第7話 感触

 秀人が玄関を開けて家に入ると玲花が濡れたまま立っていた。玲花はこちら側を向いて下を見ている。濡れた髪が顔を隠していたせいで玲花の表情は見えなかった。


「玲花、大丈夫か。突然の雨で大変だったな。早く家に上がって体を拭こう。」


 玲花はハッと気づいたようなそぶりを見せて、秀人の胸に額を押し付けた。そのまましばらく黙っていると口を開いて言った。


「私、知ってるよ。」


「な、何を」


 と秀人が言いかけた瞬間、玲香は秀人にキスした。それは夜のものとは違った。秀人は玲香の濡れた制服の感触を体に感じた。玲香の唇はひどく冷たくて、これが雨に濡れたせいなのかそれとも玲香の体温なのか。ああ、舌の、唾液の熱がないからかと、勝手に納得した。


「でも兄さんは、気にせずそのまま生活して、いいよ。」


 ほんの2秒間ほどのキスを終えると顔を遠ざけて後ろを向き、そう言って家の中へ入って行った。


 秀人は何を知られているのかわかっていた。わかっていたから何も言い訳することができないでその場に立ち尽くしていた。すでに雨を断つ屋根の下にいるにも関わらず、雨の重さが、制服にへばり付く雨だったものが、外にいる時より重たく感じた。


 秀人はとりあえず考えることをやめてタオルを取り出して体を拭いた。脱いだ制服を乾かすために浴室乾燥機に入れた。すると玲香がTシャツ姿で浴室前の脱衣所に入ってきた。秀人がいるのを確認して一度出ようとしたが振り返った。


「兄さん先にお風呂入っていいよ。」


 冗談めいた言い方だった。そしてすぐに出て行った。


 秀人はシャワーを浴びながら今日の華澄のことを思い出した。華澄は玲香を好きだと言った。そして華澄は嫉妬心からか、本人ではなく秀人に何かを求めている。玲香の思いを秀人が受けてそれを秀人経由で感じる。それは諦めなのか、それとも策略なのか。呼ばれてはいかなくては玲香の立場が危うい。だから、何がなんでも約束を守らなければいけない。


  ふと、玲香の「知っているよ」という言葉が耳に木魂す。知っているが、そのままでいいと言った。秀人は寒気を感じて早く出ようと思ったが、後ろのドアが開く音が聞こえた。


「玲香。」


 秀人は玲香の方を見ないように目を伏せた。


「兄さん、一緒に入ろう。」


 玲香は浴室に入ってシャワーヘッドを持って当然かのように体を流し始めた。秀人はすぐ近くにいる玲香の体温を感じながら、顔を背けたまま固まっていた。


「兄さん、体洗うね。」


 と言って手のひらにボディソープを広げて秀人の背中を優しく擦った。秀人は逃げようと思ったが曇った鏡に映る玲香のボヤけた輪郭はタオルさえつけていなかったので、やむをえず目を瞑っていた。


 玲香は秀人の背中を確かめるように隈なく触った。肩甲骨や肩、腰などを泡で覆い尽くし終わると、抱きついた。


「玲香、いや、なんでもない。」


 秀人は玲香の膨らみを背中に感じていた。その二つの膨らみの柔らかさが、玲香の胸のふくよかさを表していた。秀人は無意識に感じる玲香の柔らかさに、体熱くなった。熱くなって股間が膨張するのをおさえられなかった。その様子は朧げなモザイクがかった鏡で見てわかるほどであった。玲香は秀人の肩に顔をのせて疼くめていたが、鏡を見てニヤリと笑うと、秀人の胸の辺りにあった手をそのまま腹部を這って下腹部へ移動した。秀人も流石に固まったままでいられず玲香の手を取った。


「玲香それはダメだ。俺たちは兄妹だ。これ以上は本当に良くない。」


 秀人は吐き捨てるように言った。


「兄さん、私、兄さんのことはなんでもしたいの。だから、私にさせて。大丈夫、誰に知られても、私は揺るがない。二人が納得しているならそれでいいの。兄さんは何も考えずにただ身を私に預けて気持ち良くなればいい。」


 秀人は一瞬手を緩めてしまった。玲香は自らの手を硬くなったものの方へ泳がせた。秀人はすぐに手の力強めて、浴室を出た。脱衣所で自らの硬くなったそれを見て、息を深く吐いた。おさまらなかった。でも、玲香が浴室から戻ってきそうだったので体を拭いて服を着て、頭を乾かすことなく自室へ戻った。


 夕飯の時間、玲香は特に変わりなく、秀人も何もなかったかのように過ごした。そして夕飯を終えると、黙ってスタスタと自室へ戻った。秀人はベッドに腰掛けるとこびり付いて離れない情景を思った。玲香の手を払って浴室を出る際、玲香の体が目に入った。それは、なんと形容すればいいか。全体的に柔らかそうで、さわればひとたび手が沈み込みそうで、それでいて、お腹周りは引き締まってくびれていた。服の上からでは想像できない二つの膨らみは、白い肌に桜色の突起を携え、弾力のあるような美しい形で備わっていた。


 秀人は何度も何度も頭の中から玲香の体を取り除こうと努力した。ギターを弾いたが離れない。色々な曲を弾いて、耳の中いっぱいに弾いて、取り除こうとした。しかし、今目前にあるようにありありとその美しい白い肌が現れて離れない。もう我慢ならなかった。硬くなったそれを彼女の体を思ってしごいた。激しく、ストロークした。いっそ、妄想の中でそれを無茶苦茶にしてしまおうかと考えるほどに我を忘れていた。このままでは本当に野獣のように玲香を犯してしまいそうなほどに興奮して、背中で感じた柔らかい感触を思い出しながら。


 時刻は夜11時。秀人は物足りなさを覚えながら、手を上下に動かしていた。あの手に、あの背中を摩った手で、と考えていた時に、ドアノブが回った。

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