第4話

 魔力を持たない俺が能力を使うのに必要な液化魔力が1L、つまり10連ガチャ一回分溜まるまで現状の設備では約1か月かかるらしい。流石にそんな長い時間のんびり待っているわけにもいかないので、もっと大量の魔力を入手する方法がないかと尋ねたところ、以前から採掘場として目を付けていたポイントがあるとのこと。


 俺たちがいる屋敷から西へしばらく進むと、大きな地脈(要は大地のエネルギー的なもの)の流れが浮き出している箇所があり、そこへ専用の魔力採掘設備を建設出来ればある程度安定した供給が可能になるという。


 しかし、物事は順調にはいかないものである。この名もなき荒野という厳しい環境の、言わば一等地である地脈露出点を利用したいと考えるのは俺たちだけではない。『荒れ地の大蚯蚓』という荒野最強の生物の一角を担う巨大生物が、そこを縄張りにしているのである。体長は15mは下らず、体重は数十tほど。強靭な筋肉は鉄の剣すら弾き返し、金属の如き鋭い歯は固い岩盤すら軽々と削り取る。一度敵として認識されたが最後、相手を完全に肉片へと変えるまで攻撃の手を緩めない狂暴性を持つ。今の俺たちの戦力では、例え奇跡が起こっても勝てない相手である。

 大蚯蚓は地脈に依存した生態をしているそうで、これに手を出されることを最も嫌う。この時点で共存するという選択肢は潰えた。討伐するには戦力の増強、つまり俺のガチャが必要なのだが、そもそもガチャを引きたいが為に大蚯蚓を何とかしようという話をしているのである。ガチャを引きたいのでガチャを引かなければいけないというパラドックスが起きている。つまり、詰みである。ざんねん、俺のぼうけんはここでおわってしまった!


「一応、策が無いではないぞ」


 四肢をついて絶望している俺にまたしても救いの手を差し伸べてくれたのは我らがリリアンお嬢様。さっきから俺何にも役に立ってないね。もう全部この娘一人でいいんじゃないかな?


「彼奴等は地脈を糧とする生物故なのか、魔法の気配に敏感に反応するのじゃ」

「なるほど。つまり……?」

「兎に角魔法をバカスカ撃ちまくって、縄張りの外まで誘導してやるのじゃ!そうしてもぬけの殻になったところで、ちゃっちゃと採取してとっととズラかろうという寸法じゃ」


 ヒューッ!流石姐さんだぜ。一生貴女に着いて行きます。


「とはいえ、現状魔法が使えるのはわらわとメーダしかおらぬ。わらわは当然として、できればメーダも囮要員には使いたくない」

「確かに、仮にもウチの最高戦力だもんな」

「グッ!」


 (おそらく)ドヤ顔でサムズアップしてみせるメーダ氏。


「そこでじゃ、今から魔法デコイ役を作ろうと思うのじゃ」

「今から?」

「無いならば自分で作ればいい。父上の教えの一つじゃ。それに材料はキサマがしっかり準備してくれたからのう」


 そう言いつつギラついた視線をメーダに向けるリリアン。サムズアップのポーズのままフリーズするメーダ。


「くふふふ、異世界の悪魔の血……それを組み込んだら一体どんな眷属が生まれるかのう。楽しみじゃ……!」

「ガッ、アガガガガ……」

「あ~、その。あんまり酷いことはやめてやれよ?気が付いたら悪魔の刺身が出来上がってましたとか洒落にならないからな?」

「うへへへへえへへ、大丈夫じゃ案ずるなわらわは正気じゃ」


 本当に正気のやつは自分で自分のことを正気だとは言わない。が、つべこべ言ってもしょうがないので、助けを求めるように手を伸ばすメーダに合掌するだけにしておいた。許せ……これも我が国の発展のため……。


 ◇◇◇


 数日後。毎日変わり映えの無い貧相な食事にすっかり体が慣れてしまった頃、『それ』は遂に完成した。


 リリアンの眷属である白い肉人形(彼女からはデクノボーと呼ばれている)は、そのままでは人間の下位互換程度の性能しかない。しかし生育中に何かしらの刺激を与えてやると通常とは異なる姿に成長し、特殊な能力を獲得するらしい。

