第2話 はい、損傷決定
「イヴァンでしたっけ?」
改めて考えれば、確かに21世紀で人間としての情報を機械に伝送する云々のことを言ったら、間違いなく気が狂ったと思われるだろう。
でも、今は21世紀ではない。つまり、自分の持っているテクノロジーの知識はもう通用しない。
この時代ではもしかして毎日人がロボットになるかもしれない。
「はい」
「質問していいですか?」
「どうぞ」
イヴァンの目はタブレットから離れなかったが、ちゃんと聞いているみたい。
「今は何年ですか?」
「西暦3023年。どうして?」
この質問を聞いたイヴァンは手元の作業を一旦止まった。
(3023年!)
これはかなり驚いた。超先端技術の有する時代とは思うが、千年後とは思わなかった。
「もし……私は21世紀から来ましたと言ったら、どう思いますか?」
人間をロボットになることは可能だったら、タイムスリップとかのことも可能ではないか?
——ところが
「うん……それは困りましたね」イヴァンの返事は私の質問を答えるように、別のことに対する反応にも聞こえた。
「成功したと思った……やはりダメか」彼の眉間に小さいしわが寄った。
「何ですか?」
「どうも君の見当識がちょっと不安定のようですね」イヴァンが言った、「ちょっと待って、メモリーの読み込みの進み具合を確認しますから……75パーセントか」
最後の一文はイヴァンの独り言だが、はっきり聞こえた。
「えっ?私の記憶は今75パーセントしかないですか?」
「そうですよ。今の状態はもし完全なものだったら、大問題ですね。気づきませんでした?」
「いや、特に問題を感じませんが……」
「君は火傷の状態で急にわたしの庭に現れましたよ。もしそのことを覚えたとしたら、今のように冷静にわたしと話すことができないと思うけどね。そのことについて、何かやるべきことがあるのではありませんか?」
「全然落ち着いてないよ。さっきも逃げようとしたんですよね」
「それは自分がロボットになったからでしょう。火傷のこと、正直何も覚えなかったではないですか?」
「それは……そうですが……」
イヴァンの言った通り、彼が火傷のことを言うまで、全然そんなこと覚えなかった。ここにいることに対しては戸惑ったが、かといって、本来いるべき場所はどこかは知らなかった。
「自分の名前も知らないでしょう?」
それも、否定できない。思えば、私はある程度の性格を持っているが、それは誰かのものはまったくわからない。要するに、アイデンティティはまったくない状態とも言える。
「でも自分はこの時代の人間ではないことを知ってる」
「それですね。21世紀の人間というのは一旦置いといて、そこから来たってことはタイムスリップ?」
「それは……知らないです。もしそうだとしたら?」
「わたしの知った限り、21世紀にはタイムスリップの技術がなかったので、要するに、君は異常の認識を持っているか、または、情報移転の際に損傷があって、君の見当識に影響を与えたことのどちらです」
「異常の認識を持っているというのは、私の精神状態が異常ということ?」
自分はさっきイヴァンのことを変態殺人鬼と思ったことを考えて、やや仕返しされた気分。
「まあ、それを今から確認しましょう」
イヴァンはタブレットを見て、一回再起動しますよと言って、目の前の視界が一瞬消えてまた戻った。
「理論上、君の脳は——今は脳ではない、一枚のICチップが、記憶の情報を整えたはず。それを確かめるために、わたしはこれからいくつかの質問をして、頑張ってそれを思い出しますね」
イヴァンの表情は真剣だが、私は彼のその子供みたいな扱い方にちょっと呆れた。いや、でもそうだなあ。新生のロボットとして、イヴァンからすればまさに子供かもね。
「まずは個人情報。何か思い出しましたか?」
「うん……」
再起動してから特に変わったことがないと感じたが、いざ意識的にイヴァンの聞いていることについて考えた時、頭が変に動いた。
個人情報、つまり「私」に関するさまざまな情報——どんな些細なことでも——忽ちぱっと出てきた。初めて自転車に乗った時の経験とか、とある日の学校の出来事とか、すでに忘れ去られたと思ったメモリーがどんどん湧いてくる。
一瞬、何をどう答えればわからなくなった。
「必要な情報だけでいい、名前とか、年齢とか、もっと的確な情報に絞ってみて」イヴァンはそんなこともあろうかと隣で私をガイドした。
イヴァンの指示通り、できるだけ自分の名前に関する情報しか注目しないと、やっとクラスメートが私を呼んでいる場面で自分の名前を思い出した。
「ミヨ……
次は自分の誕生日に絞ってみて、何らかの申請書に自分の誕生日を記入した時の記憶から年齢を導いた。きっともっと効率的なやり方があるはずだが、ロボットとして の初日だから、経験値が低い。
「20歳……と思います」
「コツがだんだんと掴めたようですね。じゃ、次。火傷とか、ここに来たことに関しては、何か覚えますか?」
イヴァンの言うには、その火傷は致命的なものだから、人生において何回もあるわけないはずだ。思い出すのはさっきより簡単だと思いきや、意識的に火傷のことを考えたら、今までの状況と反して、何も出てこなかった。
頭は真っ白ではなく、真っ黒だ。
「あれ?」
代りにイヴァンのことを考えたら、目覚めてからさっきまでの記憶しかなかったが、ちゃんと思い出せた。試しにもっと前のことを考えたら、ガーデンみたいな場所の映像が頭の中に浮かび上がった。あれはきっとイヴァンの庭だろう。
そして、自分はイヴァンに持ち上がったことも覚えた。
——お姫様抱っこだ!
まさか自分がひそかに憧れたことがそんな風に実現したのは、少し哀れな気分だ。いや、こんなことを考える場合じゃない。イヴァンの庭に現れたもっと前のことを遡ってみたが、やはりさっきのように真っ黒で有益な情報がない。
どうやってここに来たのは依然として謎だ。
でも、ふいっと気づいた。個人情報を考えた時、一気に湧いてきた大量の情報の中にも、時々真っ黒な映像が混ぜている。その真っ黒の部分は何もないというより、誰かに塗りつぶされた感じがした。
このいくつかの真っ黒な部分は、もしかすると何かしらの関連性を持っているかも。意識が何回も複数の黒い部分の間に行ったり来たりして、突破する手掛かりを探そうとしたら、頭がグラグラしはじめ、本当の意味で回らなくなりそうだ。
「時間をかかっても大丈夫ですよ。無理するとフリーズしちゃいますから」イヴァンが少し心配そうな口調で言った。
ところが、故障になりかけたことにつられて、黒い部分も少しずつ動揺し始めた。グリッチが発生したように、塗りつぶされた部分が次から次へと割れ落ちて、断続的に情報が漏れ始めた。
「損傷がない限り、きっと思い出せ……」
「魔法だ!」明らかになった事実があまりにも衝撃的で、私は思わずイヴァンの言葉を遮った、
「そうだ、私は……魔法使いだ!」
「はい、損傷決定ですね」
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