よふかしとうた

 私の住む都市部から離れた地区ははっきりって退屈だ。いかにも時代から取り残された郊外という趣が気軽に味わえる。


 特に代わり映えしない。


 流石に大型ショッピングモールや商業施設に頼りっきりの地区ではない。


 両親はショッピングセンターで出会い、ショッピングセンターでデートし、ショッピングセンターで衣装を買い、ショッピングセンターでベビー用品を買い、ショッピングセンターで子供と休日を過ごし、ショッピングセンターはハレの日には必ず行き、ショッピングセンターで孫の欲しい物を買ってやる……などというほどではないが、それに近い環境だ。


 大型商業施設が出張ってきて、辺りの商店は軒並み客を取られて廃業か閉店か移転。生活のインフラを確実にショッピングセンターに握られるのも時間の問題だ。


 勿論、そこに目玉となるショッピングセンターが有るのなら、それを目当てにして新興住宅街が拓かれて人口の増加も期待できる。だが、人口が増加して住民税で潤うまでにショッピングセンターが業績不振で撤退するとなるとそれはそれは悲惨なものだ。


 ……で、そんな地区で生まれたからと言って腐っているのではなくて、寂れた街中でも視点を変えれば楽しめる部分があり、最近は夜に近所を歩いて夜の風を堪能している。


 梅雨なので歩く日は限られるが、夜八時頃に川沿いや海沿いをそぞろ歩きして、潮気を含んだ風を浴びて遠くを望む。


 目が悪いので日が暮れるとあまり外出しないのだが、ふと、夜の近所はどうなっているんだろう? と疑問に思ったのが始まりだ。


 私はどちらかと言うと昼型の人間なので夜の活動は控える方だ。正直、就寝前に脳細胞を活性化させるような、就寝の邪魔になるような情報は脳に入れたくない。なので夜の外出は極力控えていた。


 梅雨を迎えて夕方になると自宅の雨戸を閉める時、窓の外が気になった。

 切っ掛けはそれだけ。


 かといって、自宅の周りには前述したとおりに遊べる場所も風光明媚な場所もない。おまけにお世辞にも治安が良いとは言えない。


 職務質問覚悟でおっかなびっくり、外出。


 持ち物は携帯電話と職質対策の免許証だけ。衣服はシャツにジャージのパンツ。サンダル履き。いかにも近所で住んでいますというアピール具合だ。



 結果から言うと、爽快だった。


 夜の風は昼間の湿り気を帯びた空気とは違う。同じ湿度でも辺りが暗いというだけで、その雰囲気に心が飲み込まれて異質な空間に放り出されたような気分になる。


 珍走団が夜中に走りたがるのもほんの少しだけ分かったような気がする。


 特に何でもない、夜の散歩。

 足の向くまま、自宅からあまり離れずに、涼しい場所を探すように歩く。

 見知った道でも夜と言うフィルターが掛かっただけで新鮮な気分になる。迷うはずのない、知っている道なのに、通ったことが無いような暗渠をくぐるのに似た気分。


 不安と高揚が混じり、十分ほどの道を行って、帰宅。


 楽しい……のには違いないが、どちらかというと、「いい物を見た」「いい体験をした」という気分。


 テンションが激しく上がることではないが、布団に入って眠りに落ちるまで反芻するには良い世界が瞼の裏に広がる。


 初めて夜を歩いた。自発的に。



 本当に、何でもないようなことが幸せだったと思うにはこのような日常も知っておくべきなのだろうと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る