第3話 魔法使いの転職

 「まさか損傷はそこまでですね」


 イヴァンは何だかちょっと落ち込んだようだが、私はその真逆だ。

 

 自分は早苗ミヨという人を思い出したよりずっと高揚感がある。なぜかというと、魔法使いこそ私という人の本質だ。忘れちゃいけないこと。

 

 「損傷じゃない、本当のことです。すべて思い出した……いや、すべてではないですが、すべてみたいな感じがした」

 

 どうして自分が火傷して、最終的に31世紀に来たのは未だに謎のままだが、他の黒い部分はほとんど元通りになった。そこには、私が魔法使いとしての人生が刻んでいる。

 

 「ロボットとしては随分と曖昧なことを言ってますね」イヴァンは仕切りなおしてこう言った、「とりあえず、君の言った感覚だけがすべてのそのすべてを聞きましょう」

 

 「言うも何も、直接に見せる方が早い」私がそう言いながら、鼠色の手をあげて部屋の隅にある本を自分のところに移動させようとした。

 

 ところが、自信満々の態度と反して、何も発生しなかった。気まずい空気だけが自分のところに吸い込んできた。イヴァンのその海色の瞳はとても冷たく見える。

 

 「違うから、ちょっと待って」

 

 内心で一つ深呼吸をして、準備運動をするように姿勢を整えて、さっきより力を入れて、もう一回本を動かそうとした。

 

 「そこの本を動かそうとしています?」イヴァンは何かを悟った様子で聞いた。

 

 「すぐこっちにくるはずです……」手をあげたまま、意志を強めた。

 

 「なるほど。君の言った魔法はサイコキネシスのことですね」

 

 「いや、超能力のことじゃない、正真正銘の魔法ですから」


 サイコキネシスのできることとは似たものの、魔力を駆使してものを動くことはただ魔法使いとしての基本中の基本だけだ。とはいえ、今の私はどんなに念じても、本は依然としてびくともしない。

 

 どう考えてもおかしい。

 

 たとえ魔力の低い時期でも簡単にトラックを宙に浮かべる私は、ただ一冊の本でも移動できないなんて、考えられる可能性は一つだけだ。

 

 ——魔法が……ない!!?

 

「どっちにしろ、証明としては不十分ですね」イヴァンは軽く肩をすくめた。

 

 ところが、私はイヴァンのちょっと意地悪い返事を聞く余裕はない。これは31世紀に来たこと、そしてロボットになったことよりも大変なことだ。私という人を定義できる唯一のものが、ない!

 

 (なんで?)

 

 その答えがすぐ浮かび上がった。

 

 ——恐らく、私はもう生き物にんげんではなくなったから。

 

 「嘘……いやだ、こんなの……私の魔法……」

 

 もし本物の心臓を持っているのなら今すぐ爆発しそうだ。というより、爆発するほうがマシだ。心臓がないから、このどうしようもない感情を発散するすべもなく、ただただ——気持ち悪い。

 

 もちろん心理的に。金属製の体はその焦燥感にまったく反応がなかった。だからこそ、気持ち悪さが一層強まった。次の瞬間、口が言うこと聞かず、勝手にペラペラと喋りはじめた。やめたくてもやめられない。

 

 「私は早苗ミヨ、20歳。魔法使いだ。初めて魔法を持っていることを気づいたのは5歳の時。5歳の時、私は魔力を駆使して地面にある複数の小石を宙に浮かべた。6歳の時、私は自分の描いた動物の絵を紙の上に舞い上がらせることができた。7歳の時小規模の竜巻を呼び起こすことができた。8歳の時局所的に大雨を降らせることができた。同じ8歳の時、私は学校でいつも私をいじめた子を十秒ぐらい木に変えた。同じ8歳の時私はその子を木に変えたことをその子と他の子の記憶から消した。9歳の時私は……」


 「もういい」イヴァンは手を私の手の甲の上に置いて、もう一回言った、「もういいから、とりあえず落ち着いて」

 

