第5話

閉じていた目を開けると、雨は滝のように降り注いでいた。いつの間にか彼を殴る者はいなくなっており、代わりに彼を抱えて涙を流す者がそこにいた。


「……あれ、佳穂ちゃんじゃん。なんでここに?」


「なんでって、歩いてたら、義清君が殴られてて、」


彼女はなおも泣きじゃくりながら言葉を続けた。


「なんとかしなきゃって、交番の人を呼んできたけど、その時にはもう、みんないなくなってて……」


「じゃあ、佳穂ちゃんが俺を助けてくれたんだね。流石にちょっと痛いと思ってたところだったんだ、ありがとう。」


彼女は頭を、何度も横に振った。落ちた涙が義清の顔に落ちた。その一粒が唇に流れ、義清はそれを口に含んだ。深い、悲しみと慈しみの味がした。


「なんで、なんでこんなになるまで。」


「暴力に暴力で対抗したら、その時点であいつらと同じ土俵に立つことになるからね。」


「それにしたって……。」


義清は、なぜ彼女がこんなにも泣いているのか、理解ができなかった。正義を貫いた。悪事の犠牲となった者は自分以外にいなかった。これ以上の結果があるのだろうか。


「確かに、俺は殴られて痛かったけど、仮に俺が逃げたとして、代わりに何の罪もない人がこの被害に遭ってたとしたら、その方が最悪の結果じゃないかな。」


彼女は、その問いには答えなかった。ただ、より一層涙を流しながら問い返した。


「義清君は正義で救う対象に、自分自身を含んでないの?」


一瞬、質問の意図がわからなかった。正義で自分自身を救う? そんなことは考えたこともなかった。


「……当たり前だろ、俺は正義の執行者なんだから。」


「そんな正義は……。」


「間違っていない。それとも、お前は正義のためなら暴力を許容するというのか?」


彼女の強い反論は、正和に遮られたからか、途中で止まった。彼女自身も、続ける言葉を持ち合わせていないようだった。


「こんなのは、……いやだよ。」


とうとう、彼女は論理的に話すのを諦めた。だが、その感情に支配された一言が、義清の脳裏にこびりついて離れなかった。

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