 今回はメーダから採取した血液を加工した培地で育てることで、簡単な水と火の魔法を行使出来るようになった個体が誕生した。水は兎も角何故火の魔法まで使えるのかというと、メーダが魔導書で火属性を習得していたのが原因とのこと。やるじゃないか。


 製造した魔法囮マジックデコイ型デクノボーは総勢30体。デクノボー自体の身体能力もプロのアスリートレベルまで上昇したため、20分ぐらいは時間稼ぎが可能であるようだ。20分あればギリギリ、魔力採掘から脱出までをこなせる予想。当然、作業はテキパキこなさなければならない。この数日間何度もシミュレーションを繰り返していたとはいえ、流石に緊張する。


「いやー壮観だなぁ。こんなに作るのは大変だったろ。お疲れ、二人とも」

「ふはははは、そうじゃろうそうじゃろう。わらわ頑張ったんじゃぞ!」

「グエー」


 二人とも目の隈がとんでもないことになっている。作戦決行日まではしっかり体を休めて体力の回復に努めて欲しい。

 ……さてと。いい加減、さっきから滅茶苦茶気になっていることを聞いてみるとするか。


「ところでさリリアン」

「む?」

「デコイ軍団の中に混じってるコイツ、何?突然変異とかそういうレベルじゃないと思うんだけど」

「おお、こやつのことか!」


 そう言って彼女はある一体のデクノボー……否、もはやデクノボーという枠に収まっているかどうかも怪しい個体をぺしぺしと叩く。


 確かにベースはいつものデクノボーである。しかしそいつは他個体と比べて二倍近い巨体を持っている。まるで獣のように四足歩行をしており、全身から鋭い棘と薄いオレンジ色の鱗が生えている。両手両足からは見るからに凶悪な形状の爪が突き出ており、魚の下半身のような形状の尻尾がゆらゆらと揺れている。おまけに顔には首まで裂けた巨大な口が出来ており、常に荒々しい呼気を漏らしている。鋭い牙をガチガチ鳴らしながら辺りを見渡しているそいつはメーダよりもよっぽど悪魔的な造形をしていた。端的に言うと、ちびるほど怖い。


「キサマが前に召喚したものの中にでっかい爪があったじゃろ?」

「そういえばあったなそんなの」

「それをな、疲労で手元が狂ったのやも知れぬが、とにかく落っことしてしまったのじゃ。育ててる途中のデクノボーの上にな」

「うんうん。うん?」

「で、こやつが生まれたという訳じゃ!」

「どういう訳だよ!?」

「ガルルルルル」


 偶然の産物にしてはあまりにも(主に見た目が)凶悪すぎる。


 聞けば、例の爪には何やら見慣れない術が掛かっていたので、元々別で研究をするつもりではあったようである。しかし、前述の事故が起こった際、なんと胎児状態のデクノボーが爪を分解、吸収するという異常としか言えない反応を見せたそうな。胎児状態のデクノボーは非常に脆く、物を上から落とすなんてことをすれば即死するのが常だったようである。よって、今まで見せたことのない反応をした当該個体に興味を持ち、そのまま成長させたようだ。

 ……あの爪、てっきり手にはめて使う武器か何かだと思っていたら進化素材だったのか。まぁ使えもしない武器やアイテムなんかよりよっぽど有用なのだが。ますますあのガチャの闇鍋っぷりが際立つな。闇を超えてダークマターじゃないか。


 俺が進化素材という概念についてリリアンに説明すると、また興奮しだしてしまったのでメーダと協力して強制的に寝床へ叩き込んだ。ただでさえ連日の作業で体力を消耗しているんだから、これ以上暴れるのはお止しなさい。睡眠を疎かにする代償はあまりにも重いぞと軽く脅すと大人しく眠ってくれた。子供も大人も早寝早起きが一番良いのだ。

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