イヴァンの手から伝わってきた体温が想像以上心地よくて、ずっと続けた口の動きがやっと止まった。呼吸する必要がないが、その瞬間やっと呼吸ができたみたいな感じがする。

 

 「今のは?」

 

 自分をコントロールできない点は魔法にかけられた時に似ているが、魔力を感じなかったので、魔法の仕業ではなかった。

 

 「君はロボット式のパニック発作を経験した。つまり、軽く故障しました。今の体は君の感情に対応できなくて、思考の中枢に負荷をかけすぎたから。落ち着いたら、正常に戻りました」

 

 「私は、ずっとこのまま生きていくの?ただのロボットとして?」

 

 「そこはすでに受け入れたと思いました」イヴァンは少し苦笑した。彼はきっとそう思う。さっきまでずっと平然としたのに、急にどうした、と。


 「状況が変わりました。私は人間をやめたとしても、魔法使いの方は絶対やめませんから!」

 

 「いや、普通だったら、人間をやめた時点で魔法使いもいられなくなったのでは?」イヴァンがまたさりげなく私をつっこんだ。でもそんなことを構う気力がもうない。

 

 「終わった……人間でも魔法使いでもない、ただのロボット……」

 

 「まあ、一種の転職と思えば?」

 

 「どんな?魔法使いからロボット?聞いたことないぞおい!」


 イヴァンはどうもかなりの楽天家だ。そうでないと、空気を読めないか、もしくはただ冗談の下手な人だけのどっちだ。

 

 「今はそう思えないが、ロボットとして生きていくのはそんなに悪くないと思いますけどね」

 

 「知ったか振りをしないでください。あんたは私の気持ちなんぞ理解できないでしょう」

 

 私がそう言ったら、イヴァンは急に爪で力強く手の甲の肌を擦った。そこで、血の代わりに見覚えのある鼠色が現れてきた。

 

 ——!

 

 「あんたもロボットなのか!」


 今日はずっと、これ以上驚くことがないだろうと思ったら、さらに驚いた事実が浮上したことの繰り返しだ。

 

 「正確にいうと、アンドロイドです。そして、君とは違って、わたしは生まれた時からずっとアンドロイドです」

 

 「私はずっとロボットと話している……?いや、でもあんたの手、あったかい……」

 

 もしイヴァンは百パーセントのロボットだとしたら、さっき感じた肌の温もりは何だ?同じロボットとして、私の手はどこまでも冷たい。

 

 「よく気づきますね」イヴァンは微笑んだ、「あれはより人間に近づけるように発明されたシミュレーションシステムです」

 

 「……」いつかロボットはすごく人間に似ているとは思うが、ここまでとは考えなかった。さすが31世紀だ。

 

 「どう?人間とはそんなに変わらないでしょう」まるで私の考え方を汲取ったかのように、イヴァンは言った。

 

 「でも……確かに人間のように生きていけるかもしれないが、問題なのは魔法がないことです」私は心の中に眉を顰めた。現実世界では、私の顔には眉がないのだ。

 

 「将来のこと誰も知らないでしょう。もしかして魔法を取り返す方法もあるなんじゃないか?」

 

 「私は魔法使いってことを信じてくれます?」

 

 「それとこれとは別の話です。わたしはあくまで可能性の一つとして提示したまでです」

 

 「あっそ……」

 

 「とりあえず何もかも否定する前に、しばらくロボットとして生活してみましょう」

 

 「わかった……」というか、今の私は他の選択肢もないだろう。

 

 「でも、その前提として、新しい顔を要求します」私はずっと我慢していたことを言い出した。

 

 「ずっと思ってたんだけど、何であんたがハリウッドの俳優みたいな顔立ちなのに、私は『ス○ー・ウォーズ』のあの金色のロボットのような顔をしなければいけないの?」

 

 「何を言っているかさっぱりわからないが、自分のなりたい姿になるのは問題ありません。ただし、条件として、まずはロボットになることをマスターしてください」

 

「そんなことマスターする必要あります?」

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