ぶように』とも命令されて本当に辛い。



やがて長期休暇も終わり私は学園の平民寮に戻って来た。

貴族になったが、建て前は姉妹のノエル様の傍にいたいと私が望んだ為となっている。


一足早く寮に戻っていたスーザンとメアリーにハグで熱烈に出迎えられた。

「クレア~ 休暇中はいろいろあったみたいね。元気で良かった~」

「公爵令嬢なのね、もう話も出来ないのかな?」


「ううん、心配かけてごめんね。今まで通り仲良くしてね」


「良かった~ ノエル様と三人だと息が詰まりそうだもん」

「シィ──── もう、メアリーは余計な事言わないの」

「ああ、姉妹になったんだっけ。大変だね~」


「ノエル様は良い人よ。人見知りが激しいから対応は任せてね」


ああ~寮は楽しい憩いの場だわ。


2学期になり私は商業科の先生から講師をやらないか打診された。

面白そうなので週に1回私は簿記を教えることになった。

この頃はまだ女性が経営に携わるのは控える傾向にあった。


「しっかり帳簿を把握できないと主人に好き勝手にお金を使われてしまうのよ」


「でもクレア先生、夫に嫌がられたら?」


「スーザン、そのお金で浮気されたらどうするの? 愛人に流れるのよ?」


   「「「「「!!!!!」」」」」


私の授業は商家の娘さんたちに好評で、培ったノウハウを彼女たちに授けた。


だが楽しいことばかりでは無かった。

私はヘンリー達に乱暴された傷物だと噂され始めていた。


虐めた義妹が復讐にやって来たなどと、ありもしない噂が流れていた。